瑞穂と刹那の想い
刹那は、船首に立つ海人の背中を黙って見つめていた。
彼はずっと無言のまま、何かを思案している様子だった。
その沈黙の奥にあるもの――憎しみなのか、諦めなのか、あるいは…興味すらないのか。
彼の心は、刹那にもまだ読めなかった。
(……私のこと、どう思ってるんだろう)
今後、護衛として常に彼の近くにいることになる。
だからこそ、刹那は一度きちんと向き合って話したいと思っていた。
「……はぁ」
瑞穂のため息に、刹那がちらりと目を向ける。
「なに、瑞穂。話しかけたいなら、引きずってでも連れて来ようか?」
「……ううん。今はそっとしておくわ。これから話す機会は、いくらでもあるでしょうから」
そう言いつつも、本音では今すぐにでも声をかけたかった。
けれど――拒絶されるのが怖かった。
彼を夢幻島に送る提案をしたのは、自由を与えるためだったはずだ。
けれどあの時、海人にどう思われたか、怖くて考えるのも避けていた。
「……ほんと、私ってダメね。弱点だらけだわ」
「何言ってんの。私は、焔木を導くのは瑞穂しかいないと思ってるよ。だから、そばにいるし、支えたいって思ってる。……ま、海人がどう思ってるかは知らないけど」
刹那もまた、内心では迷っていた。
夢幻島で生き残ったら、自分が鍛え上げよう――そんな気持ちもあった。
だが今の海人は、得体が知れない。
無気力だった面影は消え、氣の流れすら滑らかに整っている。
どこまで強くなっているのか、もはや想像もつかなかった。
「……まさか、当主の前で暴れたりしないよね?」
「……それは、ないと信じたいですが……今の彼、何をしでかすか分かりません。事前に釘は刺しておきましょう」
当主とは海人も面識がある。
彼の父が、当主の側近の一人だったからだ。
それなりに目をかけられていた記憶もあるはずだが、問題は周囲――そして当の父親に対して、今の海人がどう思っているのか。
六年もの幽閉の時間は、あまりに長かった。
「……当主と会う前に、一度ちゃんと話をしなきゃね。聞きたいことが山ほどあるし」
「うん。あの二人のこともね。……特にあの爺さん、桐生って人。罪人だったんでしょ?」
「そうみたいね。詳しくは知らないけど、単独で島流しにされるくらいだから、それなりの罪を背負っていたんでしょうね。……でも、二十年も生き延びてたなんて、今ではもう死人扱いされてるはずよ」
「じゃあ、あのメイドの方は? ずっと海人にくっついてるけど」
「……彼女は、正直わからないわ。得体が知れない。どう思う?」
「私も……なんか強そうな氣は感じるけど、読みづらいし……危険かも。とにかく不気味」
海人のことも心配ではあるが、あの二人の存在はさらに厄介かもしれない。
なにより――あのメイド、ゼロという女。
海人と距離が近すぎる気がしてならなかった。
(……一体、どんな関係なのか)
「本当に、聞きたいことは山ほどあるわ……ええ、ほんとに」
「……あのさ、瑞穂。ちょっと顔、怖くなってるよ……?」
「……気のせいよ。気のせい」
それでも、どんな答えが返ってくるにせよ。
海人と向き合う時間は、もうすぐやってくる。
――焔木家を巡る未来は、まだ始まったばかりだ。




