20話:魂に生きる伝説(2)
この件長くて申し訳ありません。情報量が多すぎて書ききれません(笑)それと、やっぱり日本語なので、結構重要な会話とか漏れでまくる数話になります(笑)
ドクン。
初めてだ。
ドクン。
人生で一度もない。人間にビビって目立たないようにしておこうと視線を合わせないようにしようとしている自分に。
彼の本能的恐怖が、そのように彼を動かしていた。
"あの"天下を取れると言われた、SSを冠した男が──いじめられっ子のように地面を見つめ、殺されるのを待つ犬猫のように震えていた。
自身に満ち溢れていたその瞳は不安と恐怖で揺れ、心臓の鼓動のように揺れ続け、何度も試みているのに恐怖で歯のカタカタ鳴る音が止まらない。
止まってくれ⋯⋯!!頼む!!
人生で初めて乞い願う。
どうか、自分に矛先が向かないことを願って。
当然、隣にいるエレバのような存在に意識が向くわけもなく。ただ己の生存の為だけに必死に呼吸すら止めてその本能的にくる前方にいる男に対して消えてくれと願うばかり。
「あぁ〜⋯⋯」
首を回しながら漏れでる男の溜息混じりの声。
目元は見えないが、口を大きく開け、アクビをしている。
「てか、ここ何処なんだよ」
ピコン!と男は何かを閃いたように視線がマックスたちへと向いた。
「なァ? お前らそこに突っ立ってんのはいいんだけどよ? ここが何処だか知ってる奴はいねぇのか?」
マックスは懸命に喋ろうと必死だったが、肝心の口が思うように開かない。
「んん? なんだ? 反応がねぇな」
すると男の真横に、ウインドウが現れる。もちろんマックスとエレバにはその表示が見えるわけがないが。
「⋯⋯なるほど」
そう言うと男は、ソワソワしながら懐のポケットを触る。
「あれ」
今度はポケットを叩く。けつポケットも触って、男は何かがないことに気付く。
「⋯⋯最悪」
ダルそうに一拍遅れて呟き、遂に男はマックスの方へと歩き出した。
「おーい。お前見た所煙草持ってそうじゃん〜。カネ払うからさ、1箱くんね?」
ゆっくり一歩ずつ男がマックスたちへ歩み寄る。──だが。
マックスとエレバにとっては、理外の存在。二人には、前方からやってくるこの存在は、もはや顔など見えてない。ただの化物にすら姿を変えている。
それは我慢の限界だった。振り絞った力で、マックスは小剣を構え、男に対して全力で威圧する。
「⋯⋯っはぁっ! く、くるなっ!!!」
怖い。怖い。
「なんだよそんなビビって。⋯⋯俺なんかしたか?」
圧倒的な格の違い。この男はまだ何もしていないにもかかわらず、マックスは今にも気が触れてしまいそうで叫ぶ他なかった。
「俺なんもしてねぇのに⋯⋯あっ、あったわ」
思い出したように男が手を伸ばすと、突然次元が裂けて穴に手を突っ込んだ。
「よっ⋯⋯と」
裂けた穴は消え、男は真っ黒な煙草の箱から一本取り出し、それを口に咥える。そしてポケットからライター取り出すと時計の針が刻むような精密でソルフェジオ周波数のような高い金属音質の開閉音と共に、男の咥える煙草に火が着いた。
ゆっくりと一吸いして、口から細い煙を優雅に出す。
──だが、その男の頭上。
「くうっ!!」
マックスは気が触れたのか、蹴り上がって頭上から大剣で男に斬りかかっていた。
「ハァ⋯⋯」
男は一回溜息をついて、迫る大剣を振りかぶるマックスを見上げた。
爆発的な風圧を以て迫るSS級冒険者の振り下ろし。通常ならば、これほど恐ろしい事はない。
SS級冒険者の一撃は、容易にテロになりかねない一撃を生むからだ。
だが──
「⋯⋯ッ!!」
そこには、振り下ろす大剣を容易に片手で受け止める男の姿が映っていた。
衝撃波が特別発生するわけでもない。
ただただ無音で、不気味。
聞こえるのは、マックスが命懸けの力で込めている際に聞こえるカタカタ筋肉が痙攣している音のみ。
暗闇のような静寂が広がる中、男は口に咥えている煙草を一吸いし、もう片方の拳を握った。
「最近の若いモンは礼儀がなってねぇ」
飄々とした表情のままそう言い放つ男だが、マックスはすぐに全身の肌が栗立つ。
