5.ツァーリとさみしい熊イーゴリ
ちょっと、センチメンタル
(皇帝ツァーリ視点)
吾輩は猫である。
名前はツァーリ。
皇帝であるが、
たまに“ただの猫”に戻る瞬間がある。
それは――
イーゴリが寂しそうな目をするときだ。
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✦ 一、突然の相談
その晩、吹雪が窓を叩いていた。
イーゴリは執務室のソファに座り、
吾輩の背をゆっくり撫でていた。
「……なぁ、ツァーリ」
吾輩は耳だけを反応し、その声を聞いた。
(ん?なんだ?
今日はいつもと撫で方が違うぞ?)
イーゴリはしばらく吾輩の耳を撫でてから、
ぽつりと言った。
「お前……独身か?」
(どういう質問だ……?)
イーゴリは珍しく、
どこか遠くを見るような目をしていた。
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✦ 二、イーゴリの“春”の話
「なんかよ……
お前は春になったら、
メスに囲まれて子ども増やしてそうだよな」
苦笑する。
冗談のように、しかしどこか寂しげに。
吾輩はイーゴリを見た。
(……なるほど。
お前、自分のことを言っているな?)
イーゴリの手は温かいのに、
声はどこか冷えていた。
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✦ 三、結婚しない理由
イーゴリは、窓の外の吹雪を見ながら言った。
「俺は……ずっと一人で生きるつもりだからさ。
結婚とかは……しねぇよ」
その言葉は、妙にあっさりしていて、
しかし深く沈んでいた。
吾輩は知っている。
あの白い乙女を見つめるときのイーゴリの目を。
そしてイーゴリがなぜ
“自分だけは幸せにならない”みたいな顔をするときがあるかも。
だが口には出さない。
猫だから。
イーゴリは、吾輩の頭をぐしゃぐしゃ撫でながら続けた。
「だからよ……
ツァーリ……
お前は、そばにいてくれよ?
な?」
少し震えた声だった。
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✦ 四、答えは言葉ではなく
ヴェーラの顔がよぎった。
(お前、本当は一人じゃねぇだろ)
と吾輩は思った。
だが、この男には事情がある。
抱えている罪も、誓いも、
胸に閉じ込めた愛情も。
だから吾輩は――
言葉ではなく、
ただゆっくりイーゴリの膝に丸く収まった。
イーゴリは少し驚いて、
ゆるく目を細めた。
「……そうか。
ありがとな」
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✦ 五、吹雪の夜の約束
外はまだ吹雪いていた。
だがイーゴリの膝の上は暖かかった。
吾輩は目を閉じながら思った。
春になろうが、
何年経とうが、
この寂しい熊のそばにいてやろう。
この男の弱さを知っているのは、
ヴェーラではなく、
部下たちでもなく――
たぶん、
吾輩だけだから。




