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湊あくあの見る夢

作者: まだらめ

湊あくあは何処にでもいそうな大学生。内気でゲーム好き。 推しは兎田ぺこら。世話焼きな母、高校からの友達シオン、大学ではじめて出来た仲間と、一見して平凡な日々を過ごしている。 就活という現実が少しずつ迫ってきているが、彼女の心には人に言えない「秘めた夢」があった。 ある休日、彼女は人混みの街で、仲間たちと将来について語り合うことに。自分にとっても特別な日。夢?妄想?湊あくあの想いは、どこへ向かうのか?

 また、あの夢か。


 嬉しくも儚く、何処か寂しさも籠もった余韻がまだ胸を揺らしている、そんな目覚めだった。いつも目覚まし時計にいやいや起こされるあたしにしては珍しく、アラームの音が鳴る前に自分で止める。勝ったな、なんちゃって。

 あくびをして、スマホをチェック。SNSの通知なし。いつもと変わらない朝だ。起き上がって背伸びして、窓を開けると眩しい日差しが飛び込んでくるけど、少しだけ空気が涼しくて、長く感じた今年の夏が終わっていくのを感じる。


 8:30。食卓で見るテレビは、どこかの戦争や、交通事故、芸能人のスキャンダルを伝えている。もっと楽しいことばかり流せばいいのに、といつも思う。

 天気予報、日中は晴れ。夕方から大気が不安定でにわか雨に注意。今日の占いは11位で『外出はなるべく控えて』、だって。見るんじゃなかったかな。


「あくたん、早く食べてよ?」

「その呼び方やめてって。」

 お母さんは、最近またあたしのことをそう呼んでくる。母子家庭。友達みたいな関係。見た目も気持ちも若い。あたしより歌上手いし、ゲームもまあまあ。料理は普通かもだけど、若い頃は本気でアイドル目指してたというだけあって、美人だと思う。


「ほらほら、靴履いて。今日はにわか雨あるかもだってよ、折りたたみ傘持って、ほら。」

「はいはい。」

 いつまで子供扱いするんだか。あと2年もしたら社会人だぞ?自分のことは自分でやれるし、決められ・・・る。

「シオンたんにもよろしくね。」

 唯一あたしが家に連れてきたことのある友達のことはお母さんもよく知ってる。

「それやめてってば。」

 満足気ににこにこして、やめてくれそうにない。恥ずかしいんだけど、ちょっと嬉しかったりもする。

「あれ?映画って午後からでしょ?どこか寄るの?」

「あ、ちょっとね。」

「最近ちょっとが多いなあ。バイトもし過ぎじゃない?何企んでるの?」

「別にいいでしょ。」

 大学もバイトも休みだけど、今日は予定が色々。

「あくたんもそんな年頃ってことねえ。自分の事は自分でってか。親としては寂しくもある。」

 うんうんと頷いている。どういう納得なんだか。

「で、今日は何時に帰ってくるの?」

「え、ああ、後でラインする。行ってきます。」

 そう言ってドアを開ける。

「行ってらっしゃい。」


 13:30。シオンは高校の時からの友達。白いブラウスに淡いラベンダー色のカーディガンを羽織って待っていた。新しい服買ったのかな。ファッションに疎いあたしとは大違い。

 お互いに目くばせする。自分から誘うの苦手だし、映画館ってお母さんとしか行ったことない。あれも何年前やら。でも今日誘ったのはあたし。

「はい遅刻。44.5秒。あとでスイーツ奢ること~。」

「ごめんて。」

 明るく裏表のないシオンは周りを賑やかにしてくれる人。

「でも珍しいね、あくあちゃんが遅れるのって。バイトじゃないよね?」

「あ、うん。ちょっとね。」

 ふーん、と納得したようなそうでもないような微妙な表情。


 駅前に立つ、映画館の入ったビルのガラス張りの外観は、雑居ビルの多いこの周辺ではひときわ目立つ。

「あくあちゃんも、ああなるのかなあ。」

 上映作品のポスターの並びを見ながらシオンが言う。目線の先はYoutuberのコメディ映画。今の時代ならではってやつか。今更だけど、ついついあのことを言ってしまったのは失敗だったかもしれない。

