27話:迫る核心(1)
あぁ⋯⋯始まってしまった⋯⋯
ピピピッと響く電子アラーム。
五香は広いキングサイズのベッドの上で目を覚ます。
ガランとした広い寝室を一周して、ムクッと起き上がる。
「憂鬱だな⋯⋯」
相手はあの天堂家だ。僕ができる事ならやってみるつもりだが、実際の所かなりの借りを作ることになりそうだ。
⋯⋯今から胃痛で死にそう。
昨日。あれから連絡するとすぐにこちらへ来るといきなり2時間後にやってきた。僕としては正直会いたくはなかった。
まぁ理由はいくつかあるんだけども、大きな理由として──彼は十家門のうちの一つ、天堂家の跡取り息子だからだ。
有名な話だからサラッとさせてもらうが、天堂家は始祖とも呼べる限られた初代覚醒者の一人、『天堂伸寿』が主な人物に当たる。
天堂家は元々、日本の財閥の一つで、上位中の上位の財閥だ。
初代覚醒者の中では、もっとも想像通りの人物だ。想像が容易い。
彼は様々な情報網を持っており、日本中の情報であればほとんど答えられるというほどとんでもない物をいくつも抱えていて、それは現総理から天皇家の者たちも恐れる程だ。
それに加えて初期覚醒者という傑作の排出。
天堂家は十家門の初期中の初期のメンバーとして現在も君臨している。
ここまでが天堂家の主な説明となるわけだけど⋯⋯つまり何が言いたいかというと、こちらの対応から態度、本当に一挙一動が彼らの情報源となるから煌星くんの情報がすぐに取られてしまう恐れがある。
それに加えて現在の跡取り息子がSS冒険者⋯⋯ひいては始祖である伸寿の生まれ変わりとまで言われているほどその力は、俺や他のS級が蟻ん子くらいにしかならないレベルで強いということだ。そんな奴にカネや物で釣れるわけもなく。
昨日はとりあえず、ここでは出来ない話がある。明日、そちらの都合の良い場所で話したいことを伝えた。するといっつも腹黒い笑みを浮かべる奴も、何故かすんなり了承して現在に至る。
「あー、今日で死ぬかもなぁ⋯⋯」
髪を掻きながら手洗い場へ。鏡に映る自分の姿は、もう暗すぎて調子がいつもの三倍悪いレベルだ。
「パパ、どうしたの?」
「ん? 今日で死ぬかも」
「⋯⋯なんで?」
当たり前のツッコミが入るがスルー。
キッチンに向かうと、娘が作った朝ごはんが置いてある。娘も身支度を終えると、一緒に座って朝食をとる。
「パパ、今日遅くなる?」
「どうだろう⋯⋯ストレス過多でゲロまみれになってる可能性が高いから、夜ご飯は明日食べるよ」
「仕事辞めればいいのに」
「そんな事言うなよ。これでも一生懸命頑張ってるんだぞ」
「だって、お金はもう十分あるんでしょ? 冒険者時代で散々稼いできたのに、今更何で?」
「⋯⋯まぁ、色々あるんだよ」
「ママの為?」
「違う」
もう犠牲者は出したくないから。
⋯⋯なんて娘に言えるわけないか。
「今日も目玉焼き美味しかった」
「え、本当? 結構焼きすぎて不味いと思うんだけど⋯⋯」
食べた食器を水に漬けて、スーツを着る。
誇張ではなく、マジで今日は死ぬかもしれない。
「愛美、行ってくる」
「滅多に言わないのに⋯⋯まぁ、行ってらっしゃい」
あの天堂家で何もないなんてないだろうなぁ。
──アンタ、俺なんて言わないで僕にしなさいよ
「⋯⋯?」
聞き覚えのある声。死期が近いと聞こえるというが、まさかな。
「俺も、久し振りに本気⋯⋯出しちゃおうかな」
気分は、ある意味最高潮。
身体の熱が高まったところで玄関を開けると、すぐにその熱は冷める。
「司坊っちゃんがお待ちです。どうぞこちらへ」
待ち構えていたのは、身長は2mを優に超えている大男。
⋯⋯天堂の執事はレベルが違う。睨まれているだけで震えそうな威圧感。これがトップオブトップの部下ね。
「いるんだったらインターホンくらい押してもらえませんかねぇ?」
「娘さんがいらっしゃいますから、ご迷惑になると思いまして」
「あっそう」
⋯⋯意外と良識はあるようで。
