幽閉者への来客
焔木海人は、社の縁側に座り、風に揺れる木々をただぼんやりと眺めていた。
「……もう、何年になるんだっけか」
誰に言うでもない独り言を、風がさらっていく。
幽閉されてからというもの、彼の毎日は単調極まりなかった。朝は鍛錬、昼は木刀を振り回し、夜は読書。
他にやることもない。けれど、愚直にそれを繰り返すのには理由があった。
――怒りを、封じるためだ。
心がざわつき始めたら、意識が飛ぶ寸前まで身体を痛めつけた。
本を読み、脳を疲弊させ、強制的に眠りへ落ちた。
「……最近は、怒る気力も湧かなくなってきた。もしかすると、あの忌々しい一族のことなんて、もうどうでもいいのかもな」
彼をこの社へ封印したのは、他でもない、焔木一族。
当時、まだ十歳。だが、あの大人たちの顔に罪悪感はほとんど見られなかった。
「落ちこぼれで、危険人物。ま、封印されても仕方ないか。……今なら少し、理解もできる」
海人は、生まれついての“不良品”だった。
氣を扱えない――それは、焔木の血を継ぐ者にとって最大の欠点だった。
だが、潜在能力は異常値。
「いつか覚醒するかもしれない」と、周囲はかすかな希望に賭けた。
そして、事件は起きた。
暴走した彼の氣が、門下生を数人巻き込み、重傷を負わせた。
以降、話は早かった。
「処分」として、社に封じられることになったのだ。
「言い分はあったんだよ、俺にも……。でも、誰一人信じなかったな。親父でさえも」
海人は深く息を吐くと、部屋に戻って畳に横になった。
眠気がじわじわと襲ってくる。
――ドン、ドン、ドン!
「ごめんくださーい! いますかーっ!!」
けたたましいノックと声に、まぶたがピクリと動いた。
「……誰だよ、騒がしいな」
「いないの? そんなわけないよねぇ!? もう、入っちゃうからー!」
バタバタと足音が近づいてくる。しかも、二人分。
(勝手に入ってくんなよ……)
襖がガラリと開き、怒鳴り声が飛んだ。
「ほらやっぱりいるじゃないの! 何で無視すんのよ、バカ!」
ポニーテールを揺らしながら乗り込んできたのは、焔木刹那。
声も態度も、とにかくデカい。
「刹那か……相変わらずうるさいな。対応の仕方忘れちまったよ」
「うっ……それは……まぁ、そっか」
「刹那、落ち着いて。あなたの方も失礼だったわよ」
静かに割って入ったのは、焔木瑞穂。
海人が苦手とする、“完璧なお嬢様”タイプの女だ。
「……久しぶりだな、瑞穂」
「ええ。ご無沙汰しています、海人」
美しい所作と丁寧な言葉――だが、その裏にある冷たい論理性を海人は知っていた。
「で? こんな場所に、わざわざ何の用だ。お嬢様が来るようなとこじゃないだろ」
「アンタねぇ!? 瑞穂に向かってその口のきき方!」
「いいの、刹那。彼が私をどう思っているかは承知の上。だからこそ、頼みに来たのです」
「……聞くだけならな」
「海人。近く、焔木の次期当主を決める選定が始まります」
「へぇ。それで?」
「私も立候補します」
瑞穂の瞳は一切の迷いを見せなかった。
「ふーん。頑張ってね。俺には関係ない話だ」
「関係あります。あなたには、私に協力してほしいの」
「協力? 俺みたいな落ちこぼれに、何ができるってんだ」
「あなたは力の“制御”ができていないだけ。潜在能力は、一族でも群を抜いている」
「宝の持ち腐れってヤツだろ。それを自覚してるから、ここにいるんだよ」
「そうね。アンタ、弱いし」
刹那が悪気もなくズバリと言い放つ。
ジロリとにらむ海人をものともせず、彼女はふてぶてしく腕を組んだ。
「……何かが、あなたの力を封じている。私はそう考えています。それを解くには、手荒な手段が必要になる」
「……具体的には?」
「死地へ行ってもらいます」
「は?」
「死ぬか、生きるか。それを乗り越えたとき、あなたの本当の力が目を覚ます。
生き残れば――“自由”は約束しましょう」
その言葉に、海人の内で止まっていた時計の針が、ゆっくりと動き出した。
その先に待つのは、決して甘くはない未来――
だが、確かにそこに“変化”はあった。