「・・・あれ、誰にも言わないでね。」

「わかってるって。湊あくあアイドル化計画は秘密裏に進行中です!」

 肩をポンと叩いて得意げに笑う。絶対、失敗した・・・。

「いいから入るよ、始まっちゃう。」


 ガラガラのホールの後ろの方の座席に座って、宣伝の映像を見ている。20人も入っていない中で並んで座ると、二人っきりみたいだ。

 日頃顔を合わせる仲で、今、あたしのことを名前で呼ぶのって、シオンだけになってしまったか。横顔を見る。割と気分屋で周りからは悪戯っ子みたいに思われがちだけど、根が真面目で律儀、困った時は真っ先に助けてくれるシオン。

「え、なに?」

 気づいて振り向いた顔はすぐ傍。幼いのか大人びてるのかよくわからない。

「なんでもない。」

 空いてるから小声で話すくらい大丈夫だった。

「もお。今日のあくあちゃんヘンだわ。本編はじまるよ。自分で誘ってきたんだし、お金払ってるんだからちゃんと観てよね、勿体ないじゃん。」

 苦笑いする時の表情が一番好きかも、と思うけど言わない。いかにも今時の子って感じだけど、話す時は相手の目をしっかり見るし、食事中にスマホをいじったりもしないし、ゴミは丁寧に持ち帰ったりとか、普段の連絡もきめ細かい。キッチリした人だなと思ってる。


 上映が始まる。自分で選んで自分で誘ったのに、映画の内容はあまり頭に入ってこない。世界を救うヒーローのアクション映画。こういうのが好きなんだ、あくあちゃんってよくわからない、と言われた。無理もない。実際、内容は何でもよかったんだから。

 昨日は遅くまで起きてたせいで、飛び交う英語と派手なBGMに、徐々に集中力が途切れていく。いつのまにやら、移り変わるスクリーンの映像が、ぼんやりと今日見た夢に重なり始めた。


 歌って、踊ってた。眩しいライトが照らすステージの上で、3Dに装飾された自分が活き活きと動いてる。幻想的なエフェクトに包まれる、まるで現実とは違う、夢の中の自分。リズムが足元から響き、胸の奥で音楽が高鳴る。ステージを駆け抜けると、目の前に広がるのは、無数のペンライトの海。歓声が湧き上がり、コメント欄は流れるように埋め尽くされていく。海外からもたくさん。ライトに照らされる瞬間、恍惚として体は震えた。精一杯声を出し、体を動かす。これは夢だとわかっているのに、心の奥ではこの瞬間が永遠に続けばいいと願いながら、ただ没頭していた。


 プロゲーマーになりたいって漠然と思ってた。ゲームは、人と上手く関われないあたしがずっとすがってきたものだったし、家族以外で初めて褒められたのはオンラインゲームでギルドを組んだ仲間からだったと思う。その思いが、というか幼い憧れが、少しずつ形を変えていったのはいつからだろう。

 高校に入って、コミュ障なあたしは半年経っても友達が出来ず、やがてハブられた。陰湿なイジメではなかったけど、学校は休みがちになった。やることといったらだらだらとネットを見てるか、唯一の趣味で、誰にも負けないと思ってるゲームか。


 あてもなく過ごしていたある日、布団にくるまってYouTubeを見てたら、たまたま兎田ぺこらの配信が目に入った。その時あたしが好きだったゲームを実況してた。画面の中を動き、喋り、リアルタイムでプレイする姿は新鮮だった。

 上手くいっても失敗しても大袈裟なリアクション。まあ、商売だからな。はじめはピンと来なかった。あたしの方が上手いし。でも、毎日のように見るうちに、あたしならこう、いやそれは違う、あ、これは良い・・・心を重ねている自分がいた。張り上げる声、日々格段に上手くなっていくスキル、ボスを倒せずに、寝て起きたら朝までやってたこともしばしば。やるじゃん。諦めない心ってやつ?これには勝てないかも。

 しかもこれって、あたしみたいに部屋に篭もって一人でやってるんだよね。凄くない?


