満作
「ここは?」
先程の篠宮と乗車した時とは違う気まずい電車を乗り継いで下車したのは、神結稲荷大社前駅。
改札を出て東側には銀杏並木が続いている。その道を真っ直ぐと進むと白い鳥居が見えた。
「知らんのか。ここら辺では比較的でかめの神社だぞ。」
「それはさすがに知ってるけど、何しに?」
観光地になるほどではないが、この神社は比較的大きく歴史も長いことから地元の住民なら誰もが知っている場所だ。もちろん本部から電車で20分程度の距離にあるこの神社を守屋も名前くらいは知っていたが、この駅で降りたのは初めてだった。
「着いてこい。」
2は銀杏並木を歩き出す。
季節は春。秋には黄色に染まる銀杏の葉も今はまだ青々としていた。葉の間を縫うようにして差し込む太陽光はまだ心地良さを保っている。5分も歩けば白の鳥居が2人の目の前に現れ、参拝客と思われる人々が歩いており喋り声が聞こえるわけではないが賑わっていることが伺える。白の鳥居を潜りまずは手水舎で自身を清めた。そのまま参拝殿まで行くかと思いきや、手前にある2匹の白狐の石像の前で奏は足を止めた。守屋が不思議に思っていると奏が徐に左側の像の頭を優しく撫でた。
「よし行くぞ。」
次こそ参拝殿に行くのかと思えばもと来た道に踵を返す。そして先ほどは通りすぎた社務所で足を止める。先ほどまで参拝客の対応をしていた神職の男性もこちらに気が付いたのか少し驚いたような表情で奏たちのことを見つめた。
「珍しいな、こんな時間に。」
「ちょっと野暮用。奥、借りてもいいか?」
「いいけどまた仕事?」
「まあそんなとこ。しゃあ借りさせてもらうわ。」
メトロノームのようにテンポよく進む会話をまた理解できないまま奏の後を追い裏口から社務所の中へと入る。中は事務スペースと休憩スペースを兼ねているようでデスクと椅子が並んでおり、奥にはソファも置かれていた。
「誰もいないし適当に座って。」
奏と2人きり。若干の気まずさを感じながらも守屋は近くの椅子へ腰をかけた。その間にも奏は奥の棚から細長い紙のようなものと筆、硯、墨を取り出し机の上に広げていた。
「聞きたいことあるんだろ。これができるまで聞いてやるよ。」
2人だけの空間に硯と墨が擦れる音が響く。
聞きたいことはたくさんある。ありすぎて何から聞けばいいか分からないくらいだ。守屋は思考を巡らせひとまず今、目の前のことについて聞くことにした。
「これから何を?」
「呪符って呼ばれる御札を書く。」
「じゅふ...?」
聞きなれない言葉に思わず聞き返してしまった。
「呪いに竹冠に付くで呪符。人によっては護符とか霊符ともいうな。呪いっていっても厄除けとか恋愛成就とかそういうのに使われる。いわゆる言霊ってやつだ。おまじないの方がわかりやすいか?」
「それを何のために?てかなんで那月さんが?」
呪符というものについては理解できたが、なぜそれを那月が自分で作ろうとしているのか。それは分からないままだった。
「...一応ここ俺の実家ね。別に住んでるわけじゃないけど。さっきのは兄貴。」
「マジか。」
「マジだね。で、いまからやるのは千里眼のおまじないなんだけどウチの人間でもこれは俺しかできないんだよなあ。」
突然、漫画みたいなことを言い出す奏に目を丸くする。
「漫画かよって顔してるだろ。」
墨を擦る手元から視線は外していないはずなのに。すべてを見透かされているかのような気持ちになった。
「漫画かよってことバカみたいに起こる。普通に死にかけるし。だから辞めたくなったらいつでも辞めていい。」
何も言い返せなかった。就職活動で今の会社を受けると決めた時、それなりの覚悟をもって試験に挑んだ。周りには反対する人間もいた。それでも受けると決めたのは誰かのためになりたい。孤独で泣いている人を守りたい。ただ単純な動機からだった。
入社して様々な現場を見てきた。瓦礫の中を泳いで今にも消えてしまいそうな命を探したり、現場に取り残されている人を救うため火の海へ飛び込んだりもした。命は張ってきたつもりだ。
