紅蓮の解放
「心氣顕現――それなら、制御不能なあなたの氣を正しく扱えるようになるでしょう。
私の補助があれば、十分に可能です」
ゼロはそう言うと、静かに両手を前に差し出した。
手のひらに集束されていく氣の波動が、空気を震わせる。
「心氣顕現――ガーディアンスター」
次の瞬間、彼女の手に円形の小型盾が顕現した。
左右それぞれに浮かぶそれは、まるで夜空に並ぶ双星のように淡く光を放っていた。
「それが……お前の武装か?」
「はい。私は“守護”に特化した型です。顕現能力は《防壁展開》。
衝撃、暴走、氣の流失を抑制することに特化しています」
「なるほど……確かに心強い」
「さらに、心氣顕現には“能力”が宿ることがあります。
使用者の内面、記憶、欲望に応じて、独自の特性が顕現するのです」
「……自分の欲望、か」
「あなたにも、きっとふさわしい能力が現れるはず。
さあ、始めましょう」
海人は深く息を吸い、目を閉じた。
「ただし、ひとつ言っておく。爆発するかもしれないぞ」
「そのためのバリアです。――全力で、どうぞ」
■
刀の形。重さ。手に馴染む感触。
海人は、これまで幾度となく握ってきた“武器”を、心の中で明確に描き出した。
氣を両手に集中させる。
だが、やはり氣は暴れ、形を定めきれず揺らぎ続ける。
「ぐっ……くそっ……!」
「《防壁展開・強制安定》――外部拡散を遮断。制御、補助に入ります」
ゼロの盾が青白く輝き、海人の手元を包み込んだ。
――そして、彼の脳裏に過去が蘇る。
(……俺はずっと、奪われてきた)
家族に、仲間に、力に……
そして何より、“生きる意味”そのものを。
(なら、今度は――)
「俺は奪う。奪い返すんだ!! 全部……この手で!!」
激情が氣を突き動かす。
抑えられた怒りが、渦を巻いて刃の形へと凝縮されていく。
「来い……! 俺の力――俺の“武器”!!」
ドゥオン!!
氣の衝撃がバリアを震わせた。
「……ッ! バリアにヒビがっ……! マスター、停止を!」
「駄目だ! このままいく!!」
ゼロが必死にバリアを維持する。だが、ヒビは広がっていく。
そして――
パアァァンッッ!!
バリアが砕け、赤黒い爆風が洞窟内を吹き荒れた。
ゼロは咄嗟に再バリアを展開し、爆炎を弾いた。
視界が煙に包まれる中、センサーが一点を指し示す。
「……マスター……?」
■
煙が晴れたその場所には、海人が立っていた。
――微動だにせず。
そして、手には一振りの紅い刀。
血よりも濃く、炎よりも深い。
それは彼の氣が実体化した“存在”だった。
「……ふっ……ハッハッハ!
やった……ついにやったぞ!! 心氣顕現、成功だ!!!」
「……おめでとうございます、マスター」
ゼロが彼の氣の流れを再確認した瞬間、思わず言葉を失った。
暴風のようだった氣が――今はまるで、静かな湖のように安定していた。
完全な制御――ついに、成されたのだ。
「その刀の名前は?」
海人はゆっくりと目を閉じ、答える。
「“奪焔神刀”。
顕現の瞬間、頭の奥に焼き付いたんだ。そう呼べってな」
「奪い、焔で裁く神の刀……素晴らしい名です」
「……ありがとう、ゼロ。お前がいなかったら、ここまで来れなかった」
「私の存在意義が、あなたの力の補助です。感謝いただけて光栄です」
■
刀を握りしめた海人の目が、洞窟の外へと向く。
「……この力、試してみたい」
「魔獣狩り、ですか?」
「ああ。俺の力で――この島に“存在”を刻み込む」
もはやその瞳には、諦めや迷いの影はなかった。
焔木海人。
かつて“無能”と蔑まれ、幽閉された少年は今――
己の欲望を刃に変え、
“奪う者”として、再び歩き出す。
――その先にあるのは、奪還か、破壊か。
焔の運命が、動き出す。




