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第13話 狐神の戯言と新たな疑惑

登場人物


クロノス・アビサル:時を司る悪神。冷徹だが、知的好奇心は旺盛。

アーデン・グレゴリー・晴明せいめい: バー「クロノス」のマスター。元賢者。

白狐稲荷びゃっこいなり:商売繁盛と豊穣をもたらす狐の姿をした土地神。

バー「クロノス」での一件から数日。不可解な「ポルターガイスト事故」のニュースは、もはや山間の高速道路や郊外の町の話ではなくなっていた。発生場所は、人々が密集する大都市の中心部へと移行し、その頻度も明らかに増している。ニュースキャスターは、専門家の分析として「模倣犯による愉快犯の可能性」に言及し始めていたが、晴明とアビサルは、その本質が全く異なることを知っていた。


「…次の目的地は、白狐稲荷びゃっこいなりの社だ。奴もこの国の神の一柱。それも、人の欲望や感情が渦巻く街の中心に根を張る、抜け目のない土地神だ。何か面白い話が聞けるやもしれん」


アビサルの提案を受け、二人は再び車上の人となっていた。しかし、今回は晴明が運転するクラシックカーではない。アビサルが「人間の叡智も、時には評価してやらんでもない」と嘯いて用意させた、最新鋭の高級セダンの後部座席だ。防音ガラスの向こうで、都会の喧騒が音もなく流れ去っていく。


晴明は、タブレット端末で事件の発生場所を地図上にプロットしながら、静かに口を開いた。

「奇妙ですな。犯行現場が、次第に人通りの多い場所へと移っている。まるで、人目を避けるどころか、より多くの人間に見られることを望んでいるかのようだ」

「フン。目立ちたがり屋の亡霊か。下らんな」

アビサルは革張りのシートに深く身を沈め、興味なさそうに窓の外を眺めていた。だが、その瞳には、退屈とは異なる、思考の光が揺らめいている。



第一幕:孫への疑い



しばらくの沈黙の後、アビサルが不意に口を開いた。

「賢者よ。お前への疑いは晴れた。お前の言う『美学』とやらは、いささか退屈ではあるが、嘘ではないのだろう」

その前置きに、晴明は何も答えず、ただ静かに次の言葉を待った。


「だがな」とアビサルは続ける。その声には、からかうような、しかし核心を突こうとする鋭さが含まれていた。「お前の血筋については、まだ分からん」


「…と、申しますと?」

「お前の孫、アーデン・ヴァレンタイン・翔。かの賢者の孫にして、若くして新共和国の指導者となった麒麟児。奴は、元の世界の王立学院で学んでいたそうではないか。そこでは、騎士道も必須科目だったと聞く」


アビサルの視線が、タブレットに映る「西洋の鎧の騎士」のイメージイラスト(好事家が描いた想像図だ)に向けられる。

「西洋の鎧…。お前とは縁がなくとも、お前の孫には大ありだ。それに、雷神は言っていたな。『深い悲しみと、焦燥』。そして、『何かを必死に探し求める執念』。…どうだ? 孫可愛さのあまり、故郷に帰りたいというお前の悲願を叶えるべく、その若き魂が、世界を超えてこちら側に『生き霊』として現れた、とは考えられんか?」


それは、悪魔の囁きだった。晴明の最も触れられたくない部分に、的確に突き立てられた刃。アビサルは、純粋な謎解きとして、最も可能性の高い仮説を提示しているに過ぎない。だが、それは晴明にとって、自身の魂を揺さぶられるに等しい問いかけだった。訳はなく、晴明は呆れていた。



第二幕:賢者の否定



晴明は、ゆっくりと顔を上げた。その表情は、やはり穏やかだった。しかし、その瞳の奥には、先ほどまでの静けさとは異なる、決して揺らぐことのない強い光が宿っていた。


「確かに、アビサル様のご指摘には一理あります」

その言葉は、アビサルを少し驚かせた。まさか乗ってくるとは思わなかったのである。

「翔には、わしと同じく『時』を操る秘術の才能があります。いや、若さ故の柔軟性か、ある一点においては、かつてのわしをも凌ぐほどの天才やもしれません」


自らの孫の才能を認めた上で、晴明は、しかし、きっぱりと言い切った。

「ですが、断じて翔ではありえません」


「ほう。その根拠は?」

アビサルの目が、面白そうに細められる。


「二つあります」と晴明は静かに続けた。「一つは、力の質。我々が追っているこの力は、悲しみと執着から生まれた、混沌とした負の力です。制御を失い、周囲を巻き込んで歪みを生じさせる。…しかし、翔の力は違います。彼の力は、清流のような澄んだ気を帯びている。人を癒し、物事をあるべき姿へと導く、調和と創造の力です。彼が、このような無秩序な力を振るうことは、決してない」


