28話:迫る核心、この世の真実?(2)
「それで? 一体何の情報がほしいんだい? ギルド長の五香くん」
大きく深呼吸をする。
今から話す事は、即首が飛ぶかも知れない。だが恐れる事はない。俺が死んだという情報だけでも、三神くんや煌星くんに役立てる筈だから。
「黄河煌星⋯⋯貴方はご存知ですか?」
「一応ね」
短くそう答える天堂に、俺は軽く顰める。
この男が『一応』などという情報を許すはずがない。つまり──
「何処まで知っているんですか」
「何処まで⋯⋯?」
「俺の予想だと、彼は何かしらの記憶喪失があるはずです」
そこまで言って、この短時間で渇ききった喉を注がれたカップで潤す。
「それで?」
「襲撃者の話もあります。全て貴方なら知っている前提で話しますが、彼女の目的は? そして、今始まろうとしている世界を股にかけた彼の持つアイテムの侵食が始まろうとしています」
そうだ。今の彼は、ただの退学した元大学生だけでは済まない。今は必死に僕達が接触を避けているけれど、彼は帰還者として顔と名前も割れ、様々な能力が期待されている。
日本は昔とはまるで違う。現在ではかなりの貧富の格差が生まれ、裏で行われる国が抱える冒険者同士の戦争が勃発。平和なんて思っているのはそれこそ金持ち連中の一部だけだろう。
そんな中、日本という中位から下位の間をうろちょろしているこんな人手不足の国が、放置するはずがない。
しかし、これは俺も不思議なくらい⋯⋯何処からもお咎めがない。
おかしな話だ。俺の時ですら、すぐに国家公務員としての連絡やその他中小企業からもオファーの連絡が、朝ポストを見ると無限に入っているチラシのようにあった。
仮にも、理由に時代もあると言われればそれまでだが、それはない。
──確実に理由があるはず。
「だからもう一度聞かせてください。貴方、いや⋯⋯貴方達は何処まで彼についてご存知で、何処まで関与しているのかを」
そう言うとこの一室に⋯⋯とても息すら出来ないような圧迫感が襲った。
「⋯⋯んぐっ」
抑えても、微かに漏れでる耐える吐息。
ただの具現化ではない。
一室全体が震え、壷や絵画などの物体も、カタカタ音を鳴らし、その音はドンドン鈍くなっていった。
視線を天堂に向けると、その表情は言わなくても分かった。
「死にたいのか」と。
見下ろす表情で全て理解できてしまうほど、その顔は冷たく、だが何処か⋯⋯予想外だと思ってるようにも見えた。
体感数分もあったこの圧迫感は、突如高笑いする天堂と共に、一切の感覚がなくなるのとほぼ同時だった。
「ふふふふ⋯⋯ハハハハハハッ!!」
──気持ち悪い。
コイツがこんなに笑い方をするなどただの一度もなかった。いつも寡黙で、何を考えているのか分からないような人間だが、それでもここまで気持ち悪い高笑いをするような人物ではなかったはずだが。
「んふふ、ハハハ」
高笑いが少しずつ弱まっていき、だが同時に⋯⋯呆れたような、なんだよと言いたげな声色で俺を見ていた。
そして真顔。久しぶりに見る日本最強の一角である天堂司は、何処か変な方向に進んでいるように感じた。
「はーっ、おかしいね」
「何がですか」
「いやぁ⋯⋯本当さ、信じられないよね」
何を言ってるんだ?この男は。
脚を組み替えると、天堂はおもむろに煙草に火をつけ、深く一服を始めた。
そこから30秒ほど静寂が訪れたが、天堂は吸いながら言葉を紡ぐ。
「ねぇ、五香」
「⋯⋯はい」
「私達は人間を超越した力を持っている。そうだね?」
「だと思います。俺が生まれる前でも、科学という文明が進み、魔力の誕生により、この星の寿命が伸びたと言われています」
「うん、そうだよね」
窓の外に見える太陽からの日差しを眺め、天堂はゆっくりと息を吸い込む。すると懐から1枚の紙らしき物を取り出した。
⋯⋯よく見ると、ステータスカードだ。
「面白いよね、コレ。こんな一枚のカードで、自分たちの人生が決まってしまう世の中なんてさ。ちょうど一世紀くらいだよね。
時代は変わった。昔偉ぶっていた奴らも、老人となった今じゃ、少しステータスが優れた若者に縋らなければ生活が困窮し、広場という人間牧場に送られてしまう」
中指と人差し指で挟んだカードを俺の背後に向かって指を少し弾いて飛ばす。
「おおっ」
体勢を屈め少し驚いたが、更に驚く現象がすぐ目の前で起きた。
「⋯⋯え?」
天堂はまた懐から指で挟んでステータスカードをまた弾き飛ばした。
「これは私の長年の経験してきた予想だ」
人生で初めて背筋が凍る。
人生で初めて──感じたことの無い冷や汗が頬を伝う。
何で、二枚もステータスカードがある?
そして何故、それを当たり前のようにしている?
ワケが分からない。
偶然で出来る訳がない。
どういう⋯⋯?
「全ては、運命や奇跡でも⋯⋯偶然ですらなく、決まっていた道の上で踊らせられているだけの存在だとしたら?」
「何を⋯⋯?」
「ステータスカード。誰が作成しているんだろうか? 異界の、神に等しい存在。
⋯⋯一体当時のトップ連中の爺共は何を喋ったのだろうか?
⋯⋯そもそも、常識とはなんだろうか?
⋯⋯五香。君はスキルをどう見ている?
