第26話:海人の実力
円形の演武場。周囲は外界から完全に遮断され
結界が張り巡らされている。
そこに、捕獲され封印状態から目覚めさせられた、一体の魔獣がいた。
全身を黒鉄の鱗に覆われた獣で、巨大な角を持つ。
通常は4~5人の戦士で制圧する中級クラスの魔獣。
だが、今回は“1対1”。
他の若手は観戦席に、当主・宗真と長老たちも上階からその様子を見守っていた。
そして――海人が、静かに闘技場へと歩み出る。
「本当に1人でやる気か? 」
「そのようだな。あの魔獣に一人で勝てるなら実力は本物だが」
「健太を倒したって話もあるが……魔獣相手じゃ話が違うぞ?」
周囲のざわめきを背に、海人は誰にも応えず、魔獣の前に立つ。
魔獣が咆哮を上げた瞬間、床石が震えた。
周囲の結界が微かに軋む音すら聞こえる。
「……よし」
海人は深く息を吸い込み、右手に力を込めた。
その手には、紅く燃えるような氣が集束する。
「心氣顕現――《奪焔神刀》」
刃が現れた瞬間、空気が一変する。
周囲に熱が広がり、まるで空間ごと“燃え始めた”ような錯覚。
「なっ……結界の中なのに、氣が外に漏れて……!」
「この圧、信じられない……本当にあれが、あの“海人”か?」
魔獣が咆哮し、突進する。
その速度は弾丸の如く、重さは鋼鉄の塊。
だが――海人は、一歩も動かず、刀を斜めに構えたまま言った。
「――燃えろ」
その瞬間。
刀から走った一閃が、魔獣の全身を紅蓮の氣で貫いた。
刃ではない、“焔そのもの”が空を割く。
「焔木流――《炎閃》」
轟音とともに魔獣の巨体が地を滑り、焼け焦げ、結界の壁際で倒れ伏した。
静寂。
次の瞬間、魔獣の体から立ち上る煙と共に、海人の全身に流れ込む“氣”。
彼の氣が、一段と鋭さを増したことが誰の目にも明らかだった。
「……倒した、のか?」
「一撃で……?」
宗真の隣で黙っていた重鎮が、声を漏らす。
「――炎を操り、氣を奪い、己の力に変える。まさに“奪焔”の名にふさわしい」
海人はゆっくりと振り返り、上階の宗真と目を合わせた。
「どうだ? これが、“今の俺”だ」
宗真は無言のまま立ち上がり、静かに言った。
「――焔木海人。お前の力、確かに見届けた」
一拍の遅れで、他の者たちがが一斉にどよめきだした。
「……見事だ」
「信じられん……あれほどの魔獣を、たった一撃で……!」
若手の一部は口を開けたまま、ただ海人の背中を見つめていた。
彼の紅蓮の氣はなおも場を満たし、熱を帯びた空気すら“圧”と化していた。
だがその称賛の渦の中、重鎮の一人が低く唸った。
「……妙だな。あの技、本当に“本人の力”なのか?」
その一言が火種となった。
「そうだ、術式の補助なしであの氣圧はありえん。何か細工をしていた可能性がある!」
「そもそも奴は正式な焔木の技を学んでいない」
「3ヵ月やそこらでここまでの氣を出すなど普通ではないわ!」
「結界内に術干渉の痕跡がないか、至急確認を!」
反海人派の長老たちが一斉に声を荒げ始めた。
称賛が一転、空気は再び騒然となる。
「貴様ら、まさか今のを見て不正を疑うつもりか?」
そう怒声を飛ばしたのは、若手重鎮の一人。
彼は拳を握りながら反論した。
「これは“焔木家の者”が見守る正式な場だ。正面からの力を、真っ向から否定するなど――それこそ侮辱だ!」
「黙れ。あれは“焔木海人”だぞ。六年前に幽閉された異端者が、異形を連れて戻ってきた! そのまま信じろというのか!」
結界術師が慌てて結界の状態を確認し始める。
だが、その術者が口を開いた。
「干渉の痕跡――ありません。あの力は、確かに“本人の氣”です」
場が、一瞬静まる。
宗真はその様子をすべて見届けたうえで、静かに口を開いた。
「――力を疑う者がいることも想定のうちだ。だが彼の力を肯定する者もいる、それがここで示された」
そして視線を海人に向ける。
「焔木海人。お前の力は、ここに認められた」
当主の言葉には圧倒的な“重み”があった。
それは、海人という存在が認められたことを意味していう。
宗真は、最後にこう締めくくった。
「――この者が歩む先を、止めたいのならば。“力”で示せ。それが、焔木の理だ」
誰も、言葉を返せなかった。
海人はもう興味もないらしく、周囲の騒ぎには一切目もくれずに踵を返した。
「くだらない。称賛も疑念も――全部、どうでもいい」
淡々と呟き、演武場の外へと歩き出す。
背中には、一族の重鎮たちの視線、若手たちの驚愕、そして警戒が突き刺さっていた。




