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第三話 金色の幻影と破滅の秒読み

登場人物


アーデン・グレゴリー・晴明せいめい:バー「クロノス」のマスター。孫の翔を溺愛。

クロノス・アビサル:時を司る神。気まぐれで人間の本性を試すことを楽しむ。

金森かねもり 欲平よくへい:フリーター。借金があり、楽して大儲けしたいと強く願っている。


前書き


異世界から現代(?)にやってきた時の神と賢者の二人、果たして何が起きるのか。原作の王道ファンタジーからのスピンオフ小説、バー「クロノス」を舞台に、神の遊びの目的は・・・。

いつものように、バー「クロノス」には静寂が満ちていた。アーデン・グレゴリー・晴明は、カウンターの内側で帳簿にペンを走らせている。その表情は普段と変わらぬ無表情に近いものだが、時折窓の外の喧騒に目をやる際には、わずかな憂いのようなものが浮かんでいた。


(金は人を狂わせもすれば、救いもする。だが、それ自体に価値があるわけではない。使い方を誤れば、身を滅ぼす劇薬にもなる。翔には、金銭に振り回されることなく、地に足を着けて堅実に生きる術を身につけてほしいものだ…)


元の世界に残してきた孫、翔の顔が脳裏をよぎる。賢者の知恵よりも、よほど大切な教えがこの異世界には溢れているのかもしれない、と晴明は時折思うのだった。


カウンターの隅の指定席には、今日もアビサルが陣取っている。今日の姿は、場末の金融屋か、あるいは悪徳な不動産ブローカーを思わせる、どこか胡散臭い中年男だ。けばけばしいネクタイに、サイズの合っていないダブルのスーツ。手には分厚い経済新聞が握られているが、本当に読んでいるのかは疑わしい。


「アビサル様、本日はまた…随分と世俗の垢にまみれたようなお姿で」

晴明が、帳簿から顔を上げずに言った。


アビサルは、新聞の向こう側でニヤリと笑った気配がした。

「ほう、賢者の末裔にはそう見えるか? だがな、晴明。金というものは面白い。人間の欲望、本性、愚かさ…その全てを実によく映し出す、正直な鏡だ。今日のゲストは、その鏡にどんな顔を映すのか、今から楽しみでならんよ」

その声には、隠しようのない嘲りが含まれていた。



第一幕:その出会いは幸せか


「カラン…」


夜が更け、バーの扉が重々しく開いた。現れたのは、先ほどのアビサルと、彼に促されるようにして入ってきた一人の若い男だった。金森欲平と名乗ったその男は、年の頃二十代半ばだが、顔色は土気色で、痩せた頬には隈が深く刻まれている。常に何かに怯えているかのように視線は定まらず、着ている服も数日は着替えていないように汚れており、見るからに困窮している様子がうかがえた。


欲平は、アビサルに言われるがままカウンター席に座ると、掠れた声で「…一番強い酒を」とだけ呟いた。


晴明は黙って頷き、琥珀色の液体をショットグラスに注ぐ。欲平はそれをひったくるように掴むと、一気に呷った。喉が焼けるような感覚に顔を歪めながらも、どこかホッとしたような表情を見せる。


晴明が当たり障りのない世間話を振ってみるが、欲平は上の空で、まともな返事も返ってこない。しかし、立て続けに数杯の強い酒を煽るうちに、彼の口から堰を切ったように言葉が溢れ出した。


「チクショウ…! なんで俺だけこんな目に遭わなきゃなんねえんだ…!」

「毎日毎日、朝から晩までバイトしたって、スズメの涙ほどの金しか稼げやしねえ!」

「楽して大金さえ手に入れば…! あんな奴ら、全員見返してやれるのに…!」


借金取りに追われる日々、先の見えない現状への不満、そして、一攫千金への強すぎるほどの渇望。欲平の言葉は、徐々に荒々しさを増していく。


晴明は、静かに欲平の言葉に耳を傾けていたが、やがて諭すように口を開いた。

「金森様。焦るお気持ちは分かりますが、金銭はあくまで堅実に得るもの。楽な道ばかりを求めては、かえって足元をすくわれますぞ。まずは落ち着いて、今の状況を立て直すことから考えてみてはいかがですかな」


