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解放への絶望的な条件

「……死地だと? どういうことだ?」


海人は眉をひそめ、正面の瑞穂をじっと見た。その目は薄く疲弊しているが、どこかでわずかに揺れていた。


「“夢幻島”にあなたを送り込みます。期間は――三ヶ月」


瑞穂の声は冷静だったが、言葉に込められた意味はあまりに過酷だった。


「三ヶ月、生き延びれば、あなたは一族に“力ある者”として認められ、正式に自由を与えられます」


「……なるほど。それで“死地”ってわけか。処刑と何が違う?」


海人は乾いた笑みを浮かべたが、その裏にある虚無感は隠せなかった。


夢幻島――焔木一族が代々管理してきた“封印の島”。

凶悪な魔獣たちが巣食うその島は、強力な結界によって外界と隔てられているが、時折その結界が破れ、魔獣が流れ出す。


そのたびに一族の者たちは島に渡り、命を懸けて魔獣を討ち果たしてきた。だが、剣も術もロクに使えない今の自分が――そこで三ヶ月も生き延びる?

不可能だ。三日すら怪しい。


「そんなに俺を殺したいのかよ……クソどもが」


海人が低くつぶやくと、瑞穂は俯いて言った。


「……申し訳ありません。他の案も提案しましたが、却下されました。一族には、あなたを疎む者があまりに多いのです」


「そりゃそうだろうよ。当主の娘ってだけの“小娘”に、決定権があるわけねぇしな」


「アンタねぇ!? いい加減その口の利き方やめたら!?」


刹那が声を荒げて踏み出そうとするのを、瑞穂が手で制した。


だがその刹那の怒りを遮るように、海人がボソリとつぶやいた。


「……いいよ。行くよ、夢幻島に」


「……え?」


「え、えっ!? あんた本気!?」


「……死に場所としては悪くない」


そう語る海人の目に、もう光はなかった。

諦めに染まったその表情に、瑞穂は思わず言葉を詰まらせる。


(……あの目。感情が死んでいる……)


「もちろん、強制ではありません。このままここで生活しても構わないのです。私が責任を持って――」


「余計なことだ」


海人はピシャリと遮った。


「飼われる生活なんざ、もうウンザリだ。……帰れ。島に行く日が決まったら教えてくれ」


そう言って背を向ける海人。その背中はどこか、呆れるほど静かだった。


瑞穂はわずかにためらいを見せたが、やがて静かに頷いた。


「……わかりました。当主には私から伝えておきます。準備が整い次第、知らせます」


「ああ」


瑞穂は静かにその場を後にし、刹那も慌てて後を追った。



部屋には、再び静寂が戻った。


「……ふぅ。やっと静かになったか」


海人は天井を見つめたまま、長いため息をついた。

あの二人と会うのは、六年ぶりだった。


さすがに年月のせいか、二人とも“女”の顔になっていた。

美人だと言われても否定はできないだろう。だが――だからといって、好きにはなれない。


「なんで今さら来たんだか……使いで嫌々来ただけだろ。師匠たちに頼んでりゃ済んだ話だろうに」


自嘲気味に笑いながら、夢幻島のことを思い返す。


(まさか、最後が“島流し”とはな……)


瑞穂は「力に枷がある」だとか言っていたが――そんな都合のいい話があるものか。剣だけは続けてきたが、それでどうにかなる相手じゃない。

術が使えない時点で、魔獣相手には話にならない。


(……考えても仕方ねぇか)


そう結論づけると、ゆっくりと立ち上がった。


「……準備だけはしておくか。持ってくもんなんて、ほとんどねぇけどな」



その頃――社を後にした瑞穂と刹那は、木々の間を歩いていた。


「……瑞穂、本当にいいの? あいつ……間違いなく死ぬよ」


「……仕方ありません。彼自身が“行く”と決めたのですから」


「でも、それって――」


「もう……いいのよ」


刹那は驚いた。

あの冷静な瑞穂が、感情をにじませていたから。


「海人の目……あの眼差しには、もう光がなかった。あの六年間が、想像以上に彼を蝕んでいたのかもしれない……。もっと早く会いに行けていれば……」


「それは……瑞穂のせいじゃない。誰もあんたの声を聞かなかったんだ」


「……でも、動かなかった私の責任もあります。行動だけではダメだった。“想い”は伝えなければ……あれほど嫌われてしまうとは、思いませんでした」


刹那は何も言えなくなった。


「……私の方でも、できる限りの準備をしておきます。術が使えない彼のために、術符を大量に用意します」


「わかった。私も協力するよ」


二人の足音が闇に溶けていく。


その遥か先、魔獣が蠢く夢幻島に向かって、物語は確かに動き始めていた。

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