心氣顕現の門
――焔木の奥義、“心氣顕現”。
それは、一族の中でも限られた者しか辿り着けない高等術。
自身の内なる氣を凝縮し、実体ある武器へと顕現させる術――
氣の総量、精密な制御力、精神の集中、そのすべてが揃って初めて成功する技。
本来なら、焔木一族の上位技をすべて修得し、何年もの修練を積んだ者にだけ許される境地だった。
「……あのさ。心氣顕現って、普通は“すべての技”を習得した者しか扱えないんじゃないのか?」
海人は疑念を隠さずに問うた。
それに対して、桐生はニヤリと笑う。
「その通りだ。順当にいけばな。この奥義は、強大な氣を“繊細に”扱えなければ暴発する。
だが――お前には、すでにその“資質”がある」
「精密な制御ができないから俺はずっと暴発してたんじゃないのか?」
「いや、それは違う。お前の氣は、量が異常すぎるだけだ。術符も武器も、その器に耐えきれていない。
だが“自分で作り出した武器”なら話は別だ。お前の氣に合わせて顕現できる。制御は……その延長だ」
「……信じられないな」
海人は目を伏せ、過去を振り返る。
これまで何度も、“氣”という存在に裏切られてきた。
その自分に“制御できる可能性”があると言われても、すぐには受け入れがたい。
「……一族の誰も、そんなこと言ってくれなかった」
「無理もない。お前のように“基本すっ飛ばして奥義にしか適性がない”なんて奴、焔木の歴史でも前代未聞だからな」
「……ふざけてるよな」
「それでも――やってみるか?」
桐生の問いに、海人は小さく息を吸い込んだ。
「……あんたは、どうしてこの島に?」
問いを返す海人に、桐生は遠くを見ながら答えた。
「儂はな……氣が足りなかった。技術はあっても、奥義に届く氣がなかった。だから自ら罪をでっち上げ、この島に送られた」
「……どういう意味だ?」
「この島の空気は異質だ。氣が満ちている。魔獣も、植物も、土さえも。ここで食い、戦い、生き続けることで、氣は少しずつ“育つ”んだ。十年かかったがな。
その結果――儂は心氣顕現に辿り着いた」
「……とことん変人だな、あんた」
「かっかっか。だが、儂は後悔しとらん。充実しておる。毎日が“修行”だ」
海人はしばし無言になり――拳を強く握った。
「……頼む。俺に“心氣顕現”を教えてくれ」
「よかろう。だが、教えるといってもやることはひとつ。
氣を圧縮し、己の武器に“形”を与える――それだけだ」
「……それだけ、か」
「簡単そうに聞こえるが……お前の氣を“まとめる”のは、並大抵の集中じゃ無理だぞ。だが見せてやる。
――これが、心氣顕現」
桐生は静かに目を閉じ、両の手に氣を集中させていく。
「心氣顕現――紅蓮剛鬼!」
轟ッ、と空気がうねった。
次の瞬間、桐生の掌から真紅の氣が噴き出し、それが形を成す。
それは一振りの刀だった。血のような赤、鋭く研がれた刃。
気迫が周囲の木々すら押しのけるような圧を持っていた。
「……これが、心氣顕現か……」
「そうだ。これは儂の氣から生まれた刀だ。
ちなみに、顕現した武器には“能力”が宿ることもある」
「能力? あんたのはどんな?」
「それは――秘密だ。
自分の力は、誇示するものじゃない。“見せる”時が来れば見せる、それでいい」
「……確かに。聞いた俺がバカだったな」
「気にするな。さ、やってみろ」
■
海人は深く息を吸い、目を閉じた。
――刀を、イメージする。
長年鍛えてきた、唯一の“相棒”。
その形、重さ、手の中の感触まで、心で描いた。
そして、両手に氣を集中させる――
「……ぐ……う、くっ……!」
空気が震える。
彼の両手から湧き上がった氣は、荒々しく渦を巻き、形を取り始めた。
「おいおい……こりゃ想像以上だな……」
桐生が目を見開く。
その氣の密度、量、そして圧――まるで一つの生き物のようだった。
(この氣……こんな規模、人間に収まるのか……?)
だが――
バシュッ。
光のように集まった氣は、形成の途中で霧散した。
形を留めきれず、弾けるように消えたのだ。
「……ちっ、失敗か」
「惜しかったな。だが――“始まり”としては上出来だ」
海人は返事もせず、再び目を閉じる。
すでに集中は、次の挑戦に向かっていた。
桐生は口元を緩める。
(――やはり、この男……本物かもしれん)
焔のように揺れる少年の氣。
それが、次なる“刀”へと形を持ち始めるのは、そう遠くないはずだった。