水晶の眠り姫
「……うっ……俺は……ここは……どこだ?」
滝の衝撃で意識を失った海人は、薄暗くひんやりとした空間で目を覚ました。身体中に鈍い痛みが走る。
思考が追いつかないまま、周囲を見回して、彼は言葉を失った。
「……滝の裏に……こんな洞窟があったなんて……」
それは、まるで別世界だった。
青白い光に包まれた空洞の中、巨大な水晶柱が無数に立ち並び、空間全体を静かに照らしていた。
幻想的というにはあまりにも神秘的で、どこか不気味さすら漂う――そんな場所だった。
しばらく歩いていると、その中に“異質な色”の水晶が目に入った。
「……紫……?」
明らかに他の水晶とは違う、深い紫色。
不思議に思って近づいた海人は、思わず息を呑んだ。
「……中に……人間……?」
水晶の中には、一人の女性が封じられていた。
しかも――なぜか、メイド服姿で。
「なんだこりゃ……なんでメイドが水晶の中に……悪霊ってわけじゃ……ないよな?」
その異様な光景に恐怖よりも困惑が勝り、海人はそっと刀を抜いた。
中の女性が生きているとは思えなかったが、こうして閉じ込められたままにしておくのも気が引けた。
「とりあえず、壊してみるか……っと!」
刀を振り下ろした瞬間、ガンッという金属音が響き、海人の手首に衝撃が返ってきた。
「……かてぇ!? なんだこの硬さ……水晶ってレベルじゃねぇ……!」
試しに周囲の水晶を砕いてぶつけてみたが、あっさり粉砕されただけだった。
「……これは無理だな。あきらめるしかねぇか」
そう呟いて周囲を見渡す。魔獣の気配はなく、植物も多く自生しているようだ。
水も豊富。静かで安定した場所――
「……ここ、修行場にちょうどいいな」
ひとまず海人は一度滝の外に出て、荷物を取りに戻った。
滝の壁面に人一人通れるほどの隙間を見つけ、慎重に道具を持ち込む。
テント、薬草、防獣用の罠を張り終え、ようやく深呼吸した。
「よし……ここで、心氣顕現を完成させる」
■
修行に集中し始めた海人は、氣を高めながら手に刀のイメージを重ねる。
あの水中戦の瞬間――一度だけ、確かに刀を顕現できた感触があった。
「(あれを再現する……集中……集中……)」
氣の流れが整い、手のひらに赤黒い光が凝縮されていく。
だがそのとき、不意に氣が横方向へ引っ張られた。
「……ん? なんだ?」
氣が自然と引かれる方向を見れば――あの紫水晶。
気づけば、海人の氣が水晶に吸い込まれていた。
「……まさか、吸ってるのか? 俺の氣を……!」
疑念が確信に変わる。
先ほどびくともしなかった水晶に、今、小さなヒビが入り始めていた。
ピシッ……ピシピシッ……
「これは……!」
さらに氣を送り込めば、割れるかもしれない――
だが、それは同時に“中の何か”を解き放つことでもある。
「……鬼が出るか、蛇が出るか……確かめてやるよ」
覚悟を決めた海人は両手に氣を集め、渾身の力で紫水晶に注ぎ込んだ。
ビシビシビシッ!!
水晶が振動し、鋭い音を立ててひび割れていく。
中の女性が徐々に明瞭に見え始め、驚くほど整った顔立ちと、静かに閉じられた瞼が浮かび上がった。
「……嘘だろ……めちゃくちゃ美人じゃねぇか」
その瞬間――
「うわっ!」
閉じられていた女性の瞳が、パッと開いた。
「う、生きてるのか!? わ、うおおっ!」
次の瞬間、彼女の手が水晶を内側から破壊し、突き出された腕が海人の胸元をがっちりと掴んだ。
「ぐ、ぐぉぉぉおお……!? 氣を吸われてる……っ!!」
まるで吸い込まれるように、自身の氣が一気に引き出されていく。
あまりの勢いに倒れそうになりながらも、海人はなんとか踏みとどまった。
桁違いの氣量を持つがゆえに、辛うじて耐えられていた。
やがて氣の吸収が終わると、水晶は粉々に砕け散り、彼女は一歩前に進み出た。
長い銀髪がふわりと揺れ、艶のある瞳がまっすぐ海人を見つめる。
「おはようございます、マスター。あなたのお名前は?」
「マ、マスター……? 俺の名前は……焔木海人だが……」
「焔木海人様。確認しました。これより、あなたにお仕えします」
「お、お仕え……!?」
「まず、この鎖が邪魔ですね。――ふんっ」
メイド服のまま、彼女は全身を縛っていた鎖を音を立てて引きちぎった。
「……お前、人間なのか? 名前は?」
「私は“ゼロ”と申します。人間との混成体、戦闘用に造られた高機能型人造人間です」
「じん……造人間……!?」
状況がまるで把握できない。
だが彼女は淡々と続ける。
「長き眠りから、ようやく目覚めさせていただきました。
あなたこそ、私の“適合者”です。どうぞよろしくお願いいたします」
「……もう……好きにしてくれ」
思考停止しかけた海人は、思わずそう返した。
「修行中とお見受けしました。心氣顕現の訓練ですね? であれば、私がお力になれます」
「お前、心氣顕現を……使えるのか?」
「はい。戦闘行動の基礎として組み込まれています。サポート、可能です」
呆然としながらも、海人はふと微笑んだ。
(……なんだこの島。滝の裏にとんでもねぇ人造人間が眠ってるとか)
だが――
(案外、悪くないかもしれないな)
思わぬ出会いが、彼の修行を新たな段階へと進めようとしていた。