欲平は、晴明のその言葉に一瞬、反省したかのような顔を見せた。しかし、それも束の間、再び顔を歪め、悪態をついた。

「うるせえ! あんたに何が分かるんだ! 住む世界が違う奴の綺麗事なんざ聞きたくもねえ!」

だが、晴明の射るような静かな眼差しに気圧されたのか、すぐに語気を弱め、「…悪かったよ」と力なく謝罪の言葉を漏らした。


そんな二人を満足そうに眺めていたアビサルが、頃合いを見計らって席を立った。

「欲平君、今日はこのくらいにしておこう。もしかしたら、君のその強い願いが、何か面白いことを引き起こすかもしれんぞ?」


アビサルのその言葉は、悪魔の囁きのようにも聞こえた。欲平は、その言葉の意味を深く考えることもなく、ふらつく足取りでアビサルの後に続いてバーを後にした。



第二幕:アビサルの囁きは破滅への序曲



バーを出て、薄暗い路地裏を歩いていた欲平の肩を、アビサル(先程の胡散臭い中年男の姿のまま)がポンと叩いた。

「君のその金への渇望、なかなか見どころがある。気に入った。少し面白いものを見せてやろう」

そう言うと、アビサルは欲平の額に指を軽く触れた。瞬間、欲平の脳内に、今まで感じたことのない奇妙な感覚が流れ込んできた。


「今、君には『数分先の特定の情報』が見えるようにしてやった。例えば、公営ギャンブルの結果や、ごく短期間の株価の変動といったものだ。脳内に直接、情報が流れ込んでくるはずだ」

アビサルは、楽しそうに説明する。

「ただし、この力はそう長くは続かん。そして、使いすぎれば、それ相応の代償を払うことになるかもしれんぞ? まあ、君ならうまくやれるだろう」

不気味な笑い声と共に、アビサルは闇の中へと姿を消した。



翌日、欲平は半信半疑ながらも、アビサルに言われた通り、場末の競馬場へと足を運んだ。そして、レース直前、脳内に流れ込んできた馬番の情報を頼りに、なけなしの金を馬券に替えた。


結果は、的中。ビギナーズラックとは到底思えない正確さだった。


そこから欲平の快進撃が始まった。競馬、競輪、オートレース。アビサルの力は絶対的で、欲平は面白いように勝ち続け、少額ではあるが確実に金を増やしていった。あっという間に借金の一部を返済し、これまで我慢していた少し贅沢な食事をしたり、欲しかったブランド品を身につけたりするようになった。彼の顔からは以前の陰りは消え、自信に満ちた、どこか傲慢な表情が浮かぶようになっていた。


「これだ! これさえあれば俺は億万長者だ! もう誰にも頭を下げる必要なんてねえ!」

力の効果を過信し、欲平は次第に大胆になっていく。より大きな儲けを求め、高額な賭けにも平気で手を出すようになっていた。


そんな欲平の前に、アビサルは時折姿を変えて現れた。ある時は、高級スーツに身を包んだ羽振りのいい投資家として。またある時は、秘密の闇カジノのオーナーのような妖しい雰囲気で。

「その調子だ、欲平君。金は使ってこそ価値がある。もっと欲張れ。お前にはその権利があるんだからな」

アビサルの甘い言葉は、欲平の欲望をさらに煽り、彼を破滅への道へと着実に誘っていた。



第三幕:慢心と力の限界


欲平は、これまでの連続した成功ですっかり慢心しきっていた。アビサルが最初に言った「力の連続使用のリスク」や「代償」といった言葉は、彼の頭の中から綺麗さっぱり消え去っていた。彼は、これまでの儲けで得た全財産をかき集め、それだけでは飽き足らず、違法な闇金からも多額の借金をして、人生を一発逆転させるための一世一代の大勝負に出ることを決意した。ターゲットは、海外の非常にリスクの高い、しかし当たれば莫大な利益を生むと言われる仮想通貨への一点集中投資だった。


