10話三木の荒野〈3〉
入ると、視界は全くの暗闇。しかし雑魚モンスターの一匹の足音も聞こえず、俺はすぐに闇の中で一度立ち止まった。
なるほど、これは登竜門だな。
立ち止まった俺は内心そう呟いた。
推奨ではなくパーティー絶対と言われているのはこの為か。
視界は光源の一つもない場所。
何処から何がやってくるかわからないダンジョン内。いないと見せかけて、敵がもしかしたらいるかもしれないという懐疑心。
ソロで行くには必要なものが多いというわけか。
だが、俺はオドで何があるか正確にわかっている。ここに敵がいないのも分かっているし、最奥に佇む黒い獣が息を潜めて待機しているのも見えている。ついでにスキルもあるから、全く問題はない
念の為アイテム関連が落ちていないか確認しよう。
確かダンジョンというのは、異世界の実際のエリアを元に複製されたと学者たちは考えていると前に学会で発表したとか何とか言ってたよな?
となれば色々ボス部屋に行くまでに色々落ちているだろ。
今度暇になったら、論文とか勉強しようかなぁ。
無駄口を叩いてないで、探索でもしますかね。
──城の中の構造は至ってシンプル。
全体は分かれてはおらずコの字型、そして入ってすぐの現在地点は母屋のど真ん中。
探索するなら左右どちらからでもいいが、とりあえず左に進む。
「⋯⋯ん?」
オドが一瞬、揺らいだぞ?
オドが揺れる時はいくつかの可能性があるが、ただ揺れているこの場合、何かしらのアイテムがあると教えてくれているのか。
アルカが言っていた。
オドは万物に干渉するが、自我を持っている。優秀な個体なんて関係ない。オド自身が宿主を選んでいると。
俺はオドに感謝しないとな。
君たちのおかげで、こうして探索が容易になっているわけだから。
「揺らいだのはここか」
開けてみると、中は清掃用具などが散乱している雑務をする部屋の様だった。歩く度に何処かの棚からホコリが落ちてきて大変だ。
「クッサ、本当にあるのか?」
隅々まで見回る事数分。
俺は古びた宝箱を見つける。
豪華な刺繍のようなものが施されていて、中にどんな物が入っているか好奇心が湧く。
「ありがとよ、オドちゃん」
一旦インベントリに戻して、そのまま部屋から出る。
それからもしばらく探索を続けた。右側にも進み、しっかりと探索した。
だが、基本的なアイテム以外は見つからず、俺は城に最初入ってきた母屋のど真ん中へと戻ってきた。
何もないど真ん中の場所だが、ここの壁にオドが反応している。構造を最初に見たのが多分この何もないところからダンジョンボスへと挑むということなのだろう。
浅めの呼吸をして何もない壁に軽く触れる。
これで何もなかったら笑いものだが、案の定手はヌメっという感触と共に中へと入ることができた。
「おぉ⋯⋯」
当然真っ暗闇だが、俺の目はしっかりと中の全貌が映っている。
最初の一本道を進み、奥にある丸い形の大きさが多分テニスコート2つ3つ分くらいある決闘場と言わんばかりの空間。
丸い外壁には均等に掛けられて並ぶ中世の蝋燭。
⋯⋯これを見た俺は、これが攻略の鍵なのだとすぐに理解した。
本来の攻略方法は、この大きめの蝋燭に火をつけ、視野を獲得した状態で黒い獣と戦う必要があると。
だが、生憎こっちはそんなつもり無いんでね。
通常の炎ではなく、オド製の炎で点けさせてもらいますよ!
視線を変え、全ての位置を把握した俺は、オドの細かい粒子を飛ばす。全箇所にある蝋燭に対して炎を起こすと、一斉に空間全体へと明かりが灯り、まるで真っ白い空間だと錯覚するように白い炎が暗闇を失くす。
「よぉ、こんにちは⋯⋯ボスさん」
「ウヴ⋯⋯」
目の前には、明らかに弱っている黒い獣──シャドウハウンドがこちらを睨みつけながらソコに姿を現した。
「まぁ、弱点が光の時点で、なんとなく予想はしてたから問題ないけど、イージーゲーじゃん?」
明らかに優勢な状況に、ちょっと失笑した。
しかも、白炎を使ったつもりはないのに、勝手に白い炎になってるし!
オドさんの粋な計らい、感謝いたします!
というのも、明らかに光だけじゃなく、この浄化の炎でシャドウハウンドさんが弱っていると思うからです!