しかしこの目の前の男の冷たい声にハッとさせられる。自分はどれほどの覚悟を持って今回の辞令を受け入れたのだろうかと。
コトンと墨を置く音が小さく響いた。
「話はここまで。悪いが少し静かにしていてくれ。」
奏はそう言うと、先ほどまで墨を握っていた手で筆を持ち、細長い紙に記号のような見たこともない文字をすらすらと書き始めた。全部で5枚。手際よく書き終えると硯と筆をもちシンクの方へと向かう。
水と供に流れる黒い液体は黒から灰色に変わり気づけば透明となる。洗い終わると書いたばかりの呪符をもち今度こそ参拝殿へと向かった。
「お前はここで待っててくれ。」
奏は参拝殿で待つように守屋に指示し、自信は参拝殿の更に奥にある本殿の扉を開いた。扉は最低限しか開けられておらず守屋から中を確認することはできない。
奏は本殿の中に入り神棚に5枚の呪符を並べる。何処からか持ち出した短刀を手に取った。
そして次の瞬間、扉の隙間から僅かに見えた光景に守屋は息を呑んだ。
右手に握られた短刀は奏の左手の小指に添えられる。そのまますっと刀を引けばじわじわと血が溢れ出す。その血を並べた5枚の呪符にそれぞれ落としていった。そして最後は神に向かって手を合わせる。
不謹慎にも美しい光景に見惚れていると、神棚から呪符を回収した奏が守屋の方を振り返った。
「神頼みなんて馬鹿げていると思うか?」
「そんなこと。」
本心だった。高校受験の時も、陸上の大会に出た時も、就職活動をしていた時も大事な日の前にはいつも近所の神社に手を合わせてきた守屋はどちらかといえば神に頼ってきた側の人間だ。
「...藁人形って知ってるか?」
「え?」
唐突な奏の言葉に思わず聞き返す。
「さすがに知ってはいるけど。」
「人間の髪とか爪ってその人の念みたいなものが溜まりやすいって言われてる。藁人形ってちゃんとした手順でやるとちゃんと呪われんだよ。」
「...やったことあるの?」
まるで過去にやったことがあるかのような口振りに恐る恐る問う。
「そんな趣味はねーよ。だから血も爪や髪と同じだって話。」
「どういうこと?」
奏が何を言いたいのか、何をしたいのか守屋には何も分からなかった。
「本当は俺が全部やるべきなんだがこれを1人でやったら日が暮れる。だからこれ、頼んだ。」
「えっと?」
「事件が起こった現場に置いて燃やしてくれ。俺は東側の3か所に行くからお前は西側の2か所。」
そう言いながら奏は持っていた5枚の呪符のうち2枚を守屋に渡した。
「終わったら直帰してもいいし拠点に戻るでも好きにしてくれ。」
「置いて燃やすだけ?」
「そう、置いて燃やす。」
「...さっき、おまじないって言ってたよね?」
守屋は社務所での会話を思い出す。手渡された呪符は近くで見ても見たことのない記号のような文字が羅列しておりやっぱい何を意味しているものなのかは分からなかった。
「これは何のおまじないなの?」
「お前、結構めんどくせぇのな。さっき言ったろ、千里眼って。」
「聞いたけど、千里眼で何が分かるの?」
好奇心旺盛な犬のように質問攻めをしてくる守屋に奏は面倒だとシルバーのメッシュが入っている髪をくしゃりとかき乱した。
「次の事件現場、これでみる」
「予知ってこと?」
「まあそんな感じ。はやく行ってこい、夜になるぞ。」
心底面倒だという顔をしながら半ば無理やり守屋を送り出す。篠宮と同様に多くは語らない奏に不満そうな顔をしながら出口へと向かった。
そんな守屋の背中を見ながらため息をつく。呪符を片手にここからどうしようかと思考を巡らせる。爪剥がしは本来、妖の中では下級の存在だ。しかし今回はどうだろう。既に5人の人間の爪を喰った妖。爪という怨念を喰うことで成長するソレがどれ程の力を蓄えているのが奏のこれまでの経験をもってしても想像できないでいた。
ふと一瞬だけ境内に風が流れる。先ほど刀を滑らせた小指がチクリと痛み我に返った。小指を見れば既に血は流れておらず、乾いたアクリル絵の具のように凝固していた。
満作
おまじない 魔力 呪文 不思議な力




