閑話:家族団欒
「ゆうま!」
「ん〜!」
おはようございます、ゆうまです。
あれから僕達はひょんなことから謎の凄い女性朱里様に拾われて、こんな凄い部屋で家族で過ごす事ができています。
「ゆうま、ご飯出来たよ」
「ご、ごめんっ!りゅう兄!」
「大丈夫大丈夫、もう昔と違って、急ぐ必要ないし」
ニカッとそう笑ってキッチンなる場所へと帰って行くりゅうお兄。僕は早めに貰った服に着替え、中央にあるご飯が配膳されている椅子に座った。
「いただきますー」
僕の他にも兄弟とお母さんが食事を始める。
⋯⋯あれからお母さんの病状が急速に良くなった。みるみる内に戻っていき、今じゃ会話が出来るくらいまでに復帰した。
どうやら理由はお会いした時に朱里様が事情を知ったらしく、黙って治癒のポーションをお母さんに施してくれたと後でりゅう兄に聞いた。
本当に良い人だ。何故こんなに良くしてくれるのかが全くわからないが、とにかくしっかりこの恩に報いれるようにやれる事をやろうと思った。
「ゆうまは今日も日課に行くのか?」
「うん、朱里様からの条件でもあるし、もしかしたら朱里様は武器関連の人材が欲しかったのかもしれない⋯⋯それで僕になら出来るのかもとチャンスをくださっているのかも」
意味もなく言う人ではないから、もしかしたらそっち方面で頑張ってみろと仰っているかもと勝手ながら予想していたりしている。
現在毎日、起きたら食事をしてからすぐに隣にあるギルド関連の施設へと向かって端っこに用意された場所で自動で回る研ぐための機械で作業員のあまりや錆びた古い物を研がせてもらっている。自分の性格なのかはわからないけど、この作業が自分に最初から凄く合っていると感じている。何も考えず、ただ目の前ののことに集中して武器を研ぐ。
今日も僕は、1日100本の挑戦を続けている。
ウイーンと響くこの音は機械が回る音だ。
ちょっと耳がうるさいかもしれないけど、この音が僕は心地良い。時間が忘れるくらいには。
「ゆうまくん、おはよう!」
「あっ! おはようございます!」
「いいって、作業してよ」
今のは馬場さん。たまに巡回してくる警備員さんの名前だ。
この場所は凄く特別で、セキュリティ⋯⋯?が厳しいんだって。僕はかなり端っこで作業しているから、よくこの警備員さんと遭遇する。毎日のようにいるからか、あまり警戒されない。
馬場さんは僕が毎日のようにやっている日課を後ろから見るのが好きなようで、無言の中でも10分程は滞在して気付いたらいなくなっている。
僕もあまり気にするようなタイプではないので、研ぐことに集中、集中。
キィィと作業員さんの使っていたであろうナイフの声が聞こえる。
毎日100本やっていると、少しずつ分かることが多くなってきたように感じる。例えば、もう少しほんのツメ程度移動の場所で研ぐと艶が出たり、あまり傷付かない場所ができたりと、何かと色々意味がある事がわかってくる。
朱里様は特に説明もせずに、ただ研ぐ事を始めてほしかったようなので、特に勉強をする事はしなかったが、今じゃ最低限作業員さんたちが文句を言うことはなくなった。
***
一本。一本ずつしっかりと真心を込めて。
拾ってくださった朱里様に恩を返すんだ。
僕は戦えないし、特別頭が言い訳でもない。
中途半端に気が遣えて中途半端に人あたりが良い何も出来ない半端者だ。
「ゆうまー?」
「⋯⋯おわっ!?」
集中していたせいか、手元がグラついてナイフが地面に落ちた。
「ごっ、ごめん!そこまで強くしたつもりじゃなかったんだけど」
振り返るとりゅう兄が申し訳なさそうに後ろ髪をかいていた。
「こっちこそごめん! りゅう兄は怪我はない?」
「そりゃ大丈夫だけど⋯⋯すげぇな。もう終わりそうじゃん」
そう言われて下の籠を見ると、もう殆どが終わり掛けていた。時間は現在はお昼の13時頃。
初日は夜まで掛かっていたし、通常の研ぎ師で夕方までは早くても掛かるみたい。やっぱり研ぐことにおいては少し上達が早いのかも。
「朱里様には何か見えてるのかもしれないよね」
「かもなぁ⋯⋯って、ホレ」
片手に握り締められていた弁当箱を突き出すりゅう兄。
「ありがとう! 毎日りゅう兄のお弁当美味しいんだぁ!」
「俺も折角だから一緒に食っていい?」
「もちろん!」
そう言って一緒にベンチに座って弁当箱を開ける。中身は賞味期限切れのラーメンでも、果物でもない。どうやらこれが一般的な弁当箱というものらしいんだ。
普通の生活っていうのがこんなに温かいものだとは思ってなかったなぁ。
「え、今日も唐揚げが!?」
「ギルド職員の方々が持ってきてくださるんだよ。俺も一応断りの連絡は入れてるんだけど、朱里様が「絶対的な食事を徹底しろ」と言われているからそれは出来ないと言われて俺も何も言い返せず貰ってるよ」
──今までに厚意を持って接してくれなかった人たちがいなかったか?
