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人ならざる者たち(仮)  作者: 桜雪柚季
第二章 黎明

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鉄砲百合

街の中心部は高層ビルが建ち並び昼間はスーツを纏った大人たちが忙しなく行き交う。

所謂、普通の生活を繰り返す人々はこの街の至る所に妖がふよふよと浮遊していることなど知る由もない。


那月(かなで)は街の喧騒を避けるように人気のない路地裏を進んだ。誰もいないはずの路地裏で感じる幾つもの視線に気付かない振りをしながら、足早に目的地へ向かう。狭い路地を抜け幾つも建ち並ぶ高層ビル群の中、1つのビルの前で足を止めた。関係者入口と書かれたいかにも頑丈そうな門を虹彩認証で抜ける。その先の自動ドアも虹彩認証で抜けビルの中へと入った。

ビルの中は無機質な白を基調とした空間でエレベーターへと繋がっている。奏はそのエレベーターに乗り込み30のボタンを押した。エレベーターの中は硝子張りになっており上昇すると同時に空が広がる。段々と小さくなる人々を見下ろしている間にポーンと機械音が鳴りエレベーターが目的の30階へ着いたことを知らせた。

小さく溜息をつきエレベーターを降りる。そのまま社長室と書かれた自動ドアの傍に設置されているタブレット端末に社員IDを入力すると、画面にアポイントを確認しました。という文字が浮かび上がった。同時に自動ドアのロックが解除され扉が開く。


「那月くん、3分遅刻だ。」


中に入れば自分と同じく呼び出されたであろう若い男性4人と偉そうに椅子に腰掛ける中年男性もとい社長が揃っていた。


「さーせん。」


何1つ反省はしていないが、面倒なので建前で謝罪をする。そもそも早めに自宅を出たにも関わらず遅くなったのは、好奇の目で見てくる妖たちを避け遠回りをしたからで、寧ろ3分の遅刻で済んでいることを称えて欲しいとさえ思う。


「まあいい、本題だ。1週間前に通達した特殊対策課の件だが君たち5人でチームとして動いてもらうことになった。」


特殊対策課。

奏が働く特別対策警備センター、通称SCSはテロや自然災害など突発的に起こった事件、事故の対応を行う組織である。元々は公営の組織だったが大手建設会社が買取り10年ほど前に民営化した。

しかし突発的な災害や事件から人々を守る。というのは表向きの事業でもう1つ公表していない事業がある。それが妖が起こした事件の調査と妖の討伐、浄化だ。

ここ半年程で妖が起こしたとされる事件が増加している。人間に危害を与える妖はそう多く報告されていなかったが半年間で倍増。このままで放っておくわけにはいかないと判断され上層部が妖対策専門の部門を増設すると全社員に通達したのが1週間前の出来事だった。そして選ばれたのがこの5人の青年たちである。


「拒否権は?」


奏は18歳で会社側からスカウトされた。以降、研修や訓練を受けることなく対策課の特殊班という表向きには存在しない班へと配属。しかし奏がチームとして動くことはほとんどなく8割の任務は個人で行っていた。

特別待遇ではない。自由にやるというのがスカウトを受ける代わりに奏が出した条件で組織もそれを受け入れた。それに特殊班の連中は変わり者が多く得意分野も人それぞれ。必要な時だけ手を取り合うくらいがちょうど良かった。だからこそ今更チームで動けと言われても同じペースで歩ける気がしないのだ。


「これは社長である私の命令だ。とはいえ私も君の能力にただの人間がついていけるとも思ってはない。だから篠宮くんも招集した。」


篠宮(なぎ)

集められた奏自身を除く4人の中で唯一、任務を共にしたことがある男。男のくせに肩まで栗色の髪を伸ばしハーフアップで結いているそのヘアスタイルは組織として髪に関するルールはなくとも異質でかなり目立っていた。


「那月くんと連携をとれるのは篠宮くんだけだし、篠宮くんと連携をとれるのも那月くんだけだ。」


妖が関わっている事件が増え始めた半年前。突如、技術開発課から対策課特殊班に配属された篠宮とは度々、任務を共にすることがあった。そのためこの篠宮という男がどれほど優秀な人間かも知っている。自分と同じ側の人間であるということも。

だからここに篠宮がいることについて驚きはないし正直どうでもいい。問題はそこではない。


「他の奴らは?」


同じ班に配属され顔見知りである篠宮と顔も名前も知らない3人では当たり前に訳が違う。

中年男性もとい社長の佐伯は奏の問いに意気揚々と語り始めた。


「まず技術開発課の一橋碧(いちはしあおい)くん。今年入社したばかりだが、プログラミングも武器開発もできる優秀なエンジニアであり期待のホープ。

次に司令課の羽根田紡(はねだつむぐ)くん。元青葉支部対策班のエースで君たちの中では1番のベテランになる。

最後に、本部対策2班の守屋(れい)くん。とにかく身体能力が高いナイフ使い。守屋くんには現場に出てもらい那月くんと篠宮くんのサポートをしてもらう予定だ。」


ペラペラと彼らのステータスを語る佐伯に奏はまた深い溜息をつく。


「社長、失礼ですがあまり物事を軽く考えないでください。いつか死人がでますよ。」


今まで一言も発していなかった篠宮が溜息となって消えた奏の言葉を代弁するように言った。


「君らの任務が死と隣り合わせなのは分かっているつもりだ。篠宮くんはともかく那月くん、君は特に自己犠牲の塊だ。我々組織は君を失いたくはないんだ。これは決定事項で社長命令だ。いいね?」