その時、力の限界が訪れた。これまで鮮明に流れ込んできた未来の情報が、途切れ途切れになったり、不快なノイズが混じったりし始めたのだ。明らかに何かがおかしい。しかし、欲平はすでに正常な判断力を失っていた。


「これは…このビッグウェーブに乗らない手はない! 今しかないんだ!」

彼は、不確実で曖昧な情報を元に、ためらうことなく全財産を、いや、借金まで含めた全てを、その仮想通貨につぎ込んでしまった。


結果は、言うまでもなく無残だった。彼の投資した仮想通貨は、直後に起きた予期せぬ国際情勢の悪化により大暴落。欲平の財産は、文字通り一瞬にして泡と消え去った。手元に残ったのは、以前よりもさらに膨れ上がった、絶望的な額の借金だけだった。



数日後、バー「クロノス」の扉が、力なく開かれた。そこに立っていたのは、もはや廃人と呼ぶのが相応しいほどにやつれ果てた欲平の姿だった。目は虚ろで、焦点が合っていない。彼はカウンターに突っ伏すと、絞り出すような声で晴明に懇願した。


「頼む…晴明さん…金を貸してくれ…! 元手となる金さえあれば、俺は…俺はまだやり直せるんだ…! 金を…金さえあれば…!」


晴明は、静かに首を横に振った。

「金森様。金銭はあくまで生きるための手段であり、それ自体が目的となっては道を誤る。あなたは…本当に何が欲しかったのですかな? お金で何を手に入れたかったのです?」

その声には、深い憐れみと、諦観が込められていた。


しかし、今の欲平には、晴明の言葉の真意など届くはずもなかった。ただ、壊れたレコードのように「金、金、金…」と虚しく繰り返すばかりだった。


その時、欲平の後ろに、音もなくアビサルが姿を現した。今日の姿は、冷酷な債権回収人か、あるいは地獄の看守を思わせる、厳格で威圧的な男だった。


「残念だったな、金森欲平。だが、お前のような分かりやすい欲望は嫌いじゃない。お前の魂が絶望に染まっていく様は、実に楽しませてもらったよ。もっとも、お前は、力の代償が何だったのか、まだ気づいていないようだがな」

アビサルの声は、氷のように冷たかった。


欲平が、最後の力を振り絞って訝しげな顔をアビサルに向けると、アビサルは嘲るように続けた。

「お前が未来を見るたび、お前の『運』そのものが削られていたのさ。そして今のお前には、もはや幸運のかけらも残ってはいない。ただ、底なしの不運だけがお前を待っている、というわけだ」


アビサルは、欲平に残っていた力の残滓を無慈悲に取り上げ、そして、時間を戻すこともしなかった。欲平は、言葉にならない絶望の叫び声を上げ、もつれるようにしてバーを飛び出していった。その先には、闇金の厳しい追及と、社会の底辺での惨めな生活が待っているだけだろう。彼の未来には、もはや一筋の光も見えなかった。


晴明は、欲平の去った扉を静かに見つめ、アビサルに問いかけた。

「…アビサル様、これがあなたの望む結末ですか」


アビサルは肩をすくめ、心底楽しそうに、そして冷ややかに答えた。

「結末? いや、これは新たな始まりかもしれんぞ? 彼の魂が、この絶望から何を学び、次にどんな面白い顔を見せてくれるのか…それもまた一興だ。もっとも、そんな機会が彼に残されていれば、の話だがな」


バーには、破滅した魂の残滓と、アビサルの冷酷な笑い声だけが、いつまでも静かに響き渡っていた。


(第三話 完)

お読みいただき、ありがとうございます!


第2話、いかがでしたでしょうか?


お金は大事ですが、身を滅ぼしては意味がありません。


物語はまだ淡々と進みますが、アビサルは冷酷な側面が出てきましたね。

今後の展開にもぜひご期待ください。


原作が気になった方はウェブサイトを覗いてみていただければと思います。

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