そう言われると、やっぱり優しい人間もいっぱいいたと思う。だけど、色んな人間を見てきた中で一番多い現実を見たのは、そこまでカネが多くない中で少しの厚意をくださるということだった。
冒険者という職業は危険をとっている分、かなりお金が貰えると聞いた。最初その話を聞いたとき、「羨ましいな」と真っ先に出てしまった。
実際話してくださる方も多く居て、中には結構な身内の話をしてくださる事もあった。
よく聞く事としては、物価上昇と言って、凄く全体的に物の値段が上がったり、色んな武器や防具、アイテムなんかの諸費用って奴でカネがほとんど出ていってしまうんだとか。
冒険者という世界は厳しい。
みんなが言っていたことだ。スキルや職業が有用でなければ、簡単に身柄は餌として。
⋯⋯だからパーティーは滅多に組まないんだそう。
と言ってもそれは強者の言い分。実際は少しでも多くのお金を稼げるように色んな手段で頑張るんだそうだ。頭を下げる事しかできない自分が、少し辛いけど。
「朱里様は本当に良い人だね」
「あぁ。そりゃそうだ。一家全部を養えるお金を持ってるし、何より強い。そんな人が何故俺とサポーター契約したのかは理解できないが、これも長年の根性って奴で拾ってもらったと思えば⋯⋯幾らか報われた気がするよ」
りゅう兄はそうだよね。いつも太陽みたいに笑って、冒険者のみんなを明るくさせてたし、嫌なことがあっても率先してやってたもん。
僕とは違う。僕はコレが無かったら⋯⋯ただの家畜と一緒の、使えない人間。
「っと、あんまりゆうまの邪魔をするのも悪いよな! そろそろ行くよ」
「うんうん!全然そんなことないのに」
「ゆうまにも仕事が来るようになって俺は嬉しいさ! じゃっ、また夕方な!」
──僕は中途半端な人間だ。
キィィ!
──僕は、この歳になっても全然ダメダメで、研ぐ事しか出来ない能無しだ。
ウイーン!
だから、初めて任されたこの仕事を⋯⋯やり切るんだ!
ゆうまの目は、一点を凝視していた。周囲の音も、時間すらも忘れて。
ゆうまの頭の中は極度の集中状態になっていた。瞬間的に人間の脳のリミットが外れ、到底常人には会うことのない時間の流れが訪れた。
二ヶ月間。毎日行った慈善と習慣は、初期覚醒者であるかつての黄金部屋の主に立ち入る事を許された主人に選ばれた瞬間だった。
「⋯⋯え?」
少年の目の前に現れたのは一枚の青いウインドウ。
『貴方は覚醒者になりました。黄金の鍛冶部屋の主が貴方を招待しました』
ウインドウが見えるケースは歴代でも初期覚醒者である者達のみ。ステータスカードを通さずにウインドウが出てくる事はないし、そもそもウインドウは通常出てこない。
その日、人生が大きく変化した少年は、後に現代最強の鍛冶師と呼ばれる事になる。
もう一度言う。現代最強の鍛冶師の誕生⋯⋯その瞬間だった。




