阿列布
一人、本部を出て奏が向かった先は白い鳥居が連なる神社だった。いくつも連なる鳥居を潜り境内へと足を踏み入れれば二匹の白狐が奏を見つめる。
昼間は参拝客で賑わうこの場所も夕焼けが燃える頃には人気はほとんどない。
「今日もこっちなのか?」
「まぁな、今は気が乱れてる。」
境内にいたのは兄である奏斗だけで、その奏斗も戸締りを終えたところらしかった。
「3日連続だぞ。身体壊すなよ。」
帰る場所が無いわけでない。実家もあるし自分で借りている家もある。それでもここを帰る場所にしているのは、ここ1週間でやたらと妖に絡まれるようになったからだ。最初は多少の気の乱れを感じる程度だった。妖というのは動きやすい周期というものがあるらしく、その周期が来るとやたらと街中に出没する。普段は人気のない山や森の中、廃墟を住処としているというのに。だから今回もその周期が来ただけ。そう思っていた。
気の乱れを感じた時は自分の保身のため借りているアパートを囲うように結界を張る。ここまでは何回もやってきたいつもの習慣。しかしその"いつも"が崩れたのは4日前の朝の出来事だった。部屋の神棚に並べた御札が黒ずんでいた。閉められたカーテンの向こう側に気配を感じカーテンを開ければ3体くらいの妖が窓に張り付いていた。どうやら寝る前に張ったはずの結界は壊されたらしい。そんなことがあったからこの気の乱れが安定するまでは神社に帰ることにしたのだ。
「この気が落ち着いたら帰る。」
「そうか。」
神を祀るこの場所は神聖な場所。
神主である奏の父親や跡継ぎの奏斗が毎日のように境内を清掃し朝拝や献饌をしているため、ちょっとやそっとの事では妖たちは近寄ることすらできない。だから多少、寝心地が悪くてもここが1番休息できる場所なのだ。
最後の見回りをし戸締りを済ませた兄には悪いと思いつつ、拝殿の鍵を解錠し中に入る。さらに奥へと突き進み拝殿から繋がるもう1つの部屋の鍵も解錠した。拝殿から繋がる空間は本殿で稲荷神が祀られている場所である。奏は神職が奉幣を行う幣殿で正座し右手に握っていた細長いケースから1本の笛を取り出した。桜の樹皮で装飾され上から漆を塗った黒色のシンプルな龍笛。下唇に歌口をのせ息を吹き込むと力強く華やかな音色を奏でる。曲名は特にない。目を閉じ思うがままに音色を奏でるだけ。すると音色に混ざって少しだけ開いたままになっていた扉の隙間から淡く白い光が差し込んだ。光は神社の敷地を囲うように発光したかと思えば、音色が止まると何もなかったかのように発光をやめた。
「こんなもんか。」
白の光が消え、代わりに夕陽の橙が差し込む空間で1人呟いた。
奏自身が変わっていると自覚したのは9つの時だった。子どもながらに大人たちがやけに自分に過保護だと感じてはいた。その理由を知ったのはまじまじと妖を見つめる自分に何を見ているのかと奏斗が聞いてきたことがきっかけだった。どうやら奏斗には奏が虚空を見つめているようにしか見えていなかったらしい。
「あそこにいるふわふわはお父さんには見えないの?」
奏斗の言葉をきっかけに神主である父親にそう聞いた時、覚悟を決めたような少し強ばったような顔をしながらこの笛を渡された時のことを今でも鮮明に覚えている。
「この笛を出来る限り持ち歩きなさい。奏のことをきっと護ってくれる。」
そう言った父親にこの笛は眷属神、つまり神の使いである白狐の力が宿った笛で選ばれた者だけがその力を発することができると教わった。力とはなにか。奏でることで結界を張ることや治すことができる力だと父親は言った。それに加え、血の繋がらない他人がこの笛に触れることは禁忌であるということも教わった。
その瞬間から龍笛の練習を始め、神域であるこの空間に邪悪なものが寄り付かないよう笛を吹き続けている。
その笛を扱うことが出来るからこそ気が乱れた時は神社に来て笛を吹き眠りにつく。神がいるこの場所が何処よりも自分を護ってくれる場所なのだ。
笛を吹き終わると、ら本殿を施錠し手前の拝殿で横になる。普通に考えれば神の目の前であまりにも無礼な行為であるが、眷属を相手に神はこの程度では怒らない。ぼーっと天井を眺めているとスウェットのポケットにしのばせていたスマートフォンがピコンと音を立てた。いそいそとポケットから端末を取り出し画面を確認した。
「早速ですが明日から任務です。詳細はこの後送ります。」
送り主は篠宮だった。メッセージを確認した直後、もさすピコンと音を立てる。
怠いな。
そう思いながらも送られてきたファイルをタップし任務の詳細を確認する。
気が付けば夕陽は沈み扉から差し込んでいたはずの橙は消え、青白い月明かりへと変わっていた。
阿列布
安らぎ 平和 歓迎




