表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/6

第一話 そっち側にいる君の声は聞こえない

障害者という人種が嫌いだ。




 こんなこと、口に出せば…いや考えているだけでアウトだ。道徳的に反する。しかし…それでも、俺は考えたことがある。誰か、俺じゃなくても一度は誰か、思ったことがあるのではないか、と。人間、みんな違うと言えど思考回路は似たり寄ったりな部分もある。可能性は0じゃないはずだ。


 毎日歩けば当たり前のようにすれ違う『普通』の人々。そんな中、小数という理由で目立つ、『異常』な人間。


 気味の悪さを感じない方が…それこそ、『普通』じゃないような…。




 一度、見たことがあるんだ。自分の力じゃ歩けない。上手く喋ることもできていなかった。その姿を見た時、猛烈に鳥肌が立った。これはもう、何か理由があるとかじゃない…勝手な嫌悪。多分、俺には『人』を思いやるという感情が狭いんだと思う。ありはするけど、該当者がいない場合も…あるって事。


 何かが欠けているんだろう。…それを“思いやり”と呼ぶかどうかは、微妙だけど。




 わかっていながら、自分に嘘をつけるほど、器用じゃなかった。俺は…やっぱり。


 障害者に対し何かこちらからアクションすることはなくとも、無意識に避けてしまう。


 助けようと、同情を感じることは…まずなかった。




 やはり、最初の宣言は変わらない。考え直しても、治らない。


 障害者という存在を…俺は嫌っている――。




 ・・・




「…あったあった。良く取って置いたな…。『暮れる頃に咲く花の正体』。…面白いのか?読めばわかるか。」




 春ごろに転校してきて夏休みが始まる前にはまた別の学校に転校していったやつがいた。そいつとは同じクラスで、ある程度仲良くなったもんだからお互いの趣味を話し合うことだってあった。俺はゲームだと言った。普遍的でつまらない趣味だったが、そいつもゲーム好きだったから、話が噛み合って楽しかったのを覚えている。夏休み一回挟んだせいで、もう何年も前の話に思えるな。




「で、転校前に思い出だって渡して来たのが、ゲームじゃなく本。変なヤツだったな最後まで。」




 お別れだって進めてきたのがまさかの文庫本だった。面白いから読んでみろって。本は好みではなかったがあいつが読んでほしいと言ったのだ。読んでやろうじゃないか。


 とは言え、通学中の電車内。暇だからという理由でもなければ本棚から持ち出さない程度の気持ち。読もうと思えば夏休みいくらでも時間が合っただろうに。何かと理由をつけて避けていた。めんどくさかったから。


『今日はゲームの更新日』だとか『課題が残っているから』だとか。最終的には『夏休み終わって学校始まったら、通学の電車の中で読めばいいか』と強固な言い訳を築き上げてしまった。


 おかげで『絶対読むわ』、なんて言っておいて随分と遅くなってしまった。




「いってきます。」




 朝七時。人によっては結構早い時間だが、俺は小声で家に言葉を告げる。弟を起こさないように、静かに。朝ご飯は食べない派。お腹崩すから。




 ・・・




[まもなく○○~○○行きの電車が三番線に止まります。黄色い線の内側で、お待ちください。]




 黄色い線。俺はこの線にちょっと恐怖を抱いている。なんだか内側が現世で、外側があの世みたいなイメージがある。子供が横断歩道の白線の外側が地獄、と遊びで言っている物が現実的に想像できるレベルで存在しているからだろうか。なのにたまに、「この線の外側に出たらどうなるんだろう」なんてわかりきっていることを考えてしまう。しかし、実際どうなるかなんてわからない。もしかしたら魔法使いが幻覚を見せているだけかも…ダメだ、これじゃゲーム脳。俺はこれから本を読むんだから。


 少しして俺の前に現れた電車、開かれた扉に二宮金次郎気分で乗り込んだ。毎朝必ず、黄色い線の内側に並んでいる列の最前列だ。この場所を故意的に狙っている。




「…よし。」




 小声でいつもの場所を確保。乗り込んだ扉とは反対側の扉の右端に寄りかかるように立つ。窓からの日差しが入り込む、俺だけの特等席。朝早く家を出てくる理由の一つはこの場所を手に入れるためにある。


 鞄の中から本を探すフリをして、一つ奥の線路に着いている電車の、扉をチラ見する。




 …いた、あの子だ。




 中学三年から、自転車が辛すぎて電車通学を始めてから見つけてしまった朝のエンジェル。名前も知らない、年齢も知らない。ショートヘアが、おしゃれな服が、主役を引き立てているというのに。主人公は知らぬ顔していつもどこか、焦点の合わない目をしている。俺はその立ち姿がどこか神秘的で、大人のような立ち振る舞いに、目を奪われた。恋をしてしまった。何も知らないのに。