***
「うわぁ⋯⋯すげぇや」
リムジンから降りると、どっかの海外でありそうな馬鹿広い牧場みたいな広さの景色が最初に映り込んだものだった。
⋯⋯一体いくらするんだ?この土地と建物だけで。
ウン十億でいけんのか?知らんけど。
「五香様、こちらへ」
「あぁ、どもども⋯⋯」
生憎オフモードの俺はこんな感じだ。理解してもらうしかないよな。
執事に付いていく。少しするとこれまた豪華な階段があり、登り切ると馬鹿でかい貴族屋敷が見えた。ディ◯ニーランドかよ。
「坊っちゃまは応接間におりますので、ここからゲートを通ってもらいます」
「ゲート?」
「五香様でもご存じないのですか?」
「使い切り転移のアイテムなら知っているけど、ゲートはさっぱりで」
「ゲートはS級ダンジョンにて獲得出来る物でして、こちらは設置型の魔導具でございます。何度も使用可能ですが、設置回路は限定されます」
だがそれはとんでもないことだぞ。
⋯⋯言葉もでん。
執事が手を翳すと魔法陣が起動し、白色の光が周りを包み込んでいく。
「転移と似た感覚ですので、恐らく大丈夫だと思いますが、酔う可能性がございますのでご注意ください」
「はい⋯⋯お気遣いどうも」
「──では」
その言葉を聞き終わる前には、目の前は建物内に移動しており、すぐ目の前には一つの扉があった。恐らくこれを開けということだろうが、開く前から⋯⋯中々圧迫感が凄い。
SS冒険者の威圧は、S級ですら蟻ん子にしてしまうレベルだからな。
「失礼する」
「五香かい? 入って入って」
抗えないほどの圧迫感とは裏腹に、口調はとても陽気だ。どうにかならないものか?この威圧感は。
扉を開けると、貴族さながらの一室だ。
豪華な装飾が施された大量の家具に、一枚数億とかしそうな絵画だの、壺だのがそこら辺に飾られている。
そして、その先の豪華なふっかふかソファに足を組んで座る一人の男。
日本人離れした綺麗なブロンドのミディアムヘアー。御曹司と言われるに相応しい綺麗な顔。
ベージュカラーのスーツに、脇に黒いコートが丸めておいてある。執事がすぐに気付いてコートを回収し、その場から一瞬で消え去った。
あまりの速度に俺はそっちの方が気になったが、目の前の男は立ち上がり、自らコーヒーを注いで俺の前にスッと置いた。
「⋯⋯ありがとう」
「全然、もう五香とも長いしね」
緊張しているのはいつも俺だけだ。
「まぁ本題は別なんだろうけど、どうだい? 昔みたいに魔導の道に戻ってくる気はないのかい?」
昔、俺は実力を認められてこの男率いる魔導の道に在籍していた。
そもそも最初はコイツもクランを立ち上げているわけでもなく、大亜クランの幹部として活動していて、突然気持ちが変わったように新しいクランを立ち上げてリーダーとなった。当時も結構な反応があったっけ。
「勘弁してくれ。もう前線は疲れたよ」
「雪乃ちゃんの一件は事故だ。当時も中々ないS級ダンジョンだった訳だし」
「⋯⋯そんなことは分かってる」
──だが、この世界は平和には辿り着かない。
何時まで戦い続ければいいんだ?
何時まで⋯⋯家族を、仲間を、自分の領域を守り続けなければならないんだ?
広場の連中でもない、カネも地位もある程度得た自分たちが何を今更家族を失うかもしれない行為に走らなけりゃならんのだ。
「そうかい」
短く相槌を打つ天堂はこちらの反応を待っている。
「先に言っておくが」
「⋯⋯?」
「今日は死ぬ覚悟でここに来た」
「というと?」
「先祖返りレベルなのに察しが悪いぞ、天堂」
「それだけ大事な情報をってことかい?」
すぐに頷く。天堂の反応をみると、顎に手を当てて何かを深く考えている様子だ。
「とりあえず聞いてみようか? あぁ、もちろん──これくらいでは君を、娘さんをどうこうするつもりはないよ」
⋯⋯そう、これなのだ。
全てを持っているこの男は、こういう風に全てを支配するのが当たり前のように振る舞う。
大変結構な事だが、勘弁願う。