 出来るかな?いや、無理でしょ。配信する人って、話が上手くないと。自分のことをさらけ出す覚悟もいる。人間的な魅力・・・ないない。

 でも、こんなことができたらないいな。素直に思った。それまでは、人よりも上手くなりたい、対戦相手に勝ちたいという、今思うとせまっ苦しい気持ちでやってただけだったから。自分のプレイを見てもらいたいって思ったことは無かったけど、もしかしてこういう形でなら・・・。憧れなのか、もっとシンプルに楽しいのか、とにかく兎田ぺこらの配信は毎日のように見るようになった。ゲームだけじゃない、雑談やコラボも。見れば見るほど惹かれていって、所謂『推し』ってやつに、いつのまにかなってた。

 見る世界も広がった気がした。興味本位からだったけど、やがて他の配信者も見るようになった。キラキラした人ばかりが活躍するテレビとは違う、ここでは良くも悪くも色んな人がいて、好きなことを活き活きとやっている。面白い世界。


 陰キャってやつが顔にまで出てたあたしは、ハブる対象としてはうってつけだったんだろう。配信を見始め、推しが出来てから、少しだけ表情は変わったんだと思う。お母さんにも言われたっけ。その後、学校でそういうことはなくなった。ちゃんと通うようになったけど、高校1年生の終わりになっても、友達は出来ずに独りだったから、ゲームをやっては配信を見る日々というのはあまり変わり映えはしなかったけれど。


 そして2年生になる。最初に隣の席になったシオンと話すようになった。同性にも異性にも結構もてるシオンが、なんであたしと仲良くしてくれたかは未だに謎。特別に趣味が合うってわけじゃない。そういうのって分析するようなことではないのだろうけど。敢えて言うなら帰宅部なことか。放課後にだらだらと喋るのが楽しかった。


 3年生になったらクラスは離れてしまったけど、シオンとの関係は続いた。ひとつ、共通の話題も出来ていた。

「わたしもペコちゃん好きだよ。かっこいいもんね。」

 と言われた時は驚いた。周囲でも配信者やVtuberの話題は、よく出るようになってきてはいたけれども。かっこいい、か・・・。


 ある日、思い切って家に呼んだら、喜んできてくれた。友達の家に行くなんてことは当たり前のことかもしれない。でも、あたしには重大イベントだったし、部屋で話し込んでるうちに興奮してしまっていたのか、自分語りみたいなことをしてしまう。ゲームのこと、アニメのこと、話してるうちに勢いでついつい、Vtuberになりたいかも、とまで言ってしまった・・・。

「へぇ。」

 おかしなことを言ってしまったな、我に返って思った。漠然とした思いがあったのは事実だったけど、ここで言葉になったことに驚いた。

「いや、なりたいというか、まだ何がしたいとかじゃなくてぼんやりしてて・・・。」

 目を逸らしてしまって、あてもなく部屋の中を見渡す。ぺこちゃんをはじめ、ゲームとか歌い手さんとか、アニメのキャラ、配信者のポスターやフィギュアばかり。心の内を覗かれてるみたいで恥ずかしい。

 目を戻すと、シオンはあたしの机をまっすぐ見ていた。お母さんが高校の入学祝いに買ってくれた、散々ゲームをやりこんだ机。

「いいと思うな。」

「え・・・。」

「はじめて話した時、あくあちゃんの声、凄く可愛いと思った。ゲームは超上手いし。負けず嫌いっていうか、こないだ対戦した時思ったよ、こいつ戦闘民族じゃんって。話も、上手じゃないけど、面白いよ、いろんな意味でね。あくあちゃんのVtuber、シオンは見てみたいな。」


 短大までシオンと同じにしたのは、自分なりの理由付けはしてきたものの、やっぱり初めて出来た友達と離れたくなかったんだと思う。そうしないとまた独りだし。正直良い決断ではなかったと思う。シオンも喜んではくれたものの、主体性のないあたしに歯がゆさも感じてのかもしれない。

 それでも、シオンも含めた5人の仲良しグループが出来た。バイトもした。お酒も飲んだ。カラオケも行った。少しだけ、成長はしたと言えるかもしれない。まともになったというか。

