第40話:健太戦決着
健太の咆哮が響いた瞬間、地を抉るように瘴氣が奔る。
「来るッ!!」
ゼロが再展開したガーディアンスターを前に出し刹那と瑞穂を庇うように構える。
その盾に、健太の黒き腕刃が容赦なく叩きつけられた。
ガギィン!
鉄を裂くような衝撃音。盾がたわみ、ゼロの足元の大地が陥没する。
「っ……重力操作まで混じってる!? こんな出力、通常の氣じゃない!」
瑞穂が叫びながらも印を結び支援術式を即時展開。
地面に五芒星が刻まれ、瞬時に重力を相殺する結界が浮かび上がった。
「ゼロ、いったん引いて! 私が結界で抑える!」
「否。ここは私の持ち場です。主命優先」
ゼロがわずかに首を振ると、その背後を風が駆けた。
「どけ、ゼロ! 次は俺だ!」
海人が奪焔神刀を抜き放ち、全身の氣を刃へと集中する。
「《奪焔連閃》!」
瞬間、火花のような氣が爆ぜ、奪焔神刀が五連の閃光を放った。
それは斬撃ではなく、氣を喰らい、逆流させる吸収と打撃の複合術。
健太の腕刃と交錯する一撃目で氣を吸い、二撃目で反転、三撃目で追撃。四撃目が瘴氣を引き剥がし、五撃目が健太の胸を打ち抜いた!
「――が、ぁあああああッ!!」
健太の口から黒い氣が噴き出し、地を這うように広がっていく。
「……効いてる、でも――」
海人の眉間に汗が滲む。健太の氣は異様な再生速度で戻っていた。
「ちっ……まだ瘴氣の根が生きてる!」
「オレハ……ナニモノニモ……トラワレナイ……!!」
その叫びと共に瘴氣が炸裂。健太の両腕から巨大な氣の刃が顕現する。
双剣のように振るわれるその一閃が空気を裂いた。
「来るぞ――全員、構えろ!!」
桐生が叫ぶや否や、地面を踏み砕いて突撃する健太。その眼には、もはや理性も、言葉もなかった。
――完全なる暴走。
「健太、お前さ……ずっと人を見下して他人を笑ってたな」
健太が振り返る。すでに言葉はない。ただの咆哮のみ。
「俺を落ちこぼれって蔑んで……悦に浸ってた。お前にとっては誰もが下だったんだろ」
海人がゆっくりと剣を下げた。だがその声音は、逆に鋭さを増す。
「でもお前は、その見下してた人間に哀れみの目を向けられてる」
健太の動きが止まる。刹那、瑞穂、ゼロ、そして桐生までもが、その気配の変化に目を見張る。
海人の視線はまっすぐに、健太を射抜いていた。
「……可哀想に奴だ。自分のことを神になっただなんて叫びながら、結局は誰かに用済みにされて、捨てられるだけの操り人形だ」
その言葉に、健太の瘴氣が一瞬だけ揺らいだ。
「お前は、誰にもなれなかった。だからせめて、最後くらい……」
海人が構える。《奪焔神刀》の刃が焔のように揺れた。
「焔木健太として、俺の手で終わらせてやる」
刹那が息を呑み、瑞穂が目を伏せる。
そして――
「……チリとなって消えろ。これは、情けだ」
次の瞬間、海人の氣が爆発的に高まる。《焔木流・一閃》。
一点に集約した、海人の全力の斬撃。
「斬ッ!!」
黒と朱の閃光が走り、健太の身体が弾けるように宙を舞った。
その身体が地に落ちる頃には、瘴氣の翼も、異形の腕も、すべての禍々しさが剥がれ落ちていた。
もはや動かないその姿に、海人は静かに近づく。
「……健太」
最後に目を閉じ、海人はただ一言。
「じゃあな」
吹いた風が、地に残った瘴氣の灰を空へと攫っていく。
その姿を見つめる者たちの胸にも、もう言葉はなかった。
辺りに、静寂が訪れた。
瘴氣の残滓は、風に溶けるように空へ舞い、ただの灰と化していく。
刹那が、震える手で剣を収める。
瑞穂は、結界を維持していた五芒星をそっと消し膝をついた。
「……終わった、の……?」
ゼロは盾を下ろした。表情はないが、その姿には確かな疲労と安堵がにじんでいた。
桐生が健太の亡骸に歩み寄る。
その表情には怒りも悲しみもなく、ただ深い業を見つめる者の覚悟があった。
「……あの力、外”繋がっていたな。瘴氣だけじゃない、契約式の痕跡が残ってる。内部の犯行で間違いない」
瑞穂が顔を上げる。
「――やっぱり、健太は操られていたのね」
「本人の意思を超えた力だったとしても、被害は出た。だが……これは、災厄の序章だ」
桐生がそう言った時、風の中に、わずかな氣の乱れが走った。
海人が即座に振り返る。
「……誰か、見てたか?」
ゼロが首を横に振る。
「氣配は、ほとんど掴めません。けれど……何かが、こちらを見ていたような気配は感じました」
瑞穂が唇を噛む。
「やっぱり……焔木家の内部に協力者がいる」
刹那はその言葉に目を伏せ、拳を握り締める。
「私たちの中に……健太を、あんな風にした奴が……」
重い沈黙が落ちる中で、海人が口を開いた。
「だったら、俺たちで終わらせるしかない。誰が相手だろうが潰すまでだ」
その言葉に、瑞穂がゆっくりと頷いた。
「……うん。この流れを断ち切る」
刹那もまた、強く頷いた。
「もう、誰も傷つけさせない」
海人は最後に、倒れた健太の前に立ち、深く頭を下げた。
「正直、お前の事は好きじゃなかったが仇は討ってやるよ。さよならだ」
その祈りにも似た言葉に、風が静かに答えるように吹いた。




