婚約破棄? それならとっくの昔に言い渡されておりますわよ
本日は王立学園を卒業式。
卒業生を祝して学園が細やかなるパーティーが執り行われました。
わたくしもパーティーに参加して仲の良い貴族令息令嬢と歓談しているとそこに甲高い声が聞こえてきました。
「皆の者、待たせたな」
声がした方を見ると会場入り口にはジャスティ第一王子殿下とその隣に貴族令嬢がおりました。
先ほどまで賑やかだった会場が一気に静まり返ります。
ジャスティ殿下は会場を見渡し、わたくしを見つけるや否や令嬢を引き連れてわたくしの方へと歩いてきます。
わたくしはジャスティ殿下に対してカーテシーをします。
「これはジャスティ第一王子殿下、何か御用でしょうか?」
ジャスティ殿下は冷徹な目でわたくしを見ます。
「世辞はいい。 ルヴィナ、お前はここにいる男爵令嬢クロアをいじめていたそうだな」
「そうなんですぅ~。 殿下、ルヴィナ様が私をいじめたのですぅ~」
ジャスティ殿下の言葉にクロアは間延びした甘ったるい声を出して同意します。
わたくしは溜息を吐くと本当のことを伝えます。
「別にいじめてなどおりませんわよ。 ただ、いくつか助言をしただけでございます」
「助言だと?」
「はい。 『ジャスティ殿下を支えるのであれば甘やかすのは控えたらいかがですか』とか、『ジャスティ殿下の隣に立つのであればもう少し学を身に着けたらどうですか』とか、『未来の王子妃になるのでしたらもう少し淑女らしい振る舞いをするべきではないですか』とか」
クロアがジャスティ殿下をお慕いしているのはすぐにわかりましたので、わたくしなりに助言をしただけです。
「殿下、騙されてはなりませんよぉ~。 ルヴィナ様は助言とかこつけて私をいじめていたのは事実なのですからぁ~」
が、クロアはあくまでもわたくしがいじめたと主張します。
「ああ、なんて可哀想なんだ。 ルヴィナ! お前には人の心というのはないのか!!」
「ちゃんとありますよ。 クロアさんがジャスティ殿下に恋慕を抱いているのはわかっておりましたから。 ですから、わたくしは・・・」
続きを発言しようとする前にジャスティ殿下がわたくしの言葉を遮ります。
「ええい! お前の言い訳など聞きたくもない!!」
ジャスティ殿下はわたくしを指さして宣言します。
「ルヴィナ! お前との婚約を破棄する!!」
それから隣にいるクロアを抱き寄せます。
「そして、ここにいるクロアを我が生涯の伴侶とする!!」
すべて語り終わったジャスティ殿下は自分に酔いしれています。
その光景をわたくしは呆れて見ていました。
「はぁ・・・何を仰るのかと思えばそんなことですか」
「?」
どうでもいいような物言いにジャスティ殿下は怪訝な顔になります。
わたくしはジャスティ殿下に事実を突きつけることにしました。
「婚約破棄? それならとっくの昔に言い渡されておりますわよ」
「はぁ?!」
わたくしから出た意外な事実を聞いてジャスティ殿下や隣にいたクロアだけでなく、その場にいた貴族令息令嬢たち全員の目が点になっていました。
「何を言っているんだ? 俺が昔お前に婚約破棄を言っただと?」
「ええ、そう申しましたけど」
「いつだ?」
「もう10年も前の事ですわ。 ジャスティ殿下との初顔合わせの時にわたくしの両親やジャスティ殿下のご両親であらせられるシド国王陛下やアン王妃殿下の目の前で『お前みたいな醜い女と結婚なんかしたくない!!』とはっきりと仰いましたわ」
するとジャスティ殿下はなぜか今知ったような顔をします。
「・・・本当か?」
「まさかご自分の発言を覚えていらっしゃらないのですか?」
「・・・わ、悪かったな!!」
悪態を吐いたジャスティ殿下ですが、そこであることに気づきました。
「待て! なぜお前は今も王宮に出入りしているんだ!!」
「王妃教育を受けているからに決まっているじゃないですか」
わたくしの言葉に理解が追い付いていないジャスティ殿下。
「王妃だと? この国の第一王子で次期国王となる俺がお前を拒んでいるのにか?」
「ジャスティ殿下こそ何を仰ってるのですか? わたくしの婚約者は王太子であらせられるロラン第二王子殿下ですよ」
「はあああああぁ?!」
まるで寝耳に水だったのかジャスティ殿下は先ほど以上に驚いていました。
