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最終話

 〜10日目〜


 クロスバイクを駅前の駐輪場に置き、さて、今夜の屋台ではなにを食べようか――――――と、考えながら改札に向かうと、見慣れた女子生徒が立っているのが目に止まった。


 白地に赤い花柄の浴衣姿。女子としては、やや身長が高めな彼女には、大きな花がらと赤い帯の浴衣がマッチしている。高級感のある生成地いっぱいに描かれた丸みのある真っ赤な椿の柄が存在感抜群で、「これぞ浴衣!」というレトロな印象に感じられた。

 赤い帯は、大人っぽさを感じさせ、浴衣全体をパッと明るく華やかに演出している。普段の制服姿とは異なる女性らしさがあって、ひときわ印象的だ。


 そんな彼女の姿をひと目見て、ここ数日、ふさいでいた気持ちが晴れていくのを感じ、


(くやしいけど、僕は男なんだな……)


と、モビルスーツを操る少年パイロットのような感想を抱く。

 

 そうして、ボクに気づいた相手から予想どおりの言葉がかけられた。


「あっ、野田くん! 待ってたよ」


 彼女の言葉に、

 

「遅くなってゴメン。長く待たせちゃったかな?」


と返事をすると、 


「ううん、わたしも、いま来たところだから」


と、これまた予想どおりの答えが返ってきた。


「今日は、しつこく声をかけられたりしなかった?」


「うん! 待ち合わせ相手がすぐに来てくれたからね」


「そうか、それは良かった」


 安堵して胸を撫で下ろすと、湯舟敏羽は、ボクのそんな表情を見逃さなかったようだ。


「おやおや……野田くんは、かわいいクラスメートが、他の男にコナをかけれないか心配だったのかなぁ?」


「あぁ、そうだね。同じクラスの気になる女子が自分のリクエストに応えて、とっても似合う浴衣姿で来てくれたんだ。他の男が寄って来ないか、気にならないヤツはいないだろう」


 ボクが、そう言うと、それまでニヤニヤとこちらの表情をうかがっていた彼女の顔が、今日の着物と同じくらい、みるみる赤くなっていった。


「と、と、と、とっても似合うとか、そういうカウンターを出すの禁止!」


 なぜか、真っ赤な表情で怒り出す彼女に、ボクは困惑するしかない。


「ま、まあ、今日は野田くんが、どうしてもって言うから、着てきたんだし……誉め言葉として受け取っておく」


 そう言って、ツンとそっぽを向くようすを見ながら、十日前とは、ずい分と印象が変わったなと感じる。

 彼女の言うとおり、ボクは、三日前に人工海岸で二人きりで語り合ったときに、「事件が解決したら、お互いにして欲しいことを伝え合うって、約束を覚えている?」と、確認したボクは、


「もし、キミが亡くなった葛西のように、気になる男性があらわれたとき、一緒に夏祭りに行くために買った浴衣があるなら、それを着て見せてくれないか?」


という要望を出していた。

 これは、遠回しに自分の想いを告げたも同然だったわけだけど、彼女は、しばらく何かを考えたあと、


「いいよ。その代わり、ちゃんと浴衣姿の感想を述べること。あと、わたしのリクエストは、今度、会ったときに伝えるから覚悟しておいて」


という答えを返してきた。


 そんなわけで、浜辺で行われる夏祭りに移動する間も、会場に着いたあとも、ボクは彼女の浴衣姿に心を揺さぶられるのと同じくらい、その相手から、どんな要望が出されるのか、緊張しながらその時を待っていた。


 浜辺の集合団地の一角にある芝生広場では、屋台やキッチンカーの出店、ダンスや音楽演奏などのライブステージ、手芸や雑貨・お祭りグッズなどの販売、手作りゲームの縁日などが軒をつらね、これぞ夏祭りという雰囲気に染まっていた。


 リンゴ飴を購入して、SNSに写真をアップロードしたあと、


「これで、花火が見れたら完璧なんだけどな〜」


という彼女に、


「海沿いに行けば、博覧会会場で打ち上げている花火が見えるらしいよ。行ってみるかい?」


と提案する。ボクの言葉に、「いいね」と応じた彼女とともに、南芦矢浜に移動し、東の方角に目を向けると、水平線の近くから、色とりどりの光の花が打ち上がるところだった。


「キレイだね」


「あぁ、ちょっと遠いけど、今年は博覧会開催の影響で近場の花火大会は秋に延期するらしいから……今日は、これで我慢しよう」


「そうだね……」


 湯舟敏羽は、短く返答したあと、こう付け加えた。


「稔梨も、この花火を見たかっただろうな……」


「あぁ、そうだね」


 短く返答しながら、亡くなった同級生と彼女の事件に関わった担任教師のことを思い出す。ボクとマンションで語り合ったあと、三浦先生は自分で近くの警察署に出向き、二人の教え子が巻き込まれた事件と事故に、自らが関与していることを語ったそうだ。


 憲二さんの話しによると、毅然とした態度ながらも取り調べには素直に応じているので、裁判などはスムーズに進むのではないかと言うことだった。


 そんなふうに、もし、別の世界線を生きていれば、母になってくれたかも知れない女性のことを思い返していると、かたわらで遠くの花火を眺めている彼女が不意にたずねてきた。


「ねぇ、事件が解決したら、お互いにして欲しいことを伝え合うって、約束を覚えている?」


「あぁ、もちろん。ボクの要求はもう叶えてもらったからね。今度は、キミの番だ」


 そう返答すると、彼女は戸惑う仕草を見せながら、「じゃあ、わたしのリクエストを言うね……」と、おずおずと口にする。


「わたしが知りたいこと。野田くんは、どんな女性が好みなのか教えてほしい!」

 

 それは、ボクにとって拍子抜けするくらい、意外な要求だったんだけど……。


 今度は、暗がりで良く見えないけれど、彼女は数時間前に駅前で会ったときと同じくらい赤い顔をしているかも知れない。


「そうだな、ボクの好みのタイプは、浴衣姿が良く似合って、大学生になってもパピコを分け合ってくれるような女の子かな?」


 少し照れくささを感じながらの言葉だったので、相手の表情を見すえることなく、遠くで打ち上がる花火を見ながら、ボクは答える。

 そうして、かたわらの少女のようすをチラリとうかがうと、彼女は、両手で口元を覆いながら、


「うそ……」


とつぶやいた。


「ウソなものか……ボクは、約束はキチンと守るタイプだよ」


「だって、野田くんは年上の女の人が好みなのかと思っていたもの。池田先輩だって、三浦先生だって年上だし……」


「ボクを勝手にマザコンキャラにしないでくれ」


「でも……だって……こんな嬉しいことは無い……って言うか……」


 オロオロとしながら、おかしなことを口走る相手にボクは提案した。


「そろそろ、冷たい食べ物が食べたくなってきたんだけど、花火が終わったら、近くのコンビニでアイスを探そう?」


 その言葉に、敏羽は「うん」と、泣き出しそうな笑顔でうなずいた。

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