 勿論、その間もずっと、ぺこちゃんの配信も見続けた。アイデアとチャレンジにはいつも感心させられた。良いことは一緒に喜べたけど、こっちはこっちでいろんなことがあった。

 発言が炎上して叩かれた時は悔しかったし、同期のメンバーの卒業では一緒に泣いた。どんな時も努めて明るく配信するぺこちゃんには、力をもらい続けてたんだと思う。バイトで失敗して怒られて帰っても、配信を見ると気分が変わった。兎田ぺこら目覚まし時計は、初めての給料で買った。


「あくあちゃん、本当は今日、来たくなかったんじゃないの?」

 春先のぺこちゃんの周年ライブ配信の日のこと。その日、グループでの飲み会と被った。断れなかった。

 あたしは付き合いってやつがわかっていない。考えてみれば、みんなそれぞれ今日は用があるからって、来れない日は来れない。普通のこと。けど、こういうことになれてないあたしは、一回断るとハブられるんじゃないかって恐れてるところがある。仲良くなって日が浅かったというのもあるけど、本来、そういうものではないのに。

「アーカイブで見れるから。」

 って誤魔化したけど、家で配信を見たかった。それ以上訊いてこなかったシオンには心の内が全て見透かされていた筈だ。


 映画は終わったけど、お互い特に感想を言い合うわけでもなかった。休日午後の賑やかな街は正直、苦手だ。少し時間は余裕があるからカフェに入るも、空気は変わらないまま。普段はもっと喋るんだけど。これはあたしに原因がある。

 

「あ、あのさ、シオンは将来、何系目指すの?」

「今聞く、それ?」

 今日はグループで就活の話をする予定。本当はただの食事会の筈だったのに、数日前の深夜にラインのグループで盛り上がってしまって、そういう、将来のことについて話し合うことになってしまったのだ。正直、憂鬱だった。

 無理矢理映画に誘ったのは、時間を取っておいて、事前に何かしら訊いておきたかったから。それでどうなるってわけでもないし、姑息だったなと思う。

「シオンと同じとこに就職、なんて言わないよね?」

 マジマジと見つめてくる。

「まさか・・・。」

 そういうわけじゃないけど、結局何かしらの形で寄り掛かろうという、心持ちがずっとあるのは否めない。

「だってあくあちゃんは・・・。」

「そ、それはいいから。」

 と遮る。ますます気まずい。何か言いたそうに見えた。今は二人きりだけど、それ以上は言わないで、欲しい。


 16:30。電車で渋谷に。スクランブル交差点に立つ。ぺこちゃんの看板が目についた。玩具メーカーとのコラボ案件のようだった。今じゃ配信者のトップどころ。なんでも、世界の女性配信者一位になったんだそうだ。それでも変わることなく、声を張り上げて楽しませてくれる。アリーナでのソロライブも決まったばかりだ。

「渋谷久しぶりだなあ、あくあちゃん来たことある?」

「あるよ渋谷くらい。」

 でも最後に来たのいつだっけ。正直、苦手な街ではある。何で今日に限って、って思ってた。


 ラインが来る。グループのだ。早く店に着いてしまって退屈だ、とか。まだ最寄りちょっと遅れるかも、とか。自分も送らなきゃと思ったけど、今渋谷着いたとこ、あくあちゃんと一緒、とシオンが送ってくれた。いったんスマホをしまう。

 あたしは何を話せばいいのだろう。友達と会うだけなのに不安が強くなっていく。


 信号が青になる。文字通り多種多様な人達が、波のように押し寄せて交差し、流れていく。車のエンジン音やそこら中からあふれる音楽、雑踏の声が混じり合っていた。誰もが、何か目的があって急いでいるように見える。人の波に飲み込まれないよう、あたしはおぼつかない足取り進むのが精一杯。


