初恋讃歌
惚れた方が負けな話
どうも、元魔王です。
別の世界で魔王やってたんですが、勇者に倒されたら何故かこちらの世界に魂が飛ばされて普通の人間の女として転生しました。
しかもどうやら貴族らしい、男爵令嬢だが。
ふふふ、これはチャンスだぞ。
馬鹿ガキ共を誑かしてこの国を乗っ取ってやる。
そしていつか魔王として返り咲いてやるからな。
そう思っていた時代が俺にもありました。
「アダリーシア様ぁ♡おはようございますぅ〜♡」
学園の玄関前で、甲高い声を上げながら麗しの君に抱きついた。
あ〜〜〜、今日も良い匂いがする〜〜〜〜〜!
「おはようございます、アデラさん。淑女が全力疾走はしたないですよ。」
彼女はそう言いながら、俺の癖のあるセミロングの黒髪を優しく整えてくれる。
優しい〜〜〜!しゅき〜〜〜〜〜!
美しいストレートの銀髪にパッチリした目に美しい碧眼、そしてメリハリのあるボディの彼女こそ、愛しのアダリーシア・フォン・アーレンベルク公爵令嬢だ。
彼女と出会ったのは貴族学園とやらの入学式から一ヶ月経った頃、同じ施設で生活出来るなんてラッキー!高位貴族を籠絡するぞ〜!と意気込んでいた俺は、案の定俺の行動をよく思わない令嬢達に囲まれていた。
なにやら「身分が云々」言っていたが、正直前世ほどではないが高い魔力と魔術の知識を持った自分からすれば小娘共など怖くもなんともない。
少しビビらせて黙らせてやろうと思った時だった。
「おやめなさい。」
凛とした声が響いた。
俺を囲んでいた令嬢達が一斉に声とは反対の方に並んで頭を下げる。
ツカツカと両脇に侍女と護衛を連れてやって来た彼女に、俺は目が釘付けになった。
「激マブ…!」
「……はい?」
思わず呟いた言葉に、彼女がコテンと首を傾げ答える。えっ、可愛い。
彼女はそんな俺を見つつ頭を下げた令嬢達に「下がりなさい。」と声をかけるが、令嬢達は諦めずに彼女にも食い下がる。
面倒くさいなー、こいつら。と思ったが、護衛の男が剣の鞘に手をかけると令嬢達は慌てて礼をして去っていった。
「あ、あの!ありがとうございました!」
ここはちゃんとせねばとお礼を言うと、彼女は少し目を細めてこう言った。
「ねぇ、貴女も転生者なのでしょう?」
どうやら彼女と彼女に着いていた二人は、俺の知らない世界の日本と言う国から来た転生者らしい。
三人は前世では幼馴染だったそうで、アダリーシア嬢は前世で体が弱く今と同じくらいの年頃で亡くなり、幼い時に自分が転生している事に気付いたのだとか。
侍女のリナと護衛のクルトは少し歳上だが前世では全員同い年の幼馴染だったそうで、二人に関しては前世でも今世でも夫婦なんだとか。
二人にアダリーシア嬢の事をそれとなく聞いたら、とてつもなく熱く語られた。愛されてるね。
そして三人から、この世界が彼女達が前世でゲームとしてプレイしたお話にそっくりだと言う事を教えられた。
俺がヒロインで、アダリーシア嬢が悪役令嬢の一人らしい。
……悪役令嬢って何だ?と思った俺の顔を見て察したのか、アダリーシア嬢はそれについても詳しく教えてくれた。
大体の話を聞いて俺は失笑する。あの高位貴族のボンボン共、ハニトラに簡単に引っかかるので馬鹿だ馬鹿だと思っていたがどうやら攻略対象と言うやつらしい。
俺は気付かぬうちに物語の中のフラグと言うやつを立てて、ストーリー通りに攻略対象達を攻略していた訳だ。
「私は彼の婚約者候補なだけで、彼に愛情などありません。断罪さえ回避出来るのでしたら、貴女に協力いたしますから…。」
そう言いながら俯く彼女を見て、俺は一つの決心をしたのだった……。
「アダリーシア様ぁ♡好き好き♡♡♡」
「はいはい、」
学園の中庭にて、そう言いながら膝に乗った俺の頭を撫でるアダリーシア嬢は女神のようだ。
俺はそんな幸せを堪能しつつ、チラリと横を見るとズンズンとやってくる集団がいた。
来た来た、と思わずニヤリとする。
「アダリーシア!お前は、地位を笠に着せ下位の令嬢を虐げたそうだな!そんなおま」
「やっておりません。」
無作法に目の前に現れ叫びだしたのは、アダリーシア嬢の婚約者候補であるこの国の第二王子率いる攻略対象軍団だった。
それをバッサリと切り捨てるアダリーシア嬢、かっこい〜〜〜!
