21話:魂に生きる伝説(3)
⋯⋯神城仁。
第十宇宙と呼ばれる、底辺次元である中の一つ⋯⋯惑星地球の日本人。
低次元にいる人間は基本的に弱い。特に、地球という場所からくる人間は、一段と。
だがこの男は最初から何かが違った。
ここら辺でやめておきます。あの下賎な人間の話の割には⋯⋯昔話のように長いから。
ただ一つ言えることは──この時点での神城仁という男は、我らが王には勝てていないということ。あくまで王の最強と言われる技を使わずに相手をするといった条件の元、あの人間は勝利したと言うまでの話だ。
それでも勝利出来るのは容易くはない。それは分かってる。
私は当時、二人の戦いを眺めていた。側近として。
そして未来の知識もあるからこそ、いや⋯⋯だから断言できる。
36層であれ程まで強かった個体は──ただの一人もいなかった。たかが36層で。
当時でも人間の話題はどこもかしこも持ちきりだった。特に上層、中層にいたクランや星座、大きな星雲や高次元の誘いがあの人間には尽きなかったという。
破格の提示までして、たった一人の人間をその手中に収めようとしたとまで言われていた。
一人の提示は無限の数ほどいる美女を好きにする権利。
一人の提示は上限のない食事と睡眠、何でも許される楽園すら人間一人に与えると言った。
最終的には、高次元の女性たちからファンクラブが結成されるほどの熱狂が巻き起こった。結婚を望む王族や、神と称される存在までもが彼に惹かれ、名乗りを上げるほど。この話は尽きることなく、一つの伝説のように広がっていった。
これは小さな話に過ぎず、上げ始めたらきりがない。
要するに何が言いたいかと言えば──
ウインドウ越しに、男の現状が一目でわかる。画面には、こんな文言が浮かんでいる。
『神城仁:中層36層の時点での状態・残り召喚時間25分』という具合だ。
要約するならば、事実上の歴史を辿ると36時点では王の手加減有りというくらいで、40層を超えた辺りで、もうひと悶着あった。
その際──王でも力を使わないといけないほど人間は強くなっていた。力の指標を表すならば、黄金の軍勢、幹部は勢揃いしていなかったとは言うものの、軍勢50万を相手にほぼ同等⋯⋯いや、正確には時間の差でこちらが敗北したというのが正しい話だ。
その時に彼が用いたスキルの名前は、今もなお私たちには謎のままだ。
だが。もう、あのときの私ではない。
お前は今、過去のお前だ。
私は──あれから何千年と積み重ねてきた歴戦の────
「夢は覚めたかい? お嬢ちゃん」
「⋯⋯っ!!」
即座に人間の攻撃を防ぐ。
一発。されど一発だ。
──嘘でしょ。
その人間は、全く構えを取らずに、正面から大振りで拳を振り下ろしてきた。ガードを固めても、その一撃は容赦なく私に突き刺さる。今の私のステータスでも、こんなにもダメージを受けるなんて。
⋯⋯何なんだこの人間は。
「心ここにあらずの様だな。しかし、おぉ⋯⋯硬ってねぇなお前。お嬢ちゃんそんなに強かったか?」
手首をぶらつかせ、人間は拳を開いたり握ったりの繰り返しをしている。流石のこの人間も、私のステータスでは足らないようだ。
「そんで、まぁ悪くはねぇと思うが、お前──本当に同一人物か?」
「なんだと?」
「確かお前、もっと当時若かかったよな?今お前、随分歳をとった感じがするんだが」
「さぁ⋯⋯? どうだと思う?」
「顔の筋肉が緊張していない。つまり俺の予想が本当だということだな」
⋯⋯なんで嘘がわかるのよこのクソッタレな人間め。しかもこの人間、無礼にも私をババァ扱いしたわよね?
「なるほど。つまりお前は──俺からすれば未来のお嬢ちゃんって事になるわけだ」
「ご名答。私は貴方の歴史をほとんど知ってる。塔での事も、貴方の少し過去の事も」
信じたくはないが、この人間と王は大変仲がよく、いつも一緒に酒を飲んでいた。
数少ない王が心から笑っていた者に、人間が混じっているなんて信じたくはない。
だけど本当に楽しそうだったから、私達も変な野次入れないようにしていた。
いつも二人は上層で大量の仲間を連れて飲みまわっていたっけ。
──いけない、今はそんな場合じゃなのに。
「面白いな、これはアイテムの効果か?」
「恐らくね」
「⋯⋯おそらく?」
「この件──私は一切関与していない。事実私は、貴方の気配に気付いてから即ここまでやってきたくらいだから」
降臨派の仕業かしら? 一体なんのために?