 不意にシオンが囁くように、しかしこの喧噪の中でもしっかりと聞き取れる声で言った。

「あくあちゃん、ありがとう。あの日。」

「え、何?」

「シオンの猫が死んだ日。夜中にさ、病院で泣いてたらまっすぐ来てくれたじゃん。横にいてくれて本当に助かった。」

 そんなことがあったな、確かに。


 受験勉強も佳境に入った頃。シオンが大事にしていた飼い猫が死んでしまった。夜中の2時。勉強を終えて寝ようとしていたらラインが来てた。来てほしいとは書いてなかったけど、混乱してるのがすぐにわかった。電話して病院の場所を聞いてタクシーで駆けつけた。タクシーなんて呼んだことなかったのに。何をしたわけでもないけど、見たこともない、ただ泣き崩れるシオンの手をずっと握ってたっけ。朝が来るまで。


「あくあちゃんを初めて見たとき、内気でコミュ障だけど、人一倍言いたいこととか、魅せたいこととか、伝えたいことがある人だなって気がしたの。ゲームだけじゃない。それは今でも変わらないよ。誰にだってそういうのはある筈だけど、あくあちゃんの場合は、なんていうか、燃えるような想いっていうか、いざとなったら誰よりも強くなれる人。配信者に向いてると思う。実際あの日そういうことを言ったしね。」

「あ、あれは・・・。」

 何か言い掛けたけど、今は次の言葉が出てこない。シオンが続ける。

「言葉にして出さなきゃいけないことはあると思う。閉じ込めちゃったら、自分が本当に何を求めてるかもわからなくなるから。」


 渡り切ってから、ポケットにしまったスマホがまた通知。ライン。通知は滅多にないからあたしはいちいち開いて確認する。

『あくあちゃんは将来Vtuberになりたいらしいよ!』

 一瞬目の前が真っ白になった。はあ!?やばっ、何いっちゃってんの?と焦って足が止まったけど、よく見たらグループじゃなく、シオンの個人トークだった。次にドッキリ大成功、のスタンプ。こいつ・・・。いつものシオン、に突っ込んでやりたかったけど、黙って先を歩く後ろ姿に今日はどう言ったらいいのかわからない。


 17:00。もくもくと雲が広がってきた夕方。お店は渋谷の中心。オープンから混雑していて煩い。窓際の席で街の喧騒が見える。いつものメンバー5人が集まって、いつものような他愛もない話から始まる。あたしはいつも以上に口を開かない。そわそわして、胸が重苦しい。


 就職について、考えてないわけじゃない。好きなことばかり出来ないことや、バイトをしてきて、苦労や、喜びだって少しはわかるつもり。でも自分の中に答えもないし、今こうしてそわそわしてるのは相も変わらず受け身にしてきたからだ。少しは変わった気でいたけど、全然だったなと思う。


 話は始まる。時代に逆行してデザイナーになりたいとか、こんな世の中だからこそ教師になりたいとか、就活の話は出た。けれど、全員がちゃんと言わなきゃいけないような流れにはならなかった。訊かれはしたけど、平凡な事務職でいいかなあ、なんて胡麻化した。

 やがて先輩から聞いた失敗談とか。そのまま何の変哲もないくだらないことに流れた。男の子の話とか。シオンも適当なことを言っては笑っている。言いたい人が言いたいことをいうだけ、考えてみたら当たり前。少しほっとした。恐れていたふうにはならなかったからだ。

 午後6時30分時、窓に当たる雨音が聞こえた。・・・いや、まてよ。なんだか胸がざわざわする。何を恐れていたんだっけ。白紙状態の就活の進捗を訊かれることか、自分の夢を言わなきゃいけなくなることか、或いはシオンにバラされることか。・・・全部違うな。そして、自分の話はしないで済んだことで安堵する自分も違う。シオンを誘った映画デート同様、中途半端。

 言い出した子が、次どうする?とスマホをいじっている。やっぱり次が、あるよね・・・。焦りが、内側から広がってくるのが自分でもわかる。


「たまにはあくあちゃんに決めてもらおうよ。」

 おもむろにシオンが言う。えっ。みんなにっこりしながらこっちを向く。いいね、そうだね、そうしよう。今日のあくたん大人し過ぎぃ。何が食べたい?あくたんは何がしたい?

