父親との再会
海人は、ゼロと桐生を伴って当主との正式な面談に向かう途中だった。
案内の者の言葉も上の空で、心は静かに燃えている。
“焔木”のすべてと、ようやく対峙するその時。だが、その直前――
「……久しいな、海人」
その声に、海人の足がぴたりと止まった。
低く、落ち着いた声。しかし、かつて何度も背中越しに聞いたその声を、彼は忘れていなかった。
ゆっくりと振り返ると、そこには一人の男が立っていた。
威厳ある姿、灰混じりの黒髪。
焔木宗家の重鎮にして、かつて当主補佐を務めた男――
焔木厳山。
海人の実の父だった。
「……何か用でしょうか厳山殿?」
「この場では“父”とは呼ばないのか」
「血は繋がっているが、それだけだ。……他に何か用か?」
海人の声には怒りも憎しみもなかった。ただ、凍えるほど冷たい。
厳山は目を細め、苦笑を浮かべる。
「お前が生きて帰ったと聞いて……私は耳を疑ったよ。まさか、あの地獄の島で力を得て戻ってくるとは」
「望んで幽閉したのは、あんたもだろう。俺に期待なんてしてなかったんじゃないのか?」
厳山の目がわずかに揺れた。
「……あの時、私にはどうすることもできなかった。だが、今は違う」
「何が違う?」
海人の口元が歪んだ。
怒気ではなく、呆れと失望だった。
「結局、あんたも“焔木”を選んだだけだろ。俺じゃなく、この家を守ることを選んだ」
「それが私の役目だった。だが、お前には、そんな枷はもうない」
「……なら余計な口出しするな。今さら“父親ヅラ”するつもりなら、笑えない冗談だ」
ゼロと桐生は、一歩後ろで黙ってそのやり取りを見守っていた。
空気が張り詰め、まるで一触即発のような重圧が廊下を満たす。
厳山は一歩前に出た。だが、すぐに止まり、静かに言った。
「……今から当主と話すのだろう。なら覚えておけ。焔木一族は、“力”を持った者を恐れ、そして――利用しようとする」
「知ってる。だから、利用される前にこっちが使う。それだけの話だ」
「……お前が何を選ぼうと構わない。ただ、私は……それでも、父として――」
「黙れ」
海人ははっきりとした声で言った。
「父を名乗るなら、“俺を護らなかった”あの時、言うべきだった。今さら言葉を並べるだけなら、もう何も聞く気はない」
厳山の肩が、わずかに沈んだ。
「……そうか」
それだけを呟くと、彼は静かに背を向けて歩き去っていった。
その背を、海人は一度も振り返ることなく見送った。
ゼロがぽつりと漏らす。
「……あれが、マスターの父親」
桐生は目を細めた。
「アイツ、内心じゃボロボロだったな……“親”ってのも、楽じゃねぇ」
「……行くぞ。今さら何を言われても、俺の歩く道は変わらない」
海人は静かに歩を進めた。
向かう先――焔木宗真とその一族との、因縁の対面が待っている。