握った拳を引き、男は肉眼の限界を超えた速度でマックスの脇腹にボディブローがクリーンヒットした。
「⋯⋯!!!!」
悶絶などという言葉では片付けられない。もはや、内蔵が破裂した音すら自身の耳に入ってくるほどだった。
そのまま男は軽々片手でマックスをエレバの方へと放り投げ、一吸いする。
「ここが何処だかしらねぇけど、とりあえずここが塔の外だってのはわかる」
男はサングラスのフレームに軽く触れ、クイッと少しだけ上げ言葉を続ける。
「そんで俺が、平行な違う時間軸で呼ばれたってことも、お前たちが何故俺を狙ってるのかも分かんねぇが──」
サングラスがズレて見える男の瞳は、真紅の海。燃え上がりもするが、波紋一つない深海のような眼光がマックスたちへと向く。
⋯⋯理外の化物。二人はその眼光に耐えるのがやっと。そんな二人の言葉は関係なく、話は続く。
「一先ず、こんな俺でもお前たちが敵なのはなんとなく分かるぞ。殺りたきゃ殺れ。だが、コレだけは言わせてくれや」
その言葉と同時。露わになった男の真紅の眼光にさらされたその瞬間、二人はその場に膝をついて崩れ落ちた。まるで、上から超重力が掛かったように体の操作が効かない。
二人が堪えている数秒、男の獰猛な眼光と笑みが二人を見下ろし
「是非全力で掛かってきてくれ。俺を愉しませろ」
放つ獰猛な笑みは二人の心臓をざわつかせ、即座に動かないと死ぬと思うほどだった。
だがマックスは大量の吐血をしながらも、エレバに言う。
「か、回復を」
「治癒!」
エレバの手元から緑色の膜がマックスの腹部を癒やし、剥き出しの肉片が繋がり、傷が修復していく。その光景を見た男は、少し興味深そうに二人から離れた位置から覗いている。
そして治った直後、男は問い掛けた。
「お前たちは、塔の者ではなさそうだな?」
「⋯⋯塔? 何を言ってるの?」
エレバは理解できないと言った眼差しで男に言葉を問い返した。
「んん。塔は知らない。おかしいな⋯⋯じゃあ何故お前たちが塔のスキルブックを使っているんだ?」
「な、なんの話!?」
「お前たちの力から感じる"それ"は、他の力を見たことある俺でも、"それ"は塔のスキルによって発生するものなんだよな。
だが、お前たちは塔の者ではない。だとすれば、一体誰が何の目的でこんな事をしているのかが疑問だ」
顎に手を当て、男は「んん⋯⋯」と首を傾げる。
「確か最近、アイツらによく襲われてたな。もしかして、アイツらの手の者か」
男の独り言に二人は顔を見合わせ、小声で会議をし始める。
「なぁ、俺が馬鹿だからかもしれないが、塔って知ってるか?」
「私が知るわけないでしょ」
「だよな? 俺が馬鹿だからじゃねぇよな?」
「うん、そのはず。少なくともそんな単語⋯⋯生まれてきて一度も聞いてない」
マックスは先程よりも恐怖心が若干抑えられたのか、考える余裕が生まれた。
とりあえずこの男になった紅里は、人格、情報が違う。俺達の事をまるで知らないようだし、話している事が滅茶苦茶だ。だが、とりあえず言えるのは──
マックスは何度もシミュレーションを重ねるが、結論は変わらない。
"俺達が本気になって勝てるか怪しい⋯⋯いや、無理だ"
だが、殺らなければ、こちらが殺られるのも間違いない。とりあえず二人で作戦を練るしか方法がない。
「なぁお前ら」
「な、なんですか?」
「ジュリウスという男の名前を知っているか?」
「ジュ、ジュリウス⋯⋯ですか?ロシアとかあっちの方の名前ですか?」
「いや、確か正確には⋯⋯ ジュリウス・ノヴァ・シルヴァノ・ザイオン・レオード陛下?だったはずだが」
「いや、全く知りません」
「そうか──」
言い終わる前。男の背後から黄金色の強大な力の波動を纏った矢が男に向かって音速レベルで空間を走り抜ける。
キュオオオ!! とほんの一瞬の事だった。
だが。次の瞬間、男は少し位置をずらし、その矢を手掴みでキャッチしていた。
「うわっ!」
「きゃあッ!」
キャッチはしたものの、男の持つ場所からとんでもない衝撃波が二人に向かって飛んでいく。
「うん? 何だコレ」
裏返してみたり、回したりしたりしている。
するともう一発。
キュオオオ!!
