第35話:高校は敵だらけ
静かなざわめきの中、教室の扉が開いた。
「転入生を紹介する。焔木海人だ。特殊な経歴を持っているが、実力は折り紙付きだ。……特に、問題を起こさなければな」
教師の含みのある言葉に、教室内に微かな緊張が走る。
海人は無言のまま一歩踏み出し、黒の制服に身を包んで前へ出た。
その顔に表情はなく、淡々とした視線を教室全体に向ける。
「焔木海人です。よろしく」
簡単な挨拶を済ませると……すぐに気づく。
このクラスの異質さに。
(……焔木家の氣配が多すぎる)
教室の半数以上は、焔木の分家に連なる者たち。
一族の名を誇りとし、血筋を重んじる者たちの集まり。
その視線が、異端者としての海人に突き刺さる。
「……海人、こっち」
教室の中央やや後ろ、刹那が手を挙げて席を指し示していた。
その隣には、瑞穂が既に座っている。瑞穂は静かに教科書をめくっていたが、周囲の空気に微かな警戒を滲ませていた。
(あいつら……海人を敵として見るつもりだよ)
刹那が目だけで警告を送る。
余計な刺激は与えるなという合図。
海人は無言で頷き、そのまま席へと歩いた。
……その途中、わざとらしい咳払いや、小さく舌打ちが耳に届く。
「また本家の問題児かよ……」
「なんであんな奴が、ここに……」
(……相変わらず、歓迎ムードじゃねぇな)
心の中で皮肉を吐きながら、海人は椅子に腰を下ろした。
斜め前では、分家筋の少年があからさまに警戒の目を向けてくる。
授業の鐘が鳴り始めた。
瑞穂が、ノートを開いたまま小さく囁く。
「……何かあったら、止めますから」
刹那も肩越しにふっと笑って言った。
「暴れるのは、昼休みまで我慢しなさいよ?」
「そもそも暴れねぇよ」
海人はため息をついた。
(……まあ、しばらくは見られることに慣れるしかねぇか)
だが、この教室にいる生徒たちの何人かは、確かに――
本気で自分を排除する気で見ている目をしていた。
チャイムが鳴り、昼休みを告げる鐘の音が廊下へと響いていく。
教室に弁当の香りと喧騒が広がる中――
一部の生徒たちだけが、異様な沈黙を保っていた。
「なあ、焔木海人」
そう声をかけてきたのは、前列の窓際に陣取っていた数人の男子。
その中心に立つのは、焔木宗家に連なる別筋――焔木 迅。
端整な顔立ちに鋭い目。
瑞穂とは遠縁にあたるが、徹底した保守思想の持ち主として知られていた。
「まさか本当に来るとはな。焔木の恥さらしが、学び舎で何を学ぶつもりだ?」
周囲の空気が凍る。
牽制、侮蔑、挑発――全てを一言に込めた悪意。
だが海人は、弁当の包みを開けながら、顔ひとつ動かさなかった。
「……悪いな。話しかけられるほど親しい覚えはないんだが」
「フン……口だけは達者か」
迅が机をバンと叩く。
「言っとくがな、ここは焔木の中でも選ばれた者だけが通う場所だ。
落ちこぼれや、裏切り者の座る席なんて、ねぇんだよ」
その瞬間、瑞穂が椅子を引いた――が、海人が右手で止める。
席を立たず、ただ言葉を返す。
「へぇ……それ、お前が決めたのか?」
「何?」
「選ばれた者だけが通える……って言ってたけど、
その選びをしたのは誰だ? 教師か? 本家か? それとも――お前か?」
迅の眉がピクリと動いた。
海人はゆっくりと立ち上がる。
その動きだけで、教室内の氣が微かに震えた。
「なあ、焔木の選民さんよ」
海人の声は静かだったが、どこか冷たさを帯びていた。
「自分が正統だと思ってるなら、わざわざ他人を踏みにじる必要はねぇだろ?
お前の自信ってのは、誰かを見下さなきゃ保てない程度のもんか?」
迅が言葉に詰まる。
その後ろの取り巻きたちも顔を見合わせて動けない。
海人は、再び机に腰を下ろし、箸を取り上げた。
「俺は……誰にどう思われようとどうでもいい。
ただ――邪魔するなら燃やすだけだ」
その瞬間、教室の空気が一変した。
誰も言葉を返せなかった。
刹那が呆れたように笑い、瑞穂が微かに目を細める。
(……言葉で、圧倒した)
迅は唇を噛んだまま、何も言えず席に戻っていった。