 毎朝あの子を見たいがために、この場所を確保している。


 けれども、春から夏休みまで何の進展もなかった。当たり前だ。


 だって電車の扉二つ挟んでるだけ。窓越しに見えるだけの、関係性なんて一切ない状況をどうやって進展させればいいというのだ。




「…」




 おもむろに本を取り出し、読み始めた。別にカッコつけたいわけではない。これできっぱり諦めるのだ。そう、これ以上あの子に思いを寄せたところで何にもならないんだから。毎日、この時間に君を頭の中にチャージしては夜中まで隙さえあれば脳内に君を放出してしまう。それならばと、本を読んで君をチャージしなきゃいい。他の事に頭を使え…ば…?




「…?」




 目ってのはたまに無意識に逸れてく。集中できてなかった本に早々飽きを決めては、俺の目はすぐにまたあの子の元へ。その時、勘違いかもしれなかった。


 キミが一瞬、こっちを見た気がしたのだ。虚空を見ていた君が、乗る電車の違う君が、本当に一瞬だけ、俺の方を。




[まもなく~○○行き~発車します。次は~△△です。ドアが閉まります。ご注意~ください。]




 癖のあるアナウンスが扉を閉め、電車は発車した。俺の乗る電車は君の乗っている電車より早く出発するに留まらず、多分反対方向。


 毎朝俺とあの子の距離を離す罪は重たいぞ、駅員さん。




 にしても、さっきのは気のせい?都合の良い妄想だろうか。その時はとりあえずそれ以上を考えるのをやめた。その日は、それ以外の事を考えられなかった。


 全く俺ってやつは…。




 ・・・




 次の日、今日こそはあの本に集中しようと鞄の中から取り出しつつも…やっぱりそっち側の電車の君を見てしまって。




「…っ!?」




 思わず声を出しそうになった。




 あの子も本を持っていた。それだけでも共通点だと喜ぶところだが…。


なんと、同じ本だったのだ。『暮れる頃に咲く花の正体』。そのものだった。




 ふと君の顔を見てみた。口元を本で隠して、でも明らかにこっちを見ていた。


 多分あれがしたり顔ってやつなんじゃないかと僕は学んだ。口元見えてないけども。


 思わずにやけそうになる表情筋を鎮める。




「…ふぅ。」




 落ち着いた。心臓バクバクだが、頭は冷静だ。


 …いや、考えないようにはしていたのだ。毎朝同じ場所に君がいるだけで、もしかしたら気があるんじゃ?なんて悲しい妄想。墓場まで持って行くレベルの恥ずべき話だ。


 だけど…これは流石に勘違いしても許されるんじゃないか?これまで何の接点もなかった好きな人が、自分と同じ物を持っている。夢じゃなかろうか。今にもアラームが俺をたたき起こすんじゃないかと焦ったが、きっちり電車は出発した。


 いつもと変わらず、君とは反対の方向へと。




 ・・・




 その日からの2、3日。俺の朝は光に満ち溢れていたように思える。今までも朝日は指していたが、ここまで眩しくなかった。


 いつも通りの場所に立って、本を開けば君も同じく開いている。幸せだった。大嫌いな数学の授業をあんなに前向きに受けられたのはきっと君のおかげだろう。


 昨日なんか本で手を隠しつつ、俺に向かって手を振ってくれた…と思った。もし他の別の人に向けてしていたのなら…と考えてしまう。恥ずかしい思いをするかもしれないが、それでも勇気を出して俺も同じように手を振り返した。


 すると少し微笑んでくれる君。


 電車の窓越しに、毎朝同じ時間に目が合う。


 笑いかけるでもなく、手を振るでもなく──ただ、まっすぐにお互い見つめる。


 …なんだか、”会話”をしている気にすらなれた。


 本当、走り出したくなる。電車すらも置き去りにして。




 けれども問題が一つあった。あの子、ちゃんと読み進めているのだ。見惚れてばかり、発車した後も君の事ばかり考えてしまっている俺とは違い、確かに毎日本が進んでいるように見えた。これはいけない、いつか話せた時、話が合わないのでは失望されてしまう。なので俺もしっかり読むようにした。


『暮れる頃に咲く花の正体』を。


 最初、表紙からミステリー系の探偵ものだろうと算段していた。それがまさか、謎解きと同じくらいの恋愛要素も含まれているとは。本に一切関心のなかった俺だったがどんどんとページを捲る速度は増していく。物語の意外性、という今まで体験したことのない感情。惹かれるのは当然だった。