「なっ!人の話を遮るな!不敬だぞ!?」
顔を真っ赤にして怒る第二王子に、鼻で笑いそうになるのを堪える。
自分はヒロイン、自分はヒロイン。
「王子殿下酷い〜〜〜!いつもアデラに優しくしてくれるアダリーシア様がそんな事するハズないですぅ!」
そう言いつつ嘘泣きをすると、アホ王子達はたじろいだ。チョロ過ぎる。
「ア、アデラ、君は騙されてるんだ。そんな悪女と一緒にいてはいけないよ。さぁ、私の元へおいで。真実の愛で君の目を覚まさせてあげる。」
などと世迷言を言いながら両手を広げるバカ王子に舌を出し、
「嫌です!そもそも、ただの候補で婚約者でもないアダリーシア様にいつも冷たくして意地悪する王子殿下も、それに便乗してアダリーシア様を貶める側近の人達もみんな大ッキライ!」
そう言うと、たったそれだけで攻略対象達は膝から崩れ落ちた。
そんな彼等にアダリーシア嬢は厳しい視線を向けながら冷たく言い放つ。
「貴方様と私の婚約の話は白紙となりました。我がアーレンベルク家は貴方様の派閥からも抜けさせていただきます、今後は家名でお呼びくださいませ。」
そしてアダリーシア嬢は俺に手を伸ばすと、俺はその手を満面の笑みで取り、
「それでは皆様、ゴキゲンヨ〜♡」
と未だ地に膝をついた攻略対象者達に手を振るのだった。
「あー、終わった!アダリーシア嬢、お疲れ様。」
そう言うと、おろしていた髪をポケットから取り出したリボンで無造作に結ぶ。
それを見たアダリーシア嬢は少し眉間に皺を寄せ、
「貸してちょうだい、私がやるわ。」
と言い、結んだ俺の髪を解くと丁寧に結び直してくれるのだった。
や、優しい〜〜〜!好き!
そう思いながら、この生活ともオサラバかと溜息が出る。
結局俺はあの初対面で彼女に惚れ込んでしまい、攻略対象達を誑すのではなく彼女の断罪を回避する事にしたのだった。
だって超美人で儚げで、しかも性格も立場が上の公爵令嬢だからと、ある程度規律を重んじて厳しくしていただけでメチャクチャ良かったし。
元魔王の俺だって庇護欲が掻き立てられるってもんだろ?
その為に攻略対象者達を強制力とやらを駆使して適当に攻略しつつ、自分はアダリーシア様と仲良しですよー!とアピールする為に暇さえあればイチャイチャイチャイチャ一緒にいた。控えめに言って最高だった。
でも、これでゲームのストーリーは終わり。
俺ももう猫被ってヒロインしなくていいし、彼女もゲームのストーリーや断罪に怯えなくていいんだ。
そんな風に思いつつも寂しさを覚えてまた溜息をつく。
「どうしたの?せっかく全て上手くいったのに、溜息ばかりついて。」
俺の髪を結び終わったアダリーシア嬢が顔を覗き込みながら聞いてきた。
「いや、もうこれでアダリーシア嬢と一緒にいられなくなると思ったら寂しくなってさ。」
そう言いながら苦笑いする俺。
俺は、アダリーシア嬢にちゃんと自分が元魔王で男である事を話してある。フェアじゃないからな。
今までだって、彼女に無理させて仲良しの演技をしてもらってたんだ。
だからこれで終わり。
体が女でも、中身がコレじゃこのまま仲良くなってめでたしめでたしとはいかねぇだろ?
初めて惚れた女の為に、魔術に頼らず頑張ったんだ。それに作戦とはいえスキンシップなんかもしたし、良い想い出にさせてもらうよ。
そんな風に自分で自分を納得させていた時だった。
「は……?」
女の子にしては低い声が響いた。
顔を上げると、彼女は感情の抜け落ちたような真顔でこちらを見ている。
「ア、アダリーシア嬢?」
どうかしたのかと心配になり、今度はこちらが顔を覗き込む。
その顔を、凄い力で彼女の両手で挟み込まれた。
「一緒にいられなくなるって何かしら?詳しく教えてちょうだい。」
そう言う彼女は目を見開いて俺の目を凝視していた。美人のガンギマり顔怖い。
「いや、だって俺一応男爵令嬢だしさ。流石にこれだけ身分差があったら、本来つるむべきじゃねぇだろ…?」
そう言いながら気まずくなり目をそらす俺の顔を無理矢理自分の方へ向ける。
「身分?王子達を誑かそうとしていたのに?」
「……っ!そう、だな。」
「私に取り入ったフリをしていたのに?」
「お、おう…。」
「今更距離を置いたところで貴方の評判は戻らなくてよ?」
「…デスネ。」
圧に負け冷や汗をダラダラ流す俺に彼女は顔を更に近づける。
「私の事が好きなクセに?」
「!!?」
思わず真っ直ぐ彼女の目を見る。
彼女は泣きそうな顔をしていた。
「貴方、元魔王なんでしょ?だったらどうにかして身分なんて関係ないようにして、私を奪ってよ。」
「アダリーシア嬢…。」
「シアって呼んで。」
そう言った彼女の瞳から涙が溢れた。
「シア。」
「うん。」
「君が好きだ。」
「私も、好きよ。初めてあの二人以外で私の側にいてくれた……"私"の事をちゃんと見てくれた、守ってくれた貴方が。」
「俺が、また魔王になっても?」
「魔王でも、きっと好きよ。」
「男の体に戻っても?」
「貴方が、良い。」
そう言い抱き着いてきた彼女を、俺は強く抱きしめ返した。
どうやら、俺の野望はまだまだ続くらしい。