炎の咎
六年前――
まだ海人が十歳だった頃。
焔木一族の本邸では、次代当主候補である子供たちの“選別の儀”が行われていた。
その日は、当主の娘・焔木瑞穂が初めて表舞台に立つ日だった。
瑞穂は、生真面目で気品があり、幼いながらも周囲から一目置かれる存在だった。
だがその分、彼女を疎ましく思う者も多かった。
特に、長老派の息がかかった少年たちは、瑞穂の“純血でない出自”を理由に、彼女を排除しようと機会をうかがっていた。
その日も、儀の終わった夕暮れ、誰もいない訓練場に呼び出された瑞穂は、四人の少年たちに囲まれていた。
「お前、ちょっと偉そうすぎるんじゃねぇの?」
「お嬢様気取りもほどほどにしろよ」「“混じりもの”のくせに」
「お前さえいなけりゃ、健太兄様が正当に選ばれるのによ」
瑞穂は歯を食いしばりながらも、声を荒げなかった。
焔木の名を持つ者として、威厳を守るという教えを忘れなかったからだ。
だが、彼女が完全に無力だったわけではない。術の素養はすでに十分にあり、一対一なら対処できた。
しかし、相手は四人。しかも全員、術符や木剣を持っていた。
「これで少し大人しくなってもらおうか――!」
その瞬間、瑞穂が反撃の構えに入ろうとした刹那――
「やめろよ。何してんだお前ら」
その声は、どこか間の抜けた響きをしていた。
けれど、確かにその場を止めるだけの力があった。
現れたのは、訓練生の中でも落ちこぼれと呼ばれていた少年、焔木海人だった。
「なんだよ、落ちこぼれが。口出すな」
「関係ないなら帰れよ。こっちは“次期の選別”の話なんだ」
「どうせお前達みたいな下種は選ばれないさ」
海人の言葉に、一瞬空気が止まる。
「何だと――」
次の瞬間、少年の一人が海人に木剣を振りかぶった。
その瞬間――
バチンッ!
空気が裂けた。
風が逆流し、辺りの木々が揺れる。地面がきしむ。
海人の目が、金色に光った。
「やめろって言ってんだろうがあああああああッ!!」
その叫びとともに、周囲の氣が爆ぜた。
術でも符でもない――純粋な“氣の暴走”。
――ドンッ!!
轟音とともに、少年たちは全員吹き飛ばされた。
木剣は折れ、結界石が砕け、火花が辺りを走る。
一人は腕を折り、一人は全身に火傷を負い、もう一人は意識を失っていた。
そして――瑞穂もまた、その衝撃で地面に膝をついていた。
「か、海人……?」
彼の目には、誰も映っていなかった。
ただ、本能のままに“守る”という一点にだけ反応していた。
■
事件の後――
海人はその行動により、一族全体から危険視されることになる。
「未熟な氣とはいえ、術師の範疇を超えている」
「制御不能な力は災厄と変わらぬ」
「今のうちに封じておくべきだ」
彼をかばおうとした師範や瑞穂の声も、長老たちの会議で封殺された。
当主ですら「一族の安寧」の名のもと、海人を社に封じるという決定を下した。
瑞穂は、ただ一人その場で叫んだ。
「彼は……私を、守ろうとしただけです!」
だが、その声は誰にも届かなかった。
それが――六年前。