第4章~第10話~
「どういうことかしら? 山本理事長が事件に関わっていたの? それに、私が遠山さんに写真を提供したって、なんのこと?」
こちらが発した言葉に、三浦先生はあくまで平静をよそおい、疑問形でたずねてくる。ただ、ボクは手元に決定的な証拠を持っていた。
「斎藤先生が、午前中の聴取でどんなことを話したのか……詳細はわかりませんが、県警が事前に把握していた山本理事長の名前が証言として具体的に出てきたことで、理事長の逃亡を防ぐためにも逮捕状が請求されるそうです。さっき、叔父から、そう連絡がありました。そして、ボクは遠山響子に会って、直接、聞き取りをしてきました。彼女に許可を取って、そのときの録音音声のデータが、このスマホに入っています」
昔の時代劇の登場人物が印籠という、令和に生きる人間にとって謎の物体を差し出すように、スマホのデータファイルを表示させたボクが語ると、担任の先生は、微かに口角を崩した。
「それがなんなの? 自分からトラブルの種を蒔いた生徒が、自己保身のために担任を巻きこもうとしただけでしょう? まさか、いち生徒のあやふやな証言だけで逮捕されるなんてこと……」
「もちろん、そうです。ただ、山本理事長が何も話さなければ……ですけど。いずれ、コーヨー建設と博覧会協会との関係を週刊誌が暴くでしょう。そうなったときに、未成年が関わる性加害の話しが出てきたら、理事長周辺への取材攻勢も免れない。こうしたことは、他に事例は無いのか? いったい、いつから行われていたのか? 事故に遭った仲田美幸のことを雑誌記者が嗅ぎつけ始めたら――――――」
「もう、やめなさい!」
ボクが最後まで言い終わる前に三浦先生の声が飛んだ。
「アナタは、学院の授業でそんなふうに相手を脅すようなことを学んだの? それとも、ご家族の影響かしら?」
「学校の授業も、家族も関係ありません。女性のカンに触る話し方をしてしまうのは、ボクの特性のようです。このことで、クラスの女子生徒からは、ずい分と叱られましたから……気に触ったのなら謝ります」
ボクの返答に先生は、目を閉じてから、フーッと大きく息を吐きだす。
「ここまで押し掛けてきて、アナタの目的はなんなの? 先日も、ストーカーと見間違うくらい、私のことを熱心に尾行していたみたいだけど?」
ジロリと睨みつけるような担任教師の視線に、これまで冷静に語っていたと自負するボクは、息をのまずにはいられなかった。
「気づいていたんですか!?」
「これでも、小学生の頃から男性に後ろを付け回されるのには慣れているの。アナタのような素人まる出しの尾行なんて、撒こうと思えば何時でも撒けたし、注意しようと思えば何時でも出来たわ」
「――――――じゃあ、どうして?」
「そうしようと考えていた矢先に、アナタの方から声をかけてきたもの。それに、結果としては、その方が私にとっても都合が良かった……」
「それじゃあ、あの日、この部屋にボクを誘ったのも――――――」
まるで、開き直ったように、いつもは敬称をつけて呼ぶ生徒の名前を呼び捨てにしながら、担任教師は、自身の行動の理由を語る。
「えぇ、そのとおり。アナタの叔父様をはじめ、警察の捜査がどこまで進んでいるか、仲田美幸の容態はどうなのか、そのことを把握するために、アナタを招き入れたし、その後、お宅にもお邪魔したのよ」
「やっぱり、そうだったんですね……」
彼女に対する疑念が湧いたときから覚悟はしていたものの、やはり、本人の口からその真意を語られると、胸に込み上げて来るものがあった。ただ、目の前の担任教師は、ボクの胸の内などに構うことなく、冷静な口調でボクにたずねる。
そして――――――。
「それで、アナタは私をどうしたいの? 私には、まだアナタに差し出せるものもあると思うのだけど……」
そう言った彼女は、ブラウスの胸をはだけ、大胆に脚を組み直した。その仕草に驚き、思わず固いツバを飲み込んでしまう。そして、そんなボクの狼狽ぶりを目にした担任教師は、妖艶な笑みを浮かべて言った。
「あら? そう言うことだったの? 軽蔑してくれても構わないわ。もう子供じゃないんだから、アナタにも、わかっているでしょう? オンナがオトコからお金を得るということは、ただ援助してもらう訳では無いということ。私は、こうして男性と関係を持ってきたの。こちらからも差し出せるものは差し出した。それはそんなに悪いことなのかしら?」
彼女の言葉に、ボクは黙って唇を噛むしかない。そんなボクに、彼女は大きく両手を広げて言葉を続ける。
「この部屋を見て。アナタのお宅のリビングよりも狭いわ。こんな部屋でも家賃がいくらするかわかる? およそ二十万円弱。私が学院からもらっている月給は、手取りで二十三万円。可笑しいでしょう? どう、私がどんな風に、この生活を維持しているのか。想像はできた?」
年端もいかず世間知らずな生徒を、あるいは自らを嘲笑するような言い方で語る担任教師に対して、ボクは、なんとか気力を振り絞って口を開いた。
「軽蔑なんて……ボクには、そんなことを口にする権利なんてないと思います。ただ、葛西や仲田がどうしてこんな目にあわなくちゃいけなかったのか、それが聞きたいんです」