「……分かりました。任務は確実に完遂します。けど俺は今までのやり方を変えるつもりはありませんから。」


ここで何を言っても決定事項が覆ることはないと悟り、自分の意思だけは曲げないことを伝え奏は仕方なく辞令を受け入れた。


「みんなも那月くんは変わり者だけど悪い人間じゃないから。一緒に闘ってやってくれ。」

「俺のなにを知ってるんだ。勝手なこと言ってんじゃねぇよ。」


どうせ国を護るための駒としか考えていないくせにと分かりやすく悪態をつく。


「君たちのために新館の5階を整備した。部屋数も多いしシャワー室やキッチンもあって普通に生活できるレベルの設備は整っている。専用の拠点として好きに使ってくれていいから。他に必要なものがあれば経費で落としてくれ。では、私は次の約束があるので。」


次の約束があるという佐伯に半ば追い出されるようなかたちで社長室を出て、5人でエレベーターに乗り込む。操作パネルの前に立った篠宮は誰に問うこともなく、本館と別館を繋ぐ渡り廊下がある8階のボタンを押した。エレベーターの中は5人も人間がいるというのに沈黙が続く。あっという間に目的地へ到着し沈黙の中ポーンと音が響いた。扉が開きぞろぞろとエレベーターを降りる。


「俺は好きにやらせてもらうわ。篠宮、必要があれば呼んでくれ。仕事はする。…じゃあ、お疲れ。」

「奏くんお気をつけて。」

「はいよー。」


エレベーターを降りた4人は何を言うわけでもなく閉まる扉を見つめるだけだった。










「なんか嫌な奴だな。」


エレベーターの扉が完全に閉まるのを確認してから羽根田が言う。


「彼は誰にでもあんな感じですよ。行きましょう。」


別館へと繋がる渡り廊下を進み今度は別館のエレベータに乗り込む。5のボタンを押し1分も経たないうちに拠点となる5階へと辿り着いた。

エレベーターの目の前にある自動ドアを虹彩認証で突破すれば白を基調とした大きな空間の中にガラス製の大きな机と人数分の椅子が既に用意されていた。正面の壁は一面モニターになっておりこの空間を会議に使えという意図が感じられた。

会話を交わすことはなく各々が適当な席につく。

社長室での空気を引き摺ったまま沈黙が続いていた。




「皆さんは妖任務のご経験は?」


誰も言葉を発しないことを確認し、まあ無いだろうなと思いながらも沈黙を破る口実として篠宮は問う。


「俺はないが、妖によって荒らされた地域の救護と支援なら何度も。」

「俺も同じ感じかな。」


対策課の経験がある羽根田と守屋の2人は口を揃えた。


「俺はそもそも現場経験がないから。」


一橋の答えには篠宮も納得したように頷いた。

社長室では自身の考えを殆ど話すことはなかったが、篠宮自身も奏の意見には同意だった。

妖とろくに対峙したことのない人間が妖任務に着くなんてあまりにも危険だから。妖という現在の科学をもっても解明しきれていない得体の知れない存在は予測不可能な行動が多く経験や知識だけではカバーできないことも多いのだ。

篠宮が特殊班に配属され半年。たった半年という短い期間にも任務が原因で精神を病み退職せざるを得なくなった人、退職は免れたが部署異動をした人。そして命を落とした人。表向きには存在しない特殊班という部隊に配属され家族や友人には仕事を隠し任務にあたりながら、儚くも散っていった人間を何人も見てきた。自分より長く特殊班にいる奏はもっといろんな人を見てきているだろう。内側にいる篠宮からすればそんなことは想像に容易い。



死ぬ覚悟は?



篠宮は問いかけた言葉を飲み込んだ。

死というものから限りなく遠い自分が目の前の3人にそんなことを問う資格は無いと考えたから。


「分かりました。…皆さんにお願いがあります。現場に出たら僕か奏くんの指示には絶対従ってください。」

「はぁ?」


納得出来ないといった様子で声をあげたのは羽根田だった。無理もない。元々は現場の隊員として事件や災害の対応をしていた人間が紆余曲折あり司令官に転向した。集められた5人の中では最も歴が長く経験も豊富。プライドが無いわけがないのだ。

羽根田のこれまでを知らない篠宮にもなんとなく理解はできた。だけどそんなことはどうでもいいのだ。何をするにも命には変えられない。ただそれだけ。



「羽根田くんの言いたいことは分かります。だけど、妖に対する知識も経験もない貴方に命を預けることはできない。」

「そこまで言わなくても…」


あまりにもきっぱりと言い放った篠宮をおどおどとした態度ながらも止めに入る守屋。

しかし篠宮は守屋の言葉を遮るように続けた。


「どうして奏くんが社長に対してあんなにも反抗的な態度をとったのか分かりますか?

人生を棒に振ってほしくないんですよ。皆さんは僕たちとは違うんです。こんな仕事をしていても幸せになる権利は皆さんにもあります。」


篠宮の言葉はあまりにも真っ直ぐで純粋で眩しい。


「お前の言いたいことは分かった。けど俺にだってプライドってもんがある。モニター越しでしか見えない景色もある。俺が危険だと感じたらその時は口を出させてもらうから。」


羽根田は自分が司令官へと転向した時、仲間の犠牲は絶対に出させないと誓った。それは特別対策課であっても変わらない。

任務において1つの犠牲も出さない。現実は難しいことだがそれくらいの気概がなければ司令官は勤まらないのだ。

篠宮も羽根田の力強い言葉に静かに頷いた。


鉄砲百合(イースター・リリー)

新たな始まり

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