「な、何で弟のロランが王太子なんだ! そんなことは聞いてないぞ!!」
「国王陛下はきちんと申し上げましたわよ」
「嘘だ! 嘘に決まっている!!」
ジャスティ殿下は信じられないのか、わたくしを嘘つき呼ばわりします。
わたくしは溜息を吐きながら指摘することにしました。
「それですよ、殿下。 その都合が悪いところは聞かなかったことにするところです。 国王陛下も何度も注意していましたが、その都度殿下は癇癪を起こすものですから改善の見込みなしと判断されたのですよ。 そして、ロラン第二王子殿下に王太子を任命したのです」
「嘘ばかりいうな!!」
「そんなにお疑いなら国王陛下に直接お聞きすればよろしいでしょう」
その言葉を投げかけたのはこの場に駆けつけたわたくしの婚約者であるロラン第二王子殿下でした。
ロラン殿下は連れてきた配下の者たちと共にわたくしを守るように前に立ってくれました。
「ロラン! なぜ貴様がここにいる!!」
「なぜって僕はこの王立学園の現生徒会長で在校生代表として仕事をしていたのですよ。 兄上も先ほど僕が送辞を読み上げるところを見ているはずです」
「そ、そんなの知らん。 興味ないからな」
ジャスティ殿下を見ると目が泳いでいます。
「仕事が一段落したところで警備の者が僕のところにやってきて『ジャスティ第一王子殿下がご乱心』と知らせてくれたのです。 それで来てみれば僕の婚約者であるルヴィナに口出ししているじゃないですか」
「それは・・・この際どうでもいいだろ! それよりもなんでロランが王太子なんだ! そっちのほうが納得できん!!」
「兄上は都合が悪いことはすぐ忘れるのですね。 いいでしょう。 もう何度目になるか忘れましたけど、僕がルヴィナの婚約者になったことや王太子になったことをお話します」
◆◇◆ ロラン視点 ◆◇◆
あれは10年前の事です。
その日は兄上が婚約者との初顔合わせでした。
まだ幼かった僕は母上同伴の元同席することに。
しばらくして城にやってきたのはオスバー公爵とその母娘でした。
堅苦しいあいさつのあと、オスバー公爵が娘を兄上に紹介します。
「ジャスティ殿下、こちら娘のルヴィナでございます」
「初めまして、ジャスティ殿下。 わたくしはルヴィナ・オスバーと申します」
兄上に対してカーテシーをするルヴィナ。
金色のロングヘアに燃え盛るような赤い瞳、美しく整った顔立ちを見て僕は『綺麗』と呟いていました。
しかし、兄上の口から出た言葉は真逆でした。
「お前みたいな醜い女と結婚なんかしたくない!!」
「!!」
一瞬にして場が凍りつきます。
ルヴィナは両手で口を覆うと瞳から涙が溢れ、頬を伝い零れ落ちていきました。
兄上の一言はルヴィナの心を深く深く傷つけたのです。
それからは修羅場でした。
父上はオスバー公爵に何度も謝罪し、母上は兄上の頬を張ったあとにどこかに連れて行き、ルヴィナはオスバー公爵夫人に抱きしめられて泣き続けました。
僕はいてもたってもいられなくなりルヴィナのところまで行って話しかけました。
「泣かないで」
それでもルヴィナは泣き止みません。
「笑って」
ルヴィナが泣いていると僕まで悲しくなります。
「僕が兄上の代わりに君と結婚するから」
涙声になりながらもルヴィナは質問してきます。
「・・・こんな醜いわたくしでもいいのですか?」
「醜くないよ。 綺麗だよ」
僕の言葉を聞いてルヴィナはようやく涙が止まりました。
父上は一度溜息を吐くとオスバー公爵に提案します。
「はぁ・・・オスバー公爵、ルヴィナ嬢の婚約相手をジャスティからロランに変えたい」
オスバー公爵は娘のルヴィナに話しかけます。
「ルヴィナ、どうしたい?」
「・・・お受けしたいと思います」
これで破談となれば王家と公爵家が対立して国を揺るがす大事になるでしょう。
聡明なルヴィナはそのような未来にならないために僕との婚約を了承したのです。
「ルヴィナ、よろしくお願いします」
「こちらこそよろしくお願いします、ロラン殿下」
こうして僕とルヴィナは婚約しました。
それからも兄上の素行の悪さは目立ちます。
自分を頂点とした考え方なのか周りに迷惑をかけるのは日常茶飯事です。
そんなある日、僕と兄上は父上に呼ばれました。
「今日お前たちを呼んだのはほかでもない。 わしの跡継ぎについてだ」
「父上、それなら嫡男である俺で決まりだろ」
