第30話:力を奪われた者
《評議の間》。
焔木家の当主・宗真と長老が揃う場に重い空気が満ちていた。
机の上には、緊急報告書が置かれている。
――「健太隊全滅。全員、氣を消失」――
一人の長老が震える声で言った。
「……これは、もはや“敵対行為”ではないのか?」
「あえて殺さず力だけを奪った……我々への明確な警告だよ」
宗真は、黙して耳を傾けていた。
冷静な面持ちのまま目を伏せ、静かに口を開く。
「――抑え込めると思っていたのか?」
その一言に、長老の一人が声を荒げる。
「宗真様、それは……! あの男は、かつて氣を制御できず暴走しかけた欠陥者だ! 放置すれば、いつか家そのものを――」
「だから封じた。六年もの間だ、だが今の彼は力を制御して恐るべき力を会得した」
宗真は顔を上げる。
その目に宿るのは静かな諦観。
「ならばもう、焔木の秩序は彼には届かない。
――いや、我々の方が、彼に試されているのだ」
部屋が、凍りついたように静かになる。
「……討つべきでは?」
一人がぽつりと口にする。
だが宗真は、かぶりを振った。
「それを口にした者から、次に“氣”を奪われるだろうな」
宗真の言葉に、場が凍りつく。
一瞬、誰もが息を呑み、互いの顔色を窺うように視線を動かした。
軽々に発言すれば、次は自分かもしれない。
その予感が、空気を縛り上げていた。
長老の一人、威圧的な声を持つ老戦士が、声を潜めながら口を開く。
「……宗真様はあの男をどうするおつもりか?」
「今は観察する」
宗真は、立ち上がりながら言った。
「動かせる駒として使う道もある」
すると、別の長老が反論を口にする。
「ならば、あれを味方とするおつもりか? ならば、我々の立場は……!」
「そのための“依頼制度”だ。海人は自ら一族を離れた。
彼を正式に一族の兵と認めない限り、我々はあくまで外部への依頼者に過ぎん」
「それでは一族の誇りが――!」
その声に、宗真は鋭く目を光らせた。
「誇りか? それを言うなら、あの健太たちは誇りを持って挑んだ。その結果破れた。誇りは守るものではなく、失えば痛みと共に教訓となるものだ」
誰も宗真に言い返せなかった。
宗真は天井の窓から差し込む光を背にして言った。
「焔木海人という存在は、もはや一族の枠に収まらない。
ならば我々は、彼を認めた上で――その力が、どこに向かうのかを見極めなければならん」
その言葉に、保守派の顔がひとつ、またひとつと歪む。
「……監視対象、という意味ですか?」
「そうだ。そして――その目を逸らした者から、喰われる」
宗真の声が低く響く。
焔木本家。その中枢に、亀裂のような沈黙が広がっていた。
本家の療養棟の一室。
ベッドに横たわる焔木健太は、虚ろな瞳で天井を見つめていた。
「立てないのか?」
問うたのは、見舞いに来た同僚の若者。
だが健太は何も答えない。
手を動かすことも、氣を練ることもできない。
「……何も、感じない。
氣が……内側から、抜かれてる」
健太の声は、まるで老いた男のそれのようだった。
「“修練すれば戻る”……か。これまでの努力はすべて無になった」
部屋の隅、同じく氣を奪われた戦士たちが静かに座っている。
鍛え上げた体、刃を振るう技術はあっても、今の彼らは“力”を持たない。
彼らはもう、焔木の“戦士”ではない。
ただの“過去に強かった者”に過ぎない。
それが、どれだけ屈辱か――
言葉にするまでもなかった。
「……俺たちは、あいつを落ちこぼれと呼んで見下してた。
でも今、俺たちは――存在ごと落とされた側だ」
その呟きは、誰にも届かない。
ただ、薄暗い部屋に残酷な静けさだけが漂っていた。