 本をくれた、転校しちゃったアイツ。良いセンスだったんだな。また会いたい。そう思えたのも君のおかげなのかもしれない。





夏休みが恋しくなる頃




 少し肌寒くなってきた。


 俺は初めて本屋さんという場所に自分から足を運んでいた。




 君と会える、数分ばかりの電車の中。気づけばどうやらすでに君はあの本を読み終わっていたようで、少し前からあの本を持ってきてはいたものの、開きはしなかった。ただ手に持って。表紙をじーっと眺めてるだけ。ならなんで持ってくるんだろう、と考えて…俺との接点を放したくないから…一瞬で頭の中からかき消した。


恥ずかしすぎる。自意識過剰。馬鹿アホ間抜け。


 君はたまにこっちを見て来たけど。そのたび俺も見惚れちゃうから、毎度どこまで読んだかと言葉を探す羽目になった。


 けれどついに、昨日の夜俺もようやく『暮れる頃に咲く花の正体』を読み終わった。明日の通学を待てなくて、一気にラストスパートかけて読んでしまった。


 本当に面白かった。ありがとう、転校生。


 さて、読み終わったが良いがこれで君との唯一の接点もなくなってしまったのだ。今朝もやることがなくなって。手持ち無沙汰な時間、他に本があればなんて思考回路になる自分がいることに驚いた。




 なので、放課後。


 本屋に本を買いに来た。幸いまぁまぁお金はある。むしろゲームより安いので本格的に読書家になってもいいかもしれない。




「何を読んでみようか…。」


「お探しですか?」


「はいそうなんで…ん?」




 最初店員さんが声をかけてくれたのかと思ったら違った。声をかけてきたのは眼鏡をかけ、いかにも頭よさそうな…悪く言えば陰キャ、みたいなやつだった。


 なんだコイツ。同い年…いや一個下か?同じ学校の制服を着てはいるけど…。




「いやぁ悩みますよね、本選びって。目的のモノを探しに来たと思ったらなんだか惹かれる本が目の前に広がって。」


「あ、いや…そ、そうっすね…。」




 離れるべきか、この場を。でも本に悩んでるのは事実。聞いてみるのもアリ…か?




「実は朝、本を読んでたんですけど、読む本がなくなって。」


「読み終わっちゃったんですか。それはそれは…。ならば現在余韻期間ですね?」


「よいん…ん?…まぁ、はい。次何読もうかなって。」


「なるほど…前読んでいたのはなんだったんですか?」


「『暮れる頃に咲く花の正体』ってやつ…。」


「なんと!?それはとても良い物を読みましたね…今その余韻に浸れているあなたのエモーションが羨ましいです。僕は恋しくあります。」




 何言ってんだろ。




「なら次は全く違うジャンルを読んでみると良いかもしれません。これなんかどうでしょう。」


「『野球と芝生と柴犬』…。スポーツ系ってやつですか?」


「えぇ。ですがただのスポーツ系では…おっと、これ以上はネタバレになりますね。ネタバレは殺人より重罪ですから。えぇ。」




 どんだけネタバレ過敏なんだ。全然情報ないんだけど。


 まだ本に巻き付いている帯の方が教えてくれてるんだけど。


 正直教えてくれた人の解説より、キャッチフレーズに目が惹かれた。




『あなたは野球が好きになるか、柴犬が好きになるか。』




 ふぅん…面白そうではあるな。ただあの子はこういうの読むかどうか…って。


 何考えてるんだ。俺が!読みたいのを買うんだから。これでいいこれでいい。




「ありがとうございます。これにしてみます。」


「はい。ぜひゆっくりとご自身のペースで読んでみてください。…そういえば先ほども同じ本を…。」


「え?」


「あぁ、いえ。関係のない話です。本好きは多ければ多いほどいいですものね。」


「そう…ですね?じゃあ、本当にありがとうございました。」


「紹介しただけです、貴方のベストパートナーを。では。」




 ちゃんとお礼を言ってから、俺は本を買ってから本屋を出た。やっぱり最後まで何言ってるかわからなかった。


 帰り道、鞄の中の本に重みを感じる。少し背中が汗をかいていた。初めての場所はやっぱり緊張するな…。


 てかアイツ何だったんだ一体。いきなり話しかけてきて…。いちいち言葉がカタカナチックなやつだったな。


 本読んでると賢くなれるって聞くけど、ああいうことなのか?





 ・・・




 こんなに待ち遠しい事は史上初の朝




「なん…で。」




 いつも通り扉の端っこで。買った本を取り出しつつ君を見てみたら、『暮れる頃に咲く花の正体』ではない本を読んでいた。


その本が『野球と芝生と柴犬』、だったのだ。


 今朝のエンジェルはしたり顔を見せず、俺と同じだろう。驚いた顔ように口を開いた後、見せてくれたんだ。




君の素の、隠しようのない笑顔を。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