 いや、こういうの一番苦手だから、というか・・・。


 今日はこのまま帰りたい。実はとても大切な配信がある。ぺこちゃんじゃない。だからこのことはシオンも知らない。


 雨乃ヒカリ卒業ライブ。


 所謂個人勢Vtuber。通称ヒカリン。チャンネル登録者数3000人。普段の同時接続30人くらい。有り体に言って、売れていない。

『雨の日も風の日も配信する、努力系Vtuber雨乃ヒカリです!』

 あたしがいうのもなんだけど、自己紹介からしてどん臭い。でも彼女は毎日必ず配信する。ぺこちゃんを見だした頃に知った。不登校で、自分のことを話すのが苦手。殻を破りたくて配信を始めた。そんなことを言っていたと思う。確かに口下手だった。ゲームも歌も上手くない。それでも登録して見続けてきたのは、共感があったんだろう。毎日配信してくれること自体が、思い返すと、当時のあたしには救いだった。

 どんどん存在が大きくなっていくぺこちゃんと対照的に、なんとか続けてはいるものの、殻を破れず、マイナーなまま。でも彼女は一日も休むことなく配信してきた。体調を崩した時でも、短い時間でも配信したり動画をあげたりした。


 卒業発表があったのは2週間ほど前だ。同世代なんだと思う。仕事、或いは学業が忙しくなるとか、もしかしたら就活かも。恋愛・・・ぽくはないかな。大手からスカウト、まさかね。でも邪推してもキリがない。『私なりにやり切った』という説明で充分。

 所謂最推しってわけじゃない。いつかこういう日は来るんだろうなというのはあった。


 卒業の日まで毎日配信する雨乃ヒカリ、弱い自分を重ね合わせてくれていた雨乃ヒカリ。30人くらいだった同接は50人くらいにはなっていた。彼女を大事に思い、救われてきた人は、いる。卒業配信はリアタイしたい。どうしても。

 なのに昨日の夜、今日になってからだって、グループラインに行けないって送ろうとしたけど、送信ボタンを押せなかった。

 


「あ、あの、、ごめんね、いや、なんていうか、そうじゃなくてね、あたし、、。」

 言葉がタジタジで、誰とも喋れなかった高校一年生に戻ったみたい。みんな流石にきょとんとしている。

 大きく息を吸い込む。自分のことを伝える。ただそれだけのこと、それだけのことがあたしに出来るか。別に今じゃなくていい、胡麻化せばいいじゃんというもう一人の自分。それはそう、これまでそうやってきた。でも今じゃないんだったら、本当の今っていつ訪れる?いつまでも本音や想いを内に抱えっぱなし。そんなのって、・・・ないでしょ。

「あ、あ、、、あた、、、あてぃし、、。」

 どもってしまって、みんなが吹き出す。あくたん『あてぃし』だって、かわいい。なになに?重大発表?彼氏でも出来たかっ、抜け駆けしやがって。みんな、お酒も入っているからご機嫌だ。

 用事があるから今日は帰らなきゃ、と言いかける。それなら言えそう。でも、なんだか違う。今、言うべきことがもしあるのだとしたら・・・。スクランブル交差点でシオンに言われたことが胸の中で反響してる。


「あたしね、今日は帰らないといけない。雨乃ヒカリの卒業ライブ観たいの。」

 なんとか、言い切る。みんな、猶更呆気にとられる。だよね。

 誰?え、Vtuberか、サロメちゃんとかぺこらみたいな?雨乃、ヒカリ?聞いたことない。卒業って、引退するの?歌とか上手い人?タブレットあるよ、ここでみんなで観ようか?

 そうじゃなくて、そうじゃなくて、なんかごめん。今言いたいのはあたし自身のことなんだ。自分のことを伝えなきゃいけない気がするんだ。逃げることなく、うまくなくとも。

 窓を叩く雨音が強く激しくなっていき、通行人が足早になっていくのが見える。かき消されちゃいけない。胡麻化してちゃダメだ。あたしの中の想いは、アカリンのひた向きさにも確かに後押しされてきた。そうだよね?

