第28話:久々の幽閉地
焔木家の裏庭――
冷えた石畳に夕陽が差し込み、静かな影を落としていた。
瑞穂の声が、静寂を破る。
「本当に、あの場所に戻るつもりですか?」
海人は立ち止まり、振り返らないまま答えた。
「……ああ。ここより、あそこが落ち着く」
その返答に、瑞穂は眉をひそめた。
「教えてほしいの。あなたが戻る理由を。
あれほどの力を示した今、あなたを救おうとした者たちが――もう、見て見ぬふり などできるはずがないでしょう?」
数歩後ろから、刹那が腕を組んで言い放った。
「勘違いしないで。あたしは、別にアンタの帰りを待ってたわけじゃないから。
瑞穂があんたをどう思おうと、あたしは焔木の戦士として、当然のことをしただけ」
海人は、わずかに肩を揺らした。
「それでいいよ、刹那。俺も、誰かに感謝されるために戻ったわけじゃない」
そう言って、ようやく二人のほうを向く。
その眼差しには、冷ややかな熱が宿っていた。
「――俺は、もう一族には属さない。
呼ばれたから来た。助けが必要なら手を貸す。それだけだ。
だから、これからも何か“依頼”があるなら、正式に届けてくれ」
瑞穂は、表情を硬くしたまま答えた。
「……あなたは、自分の存在を便利屋にでもしたいの?」
「そう思うならそれでいいさ」
刹那が、苛立ちを押し殺すように言い返す。
「……アンタさ、自分がどれだけのもんか知ってる?
もう昔の落ちこぼれじゃない、今のアンタは……脅威なのよ」
海人は黙って聞いていたが、やがて静かに言った。
「だったら、うまく使え。
俺が“焔木”の枠から外れたことで、できることもあるはずだろ」
瑞穂は一歩、海人へとにじり寄り、その声をわずかに強めた。
「……わかっているの? あの場所に戻れば、あなたの動きを快く思わない者たちも現れるわ。 あなたを再び葬ろうとする人間が、出てくるかもしれないのよ」
だが、海人はわずかに口元を歪めて、低く笑った。
「それがどうした。望むところだよ」
「……!」
「俺は、閉じ込められていたあの場所で、何も持たずに生きてきた。
今さら何を失おうが、痛くも痒くもない。
それに……“俺を殺そうとする奴”がいるなら、むしろ都合がいい。
そいつらごと、過去を断ち切れる」
瑞穂の目が揺れる。その冷たいまでに静かな覚悟に、言葉を失った。
「……戻ってきたか」
海人は森の中にある鳥居を通りかつての幽閉場所中へと足を踏み入れる。
そこは、六年もの時間を過ごした、憎しみと孤独の記憶がこびりついた地。
だが今の彼の足取りに、迷いはなかった。
「清掃が必要ですね。……と言っても、住環境としての整備は論外ですが」
ゼロがすでに家を検査しながら、ぶつぶつと文句を並べていた。
「……ここを“居住区”と認識してよろしいのでしょうか。
掃除どころか、基礎から作り直すべきです」
ゼロは岩室の隅にしゃがみ込み、指先で石壁のひび割れをなぞりながら、眉一つ動かさず毒を吐く。
「湿度は高すぎ、結界痕は劣化し、害虫の痕跡まで――
主の美意識が崩壊していないか心配になります」
「……贅沢言うな。住めるだけマシだろ」
海人が苦笑混じりに返すと、ゼロは無言でホウキ代わりの符を起動し始めた。
「了解しました。最低限の人権は確保します」
その背後で、桐生が洞窟の外からひょいと顔を出した。
「人権の定義がだいぶ機械寄りだな……。
だがまあ、ここを本拠にするなら、最低限の安全確保はしておこう」
空気の震えが収まると同時に、桐生の表情がわずかに変わった。
彼は静かに立ち上がり、入り口へと目を向ける。
「……やれやれ。さっそくお出ましか」
「何が来る?」
海人が問うと、桐生は笑みを浮かべながら答える。
「焔木の奴らさ。
わざわざ仕返しにでも来たのかね?
まあ、予想より少し早いが――歓迎してやる」
ゼロの瞳が僅かに明滅し、氣探知の演算を開始する。
「距離およそ一キロ未満。人数は十。気配は統制されておらず、烏合の集といった感じですね」
「……俺たちの力が、まだわかってないようだからな」
風が止まり、空気が一変する。
その言葉は、まるでこの場全体の氣の流れを掌握したかのような重みを帯びていた。
「なら――わからせてやるまでだ」
ゼロが即座に補足する。
「主。接近まで1分。交戦準備完了。殺しますか?」
「“殺す”とは言ってない。
ただ――力の差ってやつを、骨の髄まで教えてやるだけだ」




