島での生活の最後
「ついに島の中央部か……どんな魔獣が出てくるか楽しみだな」
「今のお前なら大抵の魔獣は相手になるだろうが、油断は禁物だぞ」
「いざとなれば、私が守ります。余計な心配は無用です、ジ……桐生」
「今、完全に“ジジイ”って言おうとしたよな!?」
騒がしくじゃれ合う二人の声を背に、海人は静かにこれまでの島での出来事を思い返していた。もうすぐ三ヶ月――長いようで、あっという間だった。
命を奪われかけ、変わり者の老人と出会い、封印されていた異質なメイドとも邂逅した。幾度となく死線を越えたが、間違いなく――人生で最も濃密で、充実した時間だった。
何より、“心氣顕現”という異能を得たこと。氣を操り、自らの武器として昇華できるようになったのは、この島での経験があったからこそだ。
(この島を出て、瑞穂の護衛に就く……面倒な役回りになるだろうな)
戦うだけなら楽だ。しかし“焔木海人”という存在をこの世に刻むためには、それだけでは足りない。力でねじ伏せるだけでは――本当の自由は手に入らない。
「マスター、大型魔獣の氣反応を検知しました」
ゼロの報告に、海人は顔を上げる。
巨大な魔獣――それがこの島での、最後の戦いとなるかもしれない。
「いいね……できれば強敵であってくれよ。試してみたい技が山ほどあるんだ」
海人は一気に足を速め、魔獣のいる地点へと向かった。
そこにいたのは、山のような巨体を持つ、黒きイノシシの魔獣。全身が黒曜石のような毛で覆われ、燃えるような双眼がこちらを睨み据えている。
「……これはすげぇな。ジャイアント・ブラックボアか……初めて見た」
「強いのか?」と海人が問うと、桐生がうなずく。
「ああ。普通なら当主か、それに次ぐ実力者が出動するクラスの魔獣だ。一人でやるつもりか?」
「もちろん。その方が燃えるだろう?試したい技もあるしな」
海人の手に、真紅の光が収束し――“奪焔神刀”が顕現する。
同時に、体内の氣が爆発的に膨れ上がり、周囲の空気が揺れた。
三ヶ月の間に倒してきた魔獣たちから奪い続けた膨大な氣――今、その全てが彼の中で燃えている。
「……やれやれ、本当に別人みたいだな」
桐生が肩をすくめた。
海人は地を蹴り、魔獣へと飛びかかる。
「まずは基本からいくぞ――焔木流《爆炎斬り》!」
刀に纏わせた氣が、一閃の炎となって牙を剥く。轟音があたりに響き渡り、斬撃はブラックボアを真正面から捉えた。
その巨体が後退し、地面を抉る。
「まだ立ってるか……なら、これで終わらせる」
海人の瞳が赤く燃え上がる。
「焔木流《炎閃》」
紅蓮の斬撃が空を裂き、一直線にブラックボアの胸元を貫いた。
瞬間、爆炎が吹き上がり、魔獣の体は真っ二つに断ち割られた。
「……終わったか。思ったより、あっけなかったな」
次の瞬間、海人の体にとてつもない“氣”が流れ込んできた。
今までの魔獣とは比較にならないほどの圧倒的なエネルギー――
それに体が追いつかず、海人は苦悶の声を上げながら膝をついた。
「おい、大丈夫か!?」
「問題ありません。大量の氣を一度に吸収し、適応しきれていないだけです。すぐに慣れます」
ゼロの言葉通り、しばらくして海人はゆっくりと立ち上がった。
そして、青空を見上げながらぽつりと呟く。
「……これで、この島ともお別れか。なんだか名残惜しいな」
「普通、そんなこと言わねぇぞ。ここから出たいってのが大半だ」
「ありがとう、桐生。そしてゼロ。お前たちのおかげで、ここまで来れた。……この恩は、一生忘れない」
「照れるだろバカ」
「私は封印を解いていただいた恩があります。お気遣いなく、マスター」
「さて。島を出る準備を整えよう。拠点に戻るぞ」
何がこの先に待っているのかはわからない。
だが、もはや恐れるものはなかった。
どれほど醜いお家騒動が待っていようと――
俺には、抗う力がある。
待っていろ、焔木一族。
この“奪焔の刃”で、お前たちに俺の進化を見せつけてやる――!
 