「⋯⋯ふむ。黄金?」
男がキャッチした矢は、異様に輝く黄金製で、その形状と光沢が不自然なほど完璧だった。
「こんなに形状を精密に加工出来る訳がない。金の性質的に、それはとんど不可能なはずだが?」
そんな男の呟きをかき消すように、突然黄金色のオーラが男に向かって突撃した。あまりに強大で、世界そのものを壊してしまいそうな⋯⋯途方もない力の根源。
「なんだ? 今日はツイてるんだか、ツイてないんだか、まるでわからない日なんだが」
男は掌で何者かの攻撃を受け止め、余裕の雰囲気でそう呟いた。対してその攻撃をしている側。
「ふ゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛!゛!゛」
我を忘れた猛獣の如き荒々しい呼吸。
まさか、その猛獣が──眉目麗しい女性だと誰が思っただろうか?
「なんだ?」
男が女を一周目を上から下まで見ると『プッ!』と嗤う。そして続けて下から見上げるように、口角を釣り上げ、煽り口調でこう放つ。
「お前、あれじゃん⋯⋯ジュリウスの隣にべったりくっついていた正義がどうのこうのとか言ってた弓矢女じゃん」
「貴様⋯⋯!! 何゛故゛こ゛こ゛に゛い゛る゛!゛!゛!゛
「あぁ⋯⋯? 俺だって知らねぇよ。勝手にここにいたんだって」
男に受け止める女だが、更に纏う黄金色のオーラが激しくなり、男を見下ろし、そして激昂しながら怒鳴る、ぶつける。
「その神名はたかが人間が簡単に発してはならない気高きお方のお名前。お前みたいな穢れた人間が発していい言葉じゃない!!!!」
「でたでた、たかが人間な。お前たちは何様なんだよクソッタレ女神様よ」
小馬鹿にするような口調で言葉を返す男。
召喚僅か5分。この地獄のような時間がまだ5分しか経っていないが、女は次の瞬間──ある一つのアイテムを掲げ、叫んだ。
『賢者の翼!』
「⋯⋯ん?」
女が掲げると、ビルの頂上の景色とは打って変わって、全く別の場所へと移動していた。そこはただの砂漠地帯。
視界に広がるのは砂塵が舞い、建造物すらも見当たりない名もなき孤独な砂漠。
そんな中で、女は激昂しながら男に言い放つ。
「誰がなんの目的で召喚したのかわかりませんが、貴様のような人間にあのお方の魂を穢すことは絶対に許しません!!」
「俺も知らねぇっての⋯⋯」
ボソッと失笑気味に独り言を言うが、男は煙草に火をつけた。
「お前の名前は⋯⋯確かアイオリアだったか?」
「私の名前を呼ぶな下賎な人間が」
「なんだよ、愛想ねぇな」
数秒の沈黙。男黙って深く一吸いし、続けた。
「まぁ⋯⋯でも良い機会だ」
「何がだ? 人間」
「お前ら『黄金の軍勢』が俺に勝てると思ってるみたいだったから。なら、今丁度良い機会じゃないか?」
口の端を歪める獰猛な笑み。男はサングラスを次元の穴にしまい、もう一度一口吸う。
「お前らな、一言教えてやるよ」
男がそう言うと、周囲が揺れ始める。男の心臓の鼓動に従うように、体から溢れる赤黒いエネルギーが天まで達し、辺りを覆った。
完全に蚊帳の外であるマックスとエレバは、黄金と赤黒いオーラが衝突しているのを、震えながら後方で眺めるしかなかった。
そして、溢れ出る二つのオーラが準備万端となったタイミングで、男は口元を釣り上げ、野獣のような獰猛な笑みを浮かべ、言い放つ。
「あくまでジュリウスという黄金の王がいるからお前たちに恩恵があるのであって、お前たちが強いわけじゃない。どうせ人間様の言うことなんざ聞こうともしない訳だから別に構わねぇが、とりあえず──」
渦巻く赤黒いオーラが少しずつ激しさを増して激流に変わっていく。
アイオリアと呼ばれる女はその見覚えの有りそうな表情に歯軋りをしながら迎え撃とうしていた。
「手始めにお前、俺に勝てるかやってみろ。アビロニアとか言うクソッタレの民共め」