「そして、もう一つ」と晴明は、わずかに遠い目をした。

「あやつは今、己の無力さに打ちひしがれながらも、新しい国を、民を、未来を守るために戦っております。その魂は、故郷の地に、そして共に歩む人々の想いに、固く結びついている。敬愛する祖父を想う心はあれど、そのために故郷を、民を危険に晒してまで、こちら側に干渉してくるような、そんな身勝手な真似をする男ではございません。わしの孫は、そのような弱い男ではない」


その言葉には、絶対的な信頼と、祖父としての愛情が溢れていた。それは、感情論ではない。翔という人間の本質を、誰よりも深く理解しているからこその、確信だった。孫バカ全開であった。


アビサルは、つまらなそうに鼻を鳴らした。ただ孫自慢の機会を与えただけだったと内心しまったと感じていた。「フン。なるほどな。賢者の血は、つまらんほどに善良で真面目なようだ。これでは見世物としても面白味に欠ける。…まあ良い。その仮説は棄却してやろう」

憎まれ口を叩きながらも、彼の目から翔への疑いの色は完全に消えていた。晴明の語る「力の質」という概念は、神である彼にとっても納得のいく理屈だったのだ。半分くらいは本気で疑っていたところがこの神の厄介なところである。



第三幕:狐神の戯言



車は、都心にありながら、そこだけ時が止まったかのような静寂を保つ、白狐稲荷の境内へと滑り込んだ。高層ビルに囲まれたその空間は、まるで異界への入り口のようだった。


二人が鳥居をくぐると、どこからともなく、鈴を転がすような、しかしどこか人を食ったような声が響いた。

「あらあら、これはこれは。噂をすれば影、とはよく言ったもの。時の神様が、このような俗世の社に何の御用かしら?」


声の主は、いつの間にか二人の前に現れていた。燃えるような赤の着物に、雪のように白い肌。伏せられた睫毛の奥で、金色の瞳が妖しく輝いている。遊女のようでもあり、女神のようでもある、圧倒的な存在感を持つ美女、白狐稲荷その人だった。


「戯言はよせ、狐」とアビサルが応じる。「お前なら、我らが何をしに来たか、とうに気づいていよう」

「ええ、もちろん」と白狐はくすくすと笑う。「街を騒がす、悲しい迷子の騎士様のことでしょう? あなた様ほどの神が、たかが亡霊ごときに振り回されているご様子、実に愉快だわ」


白狐稲荷は、アビサルを疑う素振りすら見せない。彼女にとって、この事件は神々の面子などどうでもいい、ただの面白い謎解きに過ぎないのだ。

「それで、何か面白い情報は掴めたのかしら?」と晴明が尋ねる。


「ええ、いくつか」と白狐は扇子で口元を隠した。「あの子、人の『想い』が強く渦巻く場所に引き寄せられるみたい。交差点、駅のホーム、劇場…。出会いと別れ、喜びと悲しみ、愛と憎しみ。そういうものがごちゃ混ぜになった場所が、ことのほかお好きなようね」


「…想いを糧にでもしていると?」

「さあ? でも、見ていて飽きないわ。あの子、この世界の文物に、ひどく戸惑っている。鉄の箱(車)が意思もなく動くことに驚き、硝子のショーウィンドウに映る自分の姿に怯える。でもね、少しずつ、学んでいるのよ」

白狐の瞳が、すっと細められた。

「最初はただぶつかって驚くだけだったのが、最近は、それを避けることを覚えた。気配を消すことも、上手になってきた。あの子、日に日に、この世界に『適応』して、その存在が濃くなっているわ」



エピローグ:濃くなる影



白狐稲荷は、「提供できる情報はここまで。あとはご自分たちで調べなさいな。わらわは高みの見物を決め込むとします故」と言い残し、戯れるように笑いながら、陽炎のように姿を消した。


再び車上の人となった二人の間に、新たな沈黙が落ちる。

「亡霊は、学習し、この世界に適応しつつある…」

晴明が、重々しく呟いた。


「フン。厄介なことだ。ただの無秩序な力ならば、叩き潰せば済む。だが、知性を持ち始めたとなれば、話は別だ」

アビサルの声にも、初めて明確な警戒の色が浮かんでいた。

「人の想いに引かれる、西洋甲冑の騎士の亡霊。そして、それは日々、この世界への適応と進化を続けている…。ククク、実に面白い。実に、厄介で、面白いではないか、賢者よ!」


もはや、犯人探しの謎解きではない。それは、日に日にその存在を濃くし、世界への干渉を強める未知の脅威との、知恵比べの始まりだった。

二人の乗った車は、人間の欲望が渦巻く、夜の都心へと吸い込まれていった。


(第13話 完)

お読みいただき、ありがとうございます!


アビサルと晴明の性格が固まってきた感じがしますが、

漫才のようになってきました。


事件の真相に段々と迫ってきておりますが、

今後の展開にもぜひご期待ください。


原作が気になった方はウェブサイトを覗いてみていただければと思います。

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