 次の言葉を発するまでの数秒が、とてつもなく長く感じた。本当のことって、言うのも言われるのも、怖い。


「将来は、Vtuberになりたい。」

 流石に空気が固まった。ああ言っちゃった。息をするのもやっとでフラフラで、時間が流れるのが遅くなっているみたい。でも、不思議と気まずい感じではなかった。リアクションに困って、言葉を探しているけど、みんな真摯にあたしを見てくれてる。だからこそ・・・全部言わなくちゃ。バラバラでもいいから。

 息を大きく吸う。

「あたしは・・・小さい頃から人と話すのが苦手で、家でゲームばっかりやってきた。それが唯一、誰にも負けたくないものだった。それでね、プロゲーマーになりたいって思ってたんだ。最初それは逃げだったと思う。消去法ってやつ。でもそれはそれで良かったと思う。好きなことだったんだから。

 学校行かずにネットばかり見てた時があって、配信者を見るようになった。いつの間にか、あたしの一部になっていった気がする。人前に出るのは苦手だけど、何か作り込んだりするのは好き。計画したりとか。妄想ってやつかもだけど。それでね、Vtuberになりたいなって、思った。ゲームはもちろん、歌ったり、踊ったり、ええと、いろんなことを喋ったりしてみたい。やりたいことは、いっぱいある。

 正直、配信することを想像しただけでも怖くなっちゃう。でも、そこは自分で乗り越えたい。今日はね、午前中、バイトで貯めたお金で高いゲーミングPC買いに行ってたの。この時期に馬鹿みたい、だよね?ボイトレにも通ってるし、他にも色々とやってる。覚悟は、決めた、つもり。あたしはそうしたかった。そういうことをしたいんだ。それがあたしの、夢なんだ。・・・あはは、何言ってるんだろうね・・・。」

 シオンとも目が合う。高校二年生の初日。ドキドキしながら、初めて話した時と同じ目をしてる。

 女子は所謂スクールカーストってやつに敏感で、相手を見定めようとするのが、新年度は特に目に出てた。あたしだって弱者としてだけど、そうだった筈。でもシオンは違った。上も下も強いも弱いもない、純粋でまっすぐな目。それが今そこにもある。


 その後どうしてたかあまり覚えていない。思ってたこと、言いたいことは吐き出せた、と思う。みんな言葉かけてくれたりしたけど、夢を見てるように気持ちはフワフワ。呆然としてたのかも。虚ろな視界に映るみんなの顔を見て、改まって、なんであたしなんかと仲良くしてくれるんだろって思ったりした。今度聞いてみようかな、笑われるだろうけど。


 卒業ライブのは20時から。そそくさと荷物を纏める。

「ごめんね、また、、遊んでね。」

 なによそれ、どこか行っちゃうみたいな言い方。あくたん、また明日ね。今度からそういうのは先に言ってよ。いってらっしゃい。

 そうやって明るく送り出してくれた。

「行って、、きます。」

 凄くおかしな会話だ。ただの食事会で何言っちゃってたんだろ。あたしらしい独り相撲ってやつだったかもしれない。でもなんか、これで良かった。気持ちをぶちまけて、それを受け止めてもらっただけで合格、だよね。


 外に出るともう夜。土砂降りになってて、お母さんに渡された折りたたみ傘をさす。助かったよ、ありがとう。雷も鳴り出して、若い女の子は悲鳴を上げてたりもする。酔っぱらって転ぶサラリーマン、喧嘩するカップル。人込みは嫌いだけど、こうして見ると面白かったり。その中を縫うようにして、鼻歌を歌いながら家路につく。


「なんでラインくれないの?」

 帰ると、お母さんは口をへの字に結んでいる。確かに、送ると言って送ってない上に既読スルー。それでも晩御飯は作ってくれていた。

「ごめんなさい、後で食べるから。」

 時間がないんだ。

「後でっていつよ?また夜中?冷蔵庫に入れとく?」

「もうちょっとしてから。そのままでいいよ。お母さん、いつもありがとうね。」

 そこまで言って、ふと閃いて階段の途中で振り返る。

「あ、そうそう・・・あたし、アイドルになるから!」

「はっ?」

 呆気に取られるお母さんを残して自分の部屋へ。


 20:00。卒業ライブは当然3Dもないし、質素なもの。普段の配信の歌枠みたいな。でも300人くらいが見てた。自作の楽曲。最近のVtuberの曲に慣れてるから、手作り感が逆に新鮮。頑張って作ったんだろうな、というのは自分も曲作りにチャレンジしてるから、わかる。良い配信になったと思う。