⋯⋯もし、君も、私のスキルも、誰かに与えられている物だとしたら?おかしくて笑うしかない」
またも呆れたように高笑いをする天堂を見て、俺はだいぶ困惑していた。
どういう事だ? 何でも知っている男が、こんな困っている面を見るのが初めてだ。
「なんだ? つまり、異界の連中が何かしらの目的があって裏で支配しているだと言いたいのか?」
ティーカップの紅茶を上品に飲みながら、天堂は淡々と答える。
「五香の予想は現実的だね。そもそも、私達が勘違いしているだけで、人類が誕生した頃からなのかもしれないよね」
「何が言いたい?要領を全く得ない」
「────1年」
綺麗に人差し指を立て、天堂が食い気味に発した。
「1年?」
「廃棄なんだってさ。私達は」
「⋯⋯⋯⋯は?」
廃棄?私達?
「さっきの言葉──そのまま返すよ。察しが悪い」
「廃棄? どういう事だ? 何を知ってる?」
「私達はもう用済みなんだとさ。今まで天堂家は
──何千年、何万年も仕えてきたのに」
「はぁ?」
相手のことをがどうだとか、そんな事はとうにどうでもよくなっていた。頭に浮かぶのは、何千だの万だのという響きのみ。
「全部を答えられないが、ひとつだけ確定している事がある。それは──後1年で私達が廃棄されるということ。面白いだろ?」
「⋯⋯全く面白くないが」
咄嗟に出た言葉はそれしかなかった。
「五香は確か竜騎士の、特異職業だったよな?」
「え? あ、あぁ」
「どうだ? "何か欲しいスキル"はあるか?」
ははは。冗談キツイぜ。
「⋯⋯悪い。俺の耳がおかしいのかもしれない。もう一度言ってもらえるか?」
「何か──欲しいスキルはあるか?交渉位ならしてやれる」
最悪だ。最悪の相手に情報を喋ってもらおうとしているってことか。
「そうだな、何が貰えるんだ?」
「どうやら彼らにはスキルや職業を付与できる力を持つらしい。ステータスカードも、その他のシステムも、その連中が作った一部の機能だ」
「はは、冗談キツイぜ」
「私は直に見たから、特に違和感もないが。ただアレは、人の尊厳を侮辱しているとも思った⋯⋯ただそれだけだ」
カップを持つ天堂の手が、怒りで震えている。
「私達はただ廃棄される為に存在しているのではない!!!!」
次の瞬間、テーブルにティーカップをとんでもない力で叩きつけ、天堂らしくない程青筋を浮かび上がらせ、俺の眼を今にも殺しそうな程睨み付けていた。
興奮しながら息を荒くさせ、天堂は怒鳴りながら叫ぶ。
「たった一人の為に星を作った!?
たった一人の為にこんな人間を繁殖させたからなんだってんだ!!!
ふざけるな!!
私達は物ではないんだよ!!
一人一人感情があり、人生がある。貴様らがどうこうしていい生命じゃないんだよ!!」
あの冷静沈着なSS冒険者と言われていたあの天堂司が、ふーふー興奮しながら机をひっくり返し、何度も怒鳴った。
「S級ダンジョンで何人死んだ?
何人の仲間が命を失った!?
あの想いが! あの悲しみが! お前らにとっては石ころ程度にしか思っていない貴様らが!」
そこまで叫んだ所で、天堂は冷静さを取り戻し、ソファに座り直した。
「⋯⋯まぁとりあえず、その男は、私達がどうこう出来る存在じゃないとだけ言っておく。ソイツは──」
眼光は、今までにないほど真剣で、警告だ。
「お前が思っている大学生ではなく、化物だ。助けるなど烏滸がましいんだと。死にたいのかと言われた事もある。そういう男なんだよ、その大学生は」
「そうっすか」
「あぁ。とりあえず他言無用だ」
「⋯⋯もちろんだ。こんな事、他所じゃ言えん」
「その大学生は、ひとまず触れないでおけ。連絡先を渡す。こちらの合図まで何もしないでおくんだ」
そう言って名刺をこちらへ飛ばす。
「そっちが直接つながる個人的な番号だ」
「ども」
そう言って立ち上がり、俺は扉を開けた。
バタンと扉を閉めた後、家に帰るまでの間の記憶がない。
気付けば家のベランダから景色を一望していた。
***
──廃棄だそうだ。
「廃棄⋯⋯ね」
──俺達は物じゃない!
「⋯⋯あそこまで言うって事は、相当キツイ目にあったんだろうな」
さて、煌星くんの件、今後結構面倒な事になってきたねぇ。
そよ風を浴びながら、俺はぼうっと今後のビジョンを考える。だが、1年というワードと、煌星くんを化物と呼んでいた天堂の顔が離れない。
⋯⋯確かに確証はなかったが、それらしい理由は沢山あった。
ダンジョン酔い。
明らかな言動と能力の差異。
自覚すらない知識の欠如。
過去に対する記憶の朧気さ。
ツッコミどころが大量にあった訳だが、無視できなくなってきた。
「もしかしたら⋯⋯」
よぎるのは、初めてダンジョンに入った日に感じた⋯⋯無力感と恐怖が押し込められた感情だった。
「1年か⋯⋯俺の人生は、結構波乱万丈と呼べるものだったはずなんだけどな」
空笑いしか出ない自分のメンタルと、それに合わせるかのように吹くそよ風を浴びながら、俺は愛美が帰って注意されるまで眺めていたことに気付かなかった。




