焔木本部での波紋
海人の帰還――それは本家にとって“事件”だった。
内部では重鎮たちの間で激しい議論が交わされていた。
「まさか、本当に生きて戻るとはな……」
「それも、あの“罪人”桐生と、得体の知れぬ女を連れて……!」
「封印から解かれた異形の存在を、堂々と連れてくるなど――もはや異端者だ!」
「黙れ! あの男は“心氣顕現”を会得しているのだぞ!我々一族にとって貴重な戦力だ!」
「貴重?それは“制御できる”前提の話だ! 奴が今後一族の枠を超えて動き出せば、ただの災いだ!」
評議の場は、完全に意見が割れていた。
海人の力に期待を寄せる一派と、脅威と見なす強硬派――その対立は日に日に増していた。
当主・焔木宗真は、重厚な机に向かいながら報告書に目を通していた。
筆を止め、深くため息をつく。
「……やはり騒ぎになったか。予想以上に大きいな」
傍らには、密かに宗真を補佐する参謀が控えている。
「当然でしょう。六年の幽閉から解放され、しかも夢幻島で“心氣顕現”を手にした男です。重鎮たちが黙っていられるはずもありません」
「……問題は、あいつが今、我らにとって“剣”か“災厄”かということだ」
「剣として扱うには、余りにも制御不能。災厄として排除するには、惜しすぎる才です」
宗真は静かに目を閉じる。
「……どちらに転ぶかは、あいつ次第だ。だが、こちらも覚悟はしておかねばなるまい」
焔木家の中でも、若手の間でざわつきが広がっていた。
「マジであの海人が帰ってきたのか?」
「信じられねぇ……幽閉されて、島に送られたって噂だったのに」
「しかも、力をつけて戻ったって話だ。あの健太ですらボロボロにされたとか」
「これで俺たちの序列も変わるかもな……」
一部は海人に希望を見出していたが、多くは警戒と不安を抱えていた。
特に、これまで“上”にいた若者たちは、序列が崩れることを恐れ始めていた。
瑞穂は、本家の重圧と海人をめぐる空気の中で、ただ一人、静かに悩んでいた。
(帰ってきてくれた。それだけで十分だと思っていたのに……)
彼の存在が、これほど大きな波紋を広げるとは予想していなかった。
(私が彼を護衛に選んだことが、今……家を揺るがしている)
刹那がそっと肩に手を置く。
「瑞穂。あんたが選んだなら、私は信じるよ。後は、本人がどう動くか」
(……そう、すべては“海人がどんな刃になるか”)