 休憩中に、雨乃ヒカリで検索すると、思ってたより沢山のポストがある。エゴサってこんな感じなのかと新鮮に思う一方、推しの卒業に愕然としてる内容も沢山ある。自分も寂しいけど、心の準備は出来てたし、もらったものは大きい。死んじゃうわけじゃないし。推しというか、一方的な思いであれ、ソウルメイトみたいな感覚だったんだろうな、と今になって思う。

 しかし、最後の挨拶。ヒカリンは意外なことを言う。

「やり切ったというのは噓でした。強がっちゃった。本当はもっと有名になりたかった。リアルでライブもやりたかった。でもできなかった。努力は実らなかったけど、今この瞬間に悔いがないのは本当。どこかで同じ夢を持った人に託したいです。最後まで見届けてくれてありがとう。」


 コメント欄が少しの間止まったけど、決してネガティブな反応ではなかったと思う。正直な想い。これが言葉の力ってやつ?本音をさらけ出したくれたことがなんだか心地良くもあり、空気を吸い込むように受け入れられた。やがて配信は終わる。

 暫くの間、何を考えるでもなく、ただただ余韻に浸っていた。初めて見た時の拙い配信からの様々な出来事、その時々の自分。考えや想いが、繋がっていくのを感じる。独りじゃなかった、お互いにね。そうだよ、今日まで一緒に歩んで来たんだもんね、ヒカリン。ありがとう。心の中で呟いた。


 ベッドに転がって天井を見上げる。長い一日だった。空回りや肩透かしや、・・・それに色んなこと。整理できてない。でもこうやって、いつかどこかに辿り着ければそれで良い筈。言い聞かせるように小さく呟く。


 グループラインを開く。シオンをはじめ、こんなあたしを受け入れてくれたみんなとのやりとりを遡れるだけ遡って眺める。ずっと受け身だった。でも今なら少しだけ。

 勇気を出して『みんな今日はありがとう!これからも仲良くしてよね!』と送る。自分から送るのは初めてかも。これもまた唐突で脈力もなかったかもしれない。でもそれがあたしらしい。シオンにも何か送ろうとしたら、既に『お疲れさま』のスタンプが来ていた。やれやれだぜってところか。『ありがとう』のスタンプだけ返す。


 ベランダに出て空を見上げる。もう雨は止んでいる。星が綺麗だ。今日の天気はよく変わったけど、あたしにとっても激動の日だった。大袈裟?いや、そんなことはない。おかげでやっと一歩だけ、自分の部屋から外に出れた気がした。


 今この瞬間の想い。


 勇気を出して、やりたいことをやる。ゲームの配信とか、歌とか。他にもいっぱい。恥ずかしくたって、上手くいかなくたって、叩かれたって、自分を晒して、悲しんだり躓いてる誰かを救う、ことは出来ないかもしれないけど、寄り添うことなら出来るかもしれない。ぺこちゃんみたいにはなれなくても、夕立から守る折りたたみ傘みたいな存在でいいじゃん。

 あたしはあたしのやりたいことをやる。大手に入れなくて、就活、将来就職しながらでもいい。なること自体が第一の目的じゃないんだから。先のことばかり考えてもしょうがない、とにかくぶつかってみよう。ずっとそう願って来たんだから、これからも願ってみるよ。


 気づくとグループラインに沢山メッセが来てる。どうやらみんな雨乃ヒカリのライブを観ていたらしい。自分が見られてたみたいでハズい。でもやっぱり嬉しい。

『なんかウルッときた。』

『歌上手かったね。』

『名前は?絵は?』

『ファンネームも決めよっか。』

 おいおい。

『早すぎ!』

 って返す。あたしと仲良くしてくれてありがとう。一人途中で帰ってごめんね。白状かもしれないけど、こうやって部屋でこそこそやるのが落ち着くのがあたし。でも少しだけ変わった。いろんな人のおかげで。だからもっと変われるし、誰かを変えられたら最高。


 Vtuberに、あたしは、なる。

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