霞草
「おはようございます。…皆さんもうお揃いでしたか。」
翌日、篠宮が拠点に顔を出した時には既に奏を除く3人が揃っていた。
「さっそくですが、任務が入りました。今回はチームになって初の任務ということで、僕に詳細が降りてきましたが今後は羽根田くんに任せる旨を伝えておいたので管理お願いします。」
篠宮はそう言いながら昨晩、奏に送った資料と同じものをモニターに映す。
「連続殺人?」
そう書かれた資料を見て不思議そうに呟いたのは守屋だった。
連続殺人なんて警察の仕事だろとでも言いたげな様子に篠宮はちらりと守屋のこと見たが気にせず本題に入る。
「今回の任務は、爪剥がし殺人鬼の調査と討伐です。」
ここ2ヶ月の間で4人の人間が遺体として発見された。被害者は年齢も性別もバラバラ。殺された4人に接点もなければ歩んできた境遇も違う。共通しているのは全て桜区で発生した事件であること。そして特徴的な遺体だ。4人の遺体は手足の爪が不自然なほど綺麗に剥がされ、身体のどこかに獣に抉られたような引っ掻き傷が残っていた。
遺体の特徴から警察は、連続殺人事件として捜査を進めていたが2ヶ月が経っても捜査は進展せず、ついに5人目の被害者が出てしまった。そして警察は手に負えないと判断し匙を投げたのだ。
「討伐ってことは犯人は人間じゃないってこと?」
「さすが一橋くん。頭が良い人は察しもいい。」
組織ではどんな任務であっても可能な限り人間は保護するというのが決まりとして存在する。被害者、犯罪者問わずに。だが人ならざる者は例外である。特例として討伐が認められる。つまり最初から討伐を目的とする任務の場合は、犯人が人ならざる者であるといっているようなものなのだ。
「今日は一旦調査を進めましょう。守屋くんは僕とご遺体に会いにいきます。羽根田くんは情報の整理をお願いします。こちらで何か分かったらすぐに連携しますね。一橋くんはそうだなぁ...」
手際よくタスクを割り振る篠宮は少し考え何かを思い出したのか、リュックの中から黒色の小さな長方形の箱を取り出し一橋に渡した。
「開けても大丈夫?」
篠宮が頷いたのを確認し箱を開けると中には篠宮つけているものと同じ眼鏡が入っていた。
「これは?」
「この眼鏡、少し特殊なんですが同じものを一橋くんに開発してもらいたくて。」
そう言われ眼鏡をかける。
「…伊達?」
眼鏡は何の変哲もないどこにでも売っていそうな眼鏡で、特徴といえは度が入っていない伊達眼鏡であることくらいだ。
「一橋くんは難しい問題を解くのが好きでしょう?少し考えてみてください。その眼鏡は貸しておきます。さて、守屋くんは行きましょうか。」
「ちょっと待て、彼奴は?来ないのか?」
多くは語らず調査に向かおうとした篠宮を止めたのは一橋ではなく、羽根田だった。
彼奴。すぐに奏のことだと察する。任務は完遂すると言っていたのに現れない奏に苛立ちを隠せない様子だった。
「奏くんには昨晩、資料を送っています。彼には彼のやり方がありますから。僕らは僕らのできることをするだけです。」
仲が良いと言えるほど多く関わってきたわけではないが、奏が任務を投げ出すような人ではないことを篠宮はよく知っている。よく知らない人からは協調性がないと思われるだろうが、奏が単独で調査をすることで困ることは何もないし、その知識と経験から篠宮たちでは手の届かない部分まで調査をしてくれるはず。奏を信頼しているからこその言葉だ。
「さあ、今度こそ行きますよ。」
篠宮はもう一度、守屋に声をかけ今度こそ本当に拠点を出た。
「守屋くん、写真撮って。」
解剖センターで確認した遺体は確かに爪が剥がされた状態だった。
「触っても?」
「解剖は終わっていますので問題ありません。」
解剖医に触ってもいいかと問う篠宮に若干引きながらも守屋は言われるがまま写真を撮る。
「結果から申し上げると内臓には特に異常は見つかりませんでした。不可解なのは爪とこの引っ掻き傷だけです。
「死因は?」
「...出血多量でのショック死...ということに。」
守屋の疑問に解剖医はバツが悪そうに答える。明確な死因なんてなかったのだろう。篠宮はそんな風に思ったが声には出さず、遺体の左手を手に取った。想像通り爪は綺麗に剥がされており1ミリも残っていない。右手、右足、左手、左足とすべて爪がなくなっていることを確認し、首元の傷に視線を移す。
「この傷は何か見つかりましたか?」
「いえ、こんなに大きな傷なのにDNAはご本人のもの以外検出されませんでした。」
「何か別の刃物の可能性は?」
「それはありません。刃物なら凶器として使われた製品まで予測できますから。推測ですが、ご自身でやられた可能性が高いかと。」
解剖医の答えに篠宮は納得したように頷いた。
反対に守屋は納得できないまま指示通りに写真を撮る。
「分かりましたご協力感謝します。」
そうして、守屋が手元に持っていたスマホを落としかけるくらいにはあっさりと解剖センターを後にした。
「ちょっと!あれで何か分かったの?」
解剖センターを少し離れたところで守屋は感じていたことを声に出した。
「何も分からないことを確認しに行ったんです。本当は人間が犯人でしたー。なんてことになったら笑えないでしょう?ほら、次に行きますよ。」
詳しいことは何も言わずに、トントン拍子に事を進めてしまう篠宮に若干の苛立ちを覚えながらもその背中を追いかけた。