何を今更と鼻で笑う兄上。
だが、次の父上の言葉に兄上は愕然とします。
「わしの跡を継ぐのはジャスティ、お前ではない。 ロランだ」
「はぁ?! ふざけるな! なんで俺じゃなくてロランなんだよ!!」
兄上の中では自分がこの国の王になる事は当然な未来なのでしょう。
しかし、蓋を開けてみれば真逆な結果に憤怒します。
そんな兄上を父上が宥めます。
「ジャスティ、まずはその自分だけよければいいという態度を改めろ」
「なぜ俺がそんな事しないといけないんだ! 俺は王子だぞ! 皆が俺に平伏すのは当たり前だろうが!!」
兄上の言葉に頭が痛くなったのか眉間に手を当てる父上。
「はぁ・・・ジャスティ、お前に猶予をやる。 お前が王立学園を卒業するまでに今の自分を改善して戒めろ。 そうすればお前にも王太子になる機会はあるだろう。 それまでは暫定ではあるがロランを王太子とする」
「俺は俺だ! なぜ変わる必要がある!!」
激怒した兄上は席を立つと扉に向かって歩き始めます。
「認めない! 父上のあとを継いで国王になるのはロランじゃない! この俺だ!!」
「待て! ジャスティ!!」
それだけいうと父上の制止も聞かずに兄上は部屋を出て行きました。
「・・・まったく人の話を聞かん奴だ。 ロラン、暫定ではあるがお前が王太子だ」
「はい。 畏まりました」
こうして僕は兄上の態度が改善されるまでの間、王太子の地位に就くことになりました。
それと同時に婚約者であるルヴィナが次期王妃となるため、母上から王妃教育を施されることになりました。
ルヴィナが教育を受けるために王宮に訪れますが、そこでも兄上が問題を起こします。
どうやら母上の言葉を誤解して刷り込んでしまったのか、兄上はルヴィナを自分の婚約者だと勘違いしているようです。
兄上の奇行のせいで僕やルヴィナは何度も迷惑を被ることになります。
そして、父上はその報告を受ける度に頭を抱えていました。
◇◆◇ ルヴィナ視点 ◇◆◇
ロラン殿下がすべてを語り終えるとジャスティ殿下の顔は怒りに満ち溢れていました。
「お前とルヴィナの関係なんてどうでもいい! だが、お前が王太子であることは認めん! 認めんぞ!!」
「はぁ、またそれですか。 兄上、何回同じことを言えば気が済むのですか。 いい加減都合の悪いところを聞かなかったことにするその自己正当化する癖を直したらどうですか」
「なんだと! 弟の分際で生意気な!!」
ロラン殿下とジャスティ殿下が対立していると外から多くの足音が聞こえてきます。
「そこまでだ!!」
声がしたほうを見るとパーティー会場の入り口にはシド国王陛下とアン王妃殿下が国王直属騎士団を率いて姿を現しました。
当然の出来事にその場にいた者たちは全員膝を突きます。
「やれやれ、胸騒ぎがしたから駆けつけてみれば予想通りの展開に胃が痛むわ」
「ああ! もうなんてバカなことを!!」
シド陛下は頭を抱え、アン王妃は持っていた扇を両手でバキッと圧し折ります。
「父上! これは一体どういうことですか! なぜ俺が王太子じゃないんですか!!」
「貴様はまだそんなことをいうのか! その態度を改めろと何度言えば気が済むのだ!!」
「まったく! 貴方は自分勝手なことをしてどこまで王家の品格を落とせば気が済むのよ!!」
シド陛下は嘆き、アン王妃は圧し折った扇をベキッと握り潰します。
「ああ、そうか! これはロランが用意した偽物だな! そこまでして俺を蹴落としたいか!!」
「なんだと?」
偽物呼ばわりされたことにより、シド陛下は俯くとその身体をわなわなと震わせました。
シド陛下から怒気を感じたのか、この場を見守っている貴族令息令嬢たちは冷や汗をかいています。
状況を理解していないジャスティ殿下は周りにいる者たちに命令しました。
「そこにいる国王を騙る偽物を取り押さえろ!!」
しかし、ジャスティ殿下の命令に誰一人として動こうとはしません。
それもそのはず、この中に本物のシド陛下を取り押さえようとするバカはいません。
「どうした! 取り押さえろと言っているのが聞こえないのか!!」
誰も言うことを聞かないのにジャスティ殿下は腹を立てます。
ですが、それ以上に怒りを感じていたシド陛下は冷徹な声で騎士たちに命令しました。
「・・・あのバカを捕まえろ」