私達穏健派と降臨派の共通認識として、この人間だけは嫌いだという共通認識があったはず。
「ん?」
人間が背後の空を見つめた。私も同様に目を向けると、そこには数人の羽を生やした降臨派の連中が血相を変えてこちらを見下ろしていた。
チラッと人間はこちらへ向きながら言う。
「アイツら、確か糞ほどジュリウスに対してせがんでたジジイ共じゃなかったか?」
「え、ええ」
降臨派の目的。それは今宿っているあの器、黄河煌星という人間の状態であるあのお方に、ジュリウスという記憶や刺激を与える事で、自我をなくし、元の人格であるジュリウス様を目覚めさせる事だ。
そして人間の状態を終わらせ、元の状態に戻し、塔に復活することで、アイツらが得ていた利益を取り戻したいわけだ。
アイツらはジュリウス様という大義が存在することで様々な利益を懐に入れていた。無論私達も見逃すはずもなく、何度もジュリウス様に伝えはするが、いつも「彼らには必要なことなのだろう。それに、彼も言っていた。綺麗な集団はいつか黒が混じればすぐ混ざると」などと私達よりもそこにいる人間の言葉に首を傾け、放置なさっていた。
──今思えば、懐かしい。
───
──
─
『私がこの塔に来てから、5000年は経った。君臨し続けた⋯⋯人間からしてみれば、悠久にも似たこの時間で、私は不変だと思い続けた。どの者も変わらないと。しかし奴だけは違った。だからアイオリア。
私は⋯⋯いや。私に必要なのは、新たに力を得る事でも、今から能力を昇華させる事でもない。私があの人間に負けたのは──私が人間としての生を全うしていないからだと私は思う』
『そんな事は決してありません! ジュリウス様は何も悪くなどないのです! 全てはあの人間が──』
『言うな、アイオリア。私が敗北を今得るのが決して悪いことではないのだ。王としての器でも、私という個人の器も、全てあの人間に負けたんだ。
だからアイオリア、私は人間としての生を歩んでみようと思う。だから、魂を分け、片方の魂をいつか生まれるであろう子に混ぜ、私の記憶を消して生を全うさせてくれ。そうすれば、少しはあの人間に近付けるかもしれぬ』
『やめてください、あなた様が人間などという下等生物に魂を混ぜこむなど⋯⋯』
『やめるんだ。人間を馬鹿にするでない。人間は確かにあの男しか知らぬが、きっと人間の生にも意味があるはず。私は上だとか下とかの判断で言っている訳ではないのだ』
───
──
─
あれから、貴方はしっかり人間らしい生活をするようになりましたね。何故か見ているこっちも変な気持ちでいっぱいですよ⋯⋯ジュリウス様。
とはいえ、事実上失敗したのは最悪だった。
何世代も掛かって、まず適合する体探しに時間が掛かりすぎた。
複数の候補を絞り込む間に、見つけた時にはその子供は大学生になっていたから申し訳ないけど、その子の魂を消滅させてそこに入れこんだせいでいきなり大量の情報が入ってきて長話でもしていたんじゃないかしらね。
この星を創造してから何十億年が経過した。民間に管理を任せたのは良い決断だった。彼らの手によって、なかなか興味深い世界が形成されている。
私にとって重要なのは、ジュリウス様が人間らしい生を送っていること。他の命の行く末など、些細なことに過ぎない。
見ていると、降臨派の数人が混沌とした空の中声を荒げ、人間に向かって怒鳴りつけている。
「貴様!! 何故ここにいる!!」
「はぁ? って、お前⋯⋯クソほど老けたな!!」
「なっ!? なんてこと言うんだ!!」
両隣にいる護衛たちも加勢してギャーギャー言うが、本人は腹を抱えて笑っている。
「あっはははは! あの時の若い奴らが、今じゃ禿げたジジィになってるなんて傑作だな!! マルタと誰だっけ?」
「ロビンだっ!! やはり貴様が過去の産物だとしても、ムカつく!!」
「あの物乞い連中とそのお供に、隣で正義について永遠説いていたあの頭お花畑女、そんで、よく分からない外国人2名。よくわからねぇな」
このまま時間が過ぎてくれればいい。
私達はあくまで満足にジュリウス様が過ごせるようにするのが目的であってこの化物と戦うことではない。何もするつもりがなければ、それ以上何かをするつもりはない。
──けど、向こうはそうも行かないみたいね。
「忌々しい人間め!」
マルタとロビンの後ろが巨大な次元の穴が空き、数百人の白い甲冑を着た騎士たちがぞろぞろと出てくる。
「所詮過去の異物。昔の俺達だと思わないことだ」
「マルタ、それは言い過ぎだろう?」
二人が顔を見合わせてガハハと笑った後、人間に指を指し命令する。
「あの人間を今すぐ処罰しろ!!」
怒号が飛ぶと、数百の白銀の騎士たちが一斉に男に向かって動く。
甲冑の音が迫る中、その光景を見上げる神城仁は鼻で笑う。
「⋯⋯はっ」
伸びきった煙草の灰が落ち、足元に捨てグリグリと潰す。
「今日は忙しいな⋯⋯そこまで時間がねぇのにもかかわらず、こんな次から次へと来客が来るなんてよ」
嗤う男に向かう数百の白銀の騎士。
全員の視線は、今まさに始まろうとしている戦いに集中する。
「心配無用ですよ。あの男も結局のところ、中層の実力に過ぎないのですから」
マルタがにやけると、ロビンも頷く。
「いくら化物だと言っても、私達からすれば過去の姿ですから」
⋯⋯さて、成長した今。私の目に映る人間の姿を見てよう。
アイオリアは真剣な眼差しでその光景を目に焼けつけようと瞬きもせずにいた。