「守屋くんさぁ、運動神経いいんだよね?」
「え?あ、まぁ自信はあるけど...」
ガタンゴトンと揺れる電車の中での唐突な問いに少しドギマギとしながらも答えた。
平日の真昼間。電車の中の人は疎らで空席が目立つ。
篠宮と守屋以外の乗客は特に喋ることはなくそれぞれ、スマホを触ったりイヤホンを付け音楽を聴いている。静かなはずの車内は電車の走行音にかき消され周囲の人間に2人の会話が聞こえることはない。
「身の危険を感じたらすぐに人の多い方へ逃げてくださいね。」
「何言って...」
やはり多くは語らない篠宮の背中を追いかけ、電車に乗り込んだ守屋は未だに何処へ向かっているか分からないでいたが少し怖くなった。
「現場では僕か奏君の指示を聞くこと。絶対忘れないで。」
”まもなく東桜、東桜。”
「降りますよ。」
ガタンゴトンと鳴る騒音を割って次の到着駅を告げる無機質なアナウンスが響いた。
立ち上がった篠宮をみて守屋も慌てて立ち上がった。
東桜。
桜区は飲食店や商業施設が多く建ち並び休みの日には多くの人で賑わう。
なかでも東桜は夜の街といわれる繁華街で、平日も夜は多くの人で賑わう。逆に平日の昼間は店はまだ開店しておらず、人気も少ない。いるのはゴミ漁りをしているホームレスと、昨晩飲みすぎてからそのままなのか大胆にも道端で寝ている男くらいだ。
こんなにも閑散としているこの場所が夜になれば活気溢れるネオン街へと顔を変えるのだから恐ろしい。守屋はなんとなく、昔からこの場所が人間の本性が現れる不気味な場所のように感じてしまい苦手だった。
そんな守屋の心情を知らず篠宮はどんどんと歩を進める。大通りから狭い路地へと入ればより一層人気はない。やっぱり苦手だと感じながら篠宮を追いかけると1軒のビルの前で足を止めた。看板なんてものはなく、窓ガラスは割れてしまっている。コンクリートの灰色の壁にはカラフルなスプレーの落書きが施されており使われていない廃ビルだということが分かる。
「ここは?」
守屋の問いに篠宮は一瞬目を丸くしたあと呆れたように言った。
「守屋くん、資料はちゃんと読んでくださいね。さっきのご遺体。5人目の被害者が見つかった場所です。」
「ごめん。」
実のところ守屋がもともと配属されていた第2対策班は妖討伐後を含む避難誘導や災害支援、テロ対策を主にしており資料など読み込む暇がないほど突発的かつ臨機応変が求められる任務がほとんどで、こうやって自分の足で調査をするというのは初めての経験だった。
トントンとコンクリートの階段に靴が擦れる音が鳴る。2人は遺体が見つかった3階のフロアへと足を踏み入れた。中には物はほとんど残されておらず、ただのコンクリート。誰かがいたずらで立ち入ったのか外壁と同様カラフルな落書きがよく目立っている。足元には酒の空き缶や煙草の吸殻が転がっていた。
「何か分かりましたか?」
フロアの中には先客がいて、篠宮はそれを最初から知っていたかのような口調でその人に話しかけた。
「間違いないな。」
「そうですか。」
先客は奏だった。片手には一輪の白い花が握られている。黒のパーカーにダボっとしたスウェットのズボン。指は黒のネイルが塗られており白い花と対照的だ。
「ただ、これだけ場所がバラバラだと次の場所を予想しにくいな。」
「情報の整理は羽根田くんが拠点でやってくれています。」
「そうか。」
小さくうなずいた奏は、2人に背を向けその場にしゃがみ込む。目の前の床や壁にはまだ血痕がこびりついていてその場所に遺体があったのだということが嫌でも分かった。奏は手に持っていた花を赤く染まった地面に置き、手を合わせる。調査に来たはずなのに何をしているのかと横を向けば篠宮も同じように手を合わせていた。
「あ、あのー...」
先ほどまでの話の流れも理解しきれいていない守屋は恐る恐る声をかける。
「それで犯人は?」
「奏くん、説明してあげてください。」
奏は立ち上がり面倒くさいとでも言いたげに小さく舌打ちをしてから話し始めた。
「犯人は爪剥がしと呼ばれている妖。生き物の爪を喰って成長する。爪を喰って最後は対象に憑依して殺す。被害者の遺体の引っ掻き傷は憑依された証拠。」
「爪剥がし...」
「爪は憎しみとか恨みとかそういう念みたいなものが溜まりやすい。そういうのを餌に奴らは力を蓄える。なんでこんな場所見つけちまったかなぁ...」
ここは夜の街と呼ばれる繁華街。
恨みとか憎しみとか欲望とかいろいろな思惑が混ざり合う。奴らにとっては三ツ星レストランだろうなと奏は嫌味ったらしく呟いた。
「つまり憎しみとか恨みとかそういうのが喰えたらなんでもよくて、無差別ってこと?」
「爪剥がしに知能なんてないぞ。あいつらは下級の妖で良くも悪くも馬鹿。美味そうな飯があったら喰う。それだけだ。」
「どうします?一旦拠点で情報整理します?」
「あー...いや、やめとくわ。」
「そうですか。」
「その代わりそいつ、借りてもいいか?」
少し考えたあと、何かを思いついたのか守屋を見ながら言う。
「もちろん。」
篠宮は何かを察して渦中の守屋のことを差し置き返事をした。
「悪いな...じゃあ、行くぞ。」
「行ってらっしゃい。」
篠宮がそう言った時には既に奏はビルの階段に向かって歩き出していて、守屋も慌ててその背中を追った。
霞草
清らかな心 幸福 感謝




