焔の檻、その奥へ
――夢を見ていた。
重たい闇の底で、焔木海人は過去を漂っていた。
まだ一族の中にいた頃。子どもだった自分は、生まれながらに“異常なほどの氣”を内に宿していた。
だがその力は、祝福ではなく“呪い”として扱われた。
わずかな感情の揺らぎが氣の波を乱し、術を試せば場が荒れた。
初歩の技すら許されず、ただ“制御不能な爆弾”として避けられ、恐れられた。
父――**焔木厳山**は、黙して厳しい人だった。
まだ幼い自分に、常人の何倍もの稽古を課した。
(お前は、努力で克服しろ)
そう言われるたびに、血を吐くような思いで修練を続けた。
誰よりも木刀を振り、誰よりも術の書に向かい、夜が明けるまで氣をねじ込む日々。
それでも、皆が当たり前のようにできる「術の型」すら、いつまで経っても形にならなかった。
(努力ではどうにもならない壁があることを、あの時初めて知った)
修行場の隅で、一人黙々と鍛錬を続ける自分に、蔑みの視線が突き刺さった。
「またやってるよ、あいつ」
「いい加減、自分が無能だって気づかないのかな」
「でもあの氣、気持ち悪いよね。何かされそうで近寄りたくない」
冷たい笑い声。小声の噂話。時には石を投げられたことさえあった。
(それでも俺は……捨てられたくなかったんだ)
いつか認められると信じていた。
父に、一族に、自分の居場所があると。
だが、それは――遠い夢だった。
■
「お前は幽閉されることが決まった。……以上だ」
父がそう言い放った日のことを、今でも覚えている。
言葉は短く、感情のない声だった。
もう自分に興味がない――そう言われた気がした。
「……そうかい。あんたも俺の味方にはならないんだな」
そう呟いた声に、返事はなかった。
そのまま、ただ背中だけが去っていった。
努力が、すべて無価値に思えた。
誰も必要としてくれない――そう信じ込んでしまうには、十分すぎる現実だった。
幽閉の日。
全身を縄で縛られ、力を封じる術符をびっしりと貼られ、社へ向かった。
人々の視線は、憎しみに染まっていた。
「無能が出しゃばるから……」
「疫病神め……!」
「死んで償え!!」
石が飛び、罵声が浴びせられた。
後ろに、瑞穂と刹那の姿が見えた。
目が合った――と、思った。けれど、瑞穂はそっと視線を逸らした。
その一瞬で、何かが音もなく崩れた。
怒りだけが残った。
社に入った初日、海人は木の幹を何度も殴り続けた。
(いつか見返してやる……)
そう心に決めながらも、胸の奥ではすでに、自分の価値を信じられなくなっていた。
■
「……そんなことも、あったっけな」
どこか乾いたように呟いて、海人はゆっくりと目を開いた。
天井。木造の屋根。
草の匂いと薬草の香りが鼻をかすめる。
(……手当されてる?)
身体に巻かれた包帯が、傷の痛みを柔らかく封じていた。
「ここは……どこだ?」
「やっと目が覚めたか、坊主」
上から聞こえたのは、落ち着いた、渋い声だった。
「ずっと涙を流しておったぞ。嫌な夢でも見てたか?」
視線を巡らせると、焚き火のそばに老人が腰掛けていた。
白髪を後ろで結い、風に晒された顔には年輪と知恵の深さが刻まれている。
「……誰だ、あんた」
「儂は焔木桐生。もっとも、今はただの“焔木家の追放者”さ。かっかっか」
「追放……? ここには、あんたみたいなのが他にも?」
「いやいや、儂がここに来て二十年になるが、人間には一人も会っておらんよ。
だが……あの爆発を見て、つい久しぶりに“人間”を感じたもんでな。拾いにきたってわけだ」
「……二十年?」
あまりに長すぎる年月に、海人は思わず聞き返した。
(この島で、それほどの間、生き続けたのか……?)
「住めば都ってやつさ。ここは戦う相手にも困らんし、退屈はせん。戻る道もあるが……まぁ、儂はここが性に合っとるのよ」
「変人だな……」
「その変人に助けられた坊主が、礼の一つも言わんとは。名は?」
「……焔木海人」
「やはり、同じ一族か。あの爆発――見事だったぞ。お前の中には、とんでもない氣があるな」
海人は顔をしかめて、視線を逸らした。
「……大きいだけで、使いこなせない力だよ。使った本人が死にかけるようなね」
それは、誰よりも自分が一番知っていることだった。
だが、桐生は笑って言った。
「だったら、その力の“使い方”、教えてやろうか?」
「……は?」
「焔木の奥義だ。儂が長年かけて鍛え上げた術――“心氣顕現”。
これをものにすれば、お前の焔は、お前自身の剣にもなる」
海人は黙って、その目を見つめた。
その瞬間、焔の奥底で、失われたはずの“火種”が、小さく灯った気がした。