「「「「「はっ!!」」」」」
シド陛下の命を受け、うしろに控えていた騎士たちがジャスティ殿下に駆け寄るとその身柄を拘束しました。
「くっ! 放せっ! 放さないかっ! 俺を誰だと思っているっ! 次期国王であるジャスティだぞっ!!」
ジャスティ殿下が悪態を吐いて喚いているとシド陛下がやってきて冷酷な目で見下ろします。
「ジャスティ、この時をもってお前の王位継承権を剥奪! 王族からも除籍し、平民へ降格とする!!」
シド陛下の断罪を受け、ジャスティが吠えました。
「ふざけるなっ! 偽物の分際で俺に偉そうなことを言うなっ!!」
ジャスティから非難されたシド陛下は額に青筋を浮かべました。
「どうやらこの程度の罰では生温かったようだ。 ジャスティ! 不敬罪で奴隷落ちとし、『アイスロック鉱山』での強制労働20年を言い渡す!!」
シド陛下はジャスティを重犯罪者として鉄槌を下しました。
「連れていけ!!」
「「「「「はっ!!」」」」」
騎士たちはジャスティの両脇を抱えると会場の入り口のほうへと歩いていきます。
「放せっ! この俺にこんなことをしてただでは済まないぞっ!!」
ジャスティは最後まで悪態を吐くと引き摺られながら強制的に退出させられます。
廊下からはジャスティの喚き声が聞こえてきますが、しばらくして遠のいていき、やがて聞こえなくなりました。
ジャスティがいなくなり一人残されたクロア。
「クロアさん」
「っ! は、はいっ! ルヴィナ様! 何用でございましょう!!」
わたくしが話しかけるとクロアは背筋を伸ばし、先ほどまでの間延びした甘ったるい声とは違い緊張した声をあげます。
「そう畏まらないで。 わたくしとしても貴女がジャスティ元王子殿下をお慕いしていることはわかっていましたから。 ただ、手綱をしっかり握っていなかった結果が今の状況であるというのは理解してほしいの」
「は、はい! 重々承知しております!! そ、それで・・・あの・・・わ、私はこれからどうなるんですか?」
クロアは顔を蒼褪めさせながら自分がどんな末路になるのか聞いてきます。
「王族に対してはどのような振る舞いをしたのか存じませんが、わたくしについては特に思うところはございませんわ。 ただ、わたくしに対しての振る舞いについてはこの場にいる皆様がどう受け止めるかはわかりませんわね」
わたくしの言葉にクロアはハッとします。
二人きりであれば如何様にも誤魔化せますが、ここまで大事になればこの場にいる貴族令息令嬢にどういう風に見られているかはいわなくても理解できるでしょう。
クロアを見れば顔色が蒼を通り越して白へと変色していきます。
「ルヴィナ様! 本当に! 本当に申し訳ございませんでした!!」
クロアはわたくしに対して深々と頭を下げます。
「いいのよ、気にしていないから。 ただ、これから大変になるでしょうけど頑張ってくださいね」
「は、はい・・・」
わたくしの真意を悟ったのでしょう。
クロアは項垂れていました。
「ルヴィナ」
声がした方を見ればロラン殿下がいました。
「ロラン殿下、お疲れ様ですわ」
「長年に亘り兄上が迷惑を掛けました」
「気にしておりませんわ。 わたくしとしては早いうちに婚約破棄してくれたおかげで良き伴侶に巡り合わせていただきましたもの。 むしろ感謝しておりますわ」
それだけいうとわたくしはロラン殿下に微笑みかけます。
「ルヴィナ、君を必ず幸せにします」
「約束ですわよ、ロラン殿下」
ロラン殿下はわたくしの前に跪くと右手をとって手の甲に口づけしました。
卒業パーティーが終わったあとの事です。
先ずジャスティですが、『アイスロック鉱山』へと輸送されました。
過酷な労働環境に加え、王族の感覚が抜けないのかほかの囚人たちを見下し、問題ばかり起こします。
本人は今でも『これは悪い夢だ。 目覚めたら城の自室にいるんだ』と現実逃避しています。
次にクロアですが、卒業パーティーでの出来事が多くの貴族たちに広まってしまい、肩身が狭い思いをしております。
貴族令息たちからは敬遠されており、婚期は望めないと感じたクロアは自ら教会の門をくぐり修道女となりました。
これまでの行いを懺悔してか、今では無心になって一生懸命働いております。
最後にわたくしですが、ロラン殿下が王立学園を卒業してから一年後に約束通り結婚いたしました。