「そう思ったら──なんか急にヌルゲーだわ」
ソコでこっちを一生懸命見つめるシャドウハウンドを見つめ、俺はなんか可哀想になってきて⋯⋯独り言を言い始めてしまう。
もうふらふらじゃん。
立ってるだけで精一杯! みたいな感じじゃん。可哀想に。どうしよう、明らかに勝てると思ってきたら、なんかお腹すかせてるワンコにしか見えなくて仕方がない。
「でも、倒さないといけないんだよなぁ⋯⋯」
ごめん。チートってもっとカッコイイもんだと思ってたんだけど、なんかここまで力の差があると、すげぇつまんなくなってきた。
「バランスって──滅茶苦茶大事なんだなぁー」
その時。一瞬の唸り声がしたあと、シャドウハウンドは決死の覚悟で俺の背後へ回って──上段辺りから爪を振り下ろそうとしてくるのが見えた。
「⋯⋯なるほど」
異様に上がった動体視力は──D+級もF級レベルにしか感じないようだ。
シャドウハウンドの爪は空を斬る。
俺は爪の軌道に合わせてスウェー、躱した反動で腰を捻ってそのまま後ろ回し蹴りを当てる。
「ヴッ!!」
見事にクリーンヒットしたシャドウハウンドが吹っ飛び、外壁にブチ当たってズルズルと壁を滑りながら地面に倒れた。
だが、シャドウハウンドは諦める様子を見せない。
「まだ止めないか?」
懸命に立ち上がろうと気合を入れている。
仕方ない──。
左足を前にして軽く両膝を曲げ、両の拳は軽く握って腰の位置に持っていく。親指は外側に向け、いつでも放てるように軽くする。
「⋯⋯?」
俺は無意識にこの独特な構えをとった。
無意識に蘇る謎の記憶と共に。
───
──
─
記憶の中で男は誰かに全力で叫んでいた。
『たかが人間如きに──!!!』
『やってみろ、名も無き神とやら』
何故だ──
なぜ私はこの人間を圧倒することができない!?
記憶の男は何度も朧気に見える髪の長い男に向かって乱打を繰り返した。
特別この記憶の主が弱いわけではない。
乱打の威力はとてつもないものだった。
一発一発が即死級と言ってもいいだろう。
空振った突きの一撃は暴風を生み、普通ならこの乱打で終わらせる事のできる人知を超えた一撃の連打。
しかし──
『くっ⋯⋯!?』
目の前の男は獰猛な笑みを浮かべて楽しんでいる。全て躱しながら。
何故だ⋯⋯。
何故当たらない!?
『いいか?名も無き神──これが※※だ』
その言葉を最後に、記憶の男^&@-¯=<~-~;~\;*@-^
───
──
─
[決して存在してはいけない記憶です]
[存在してはいけない記憶です]
[存在してはいけない記憶です]
[存在してはいけない記憶です]
[存在してはいけない記憶です]
[存在してはいけない記憶です]
[記憶の断片を強制停止します]
[違和感を失くします]
[代償としてスキル:極真空手Lv7が強制進化を始めます]
[※※※※※記憶の一部が強制介入します]
"息を呑むほどの凄まじい風圧と闘気、そして──その男の見えない拳がやってくる直前、ほんの僅かの刹那の時間、男はボソッと⋯⋯暗闇の中から魅惑にも聞こえる低いがなり声でこう言った"
ダンジョンの副産物であるシャドウハウンドは恐怖した。
独特な構えをした瞬間──金髪の人間の背後に、白髪の男が同じ構えをしながらこちらを見ている。
その鋭い眼光は捕食者の瞳。
⋯⋯本能で感じた。
今からやってくる何かしらの技は、人知を超えかかっているということに。
だが、ダンジョンボスである自分は進まなければならない。
──何があっても。
全力疾走。何があっても、真正面から人間を叩き潰さなければならない。
だが、独特な構えをしている白髪の人間は嗤っている。
両耳に十字架のピアス。
肩まで伸びている綺麗な髪。
金髪の人間とは親子程の身長差。
黒いロングコート。
中は黒いタンクトップ。
ズボンは黒いスキニーパンツ。
途端に入ってくる謎の情報に困惑を隠せないが、私はそれでも突っ込む。
恐らくあの人間の領域に入ったのか、男は静かに口を開いた。目の前にいる金髪の人間と、背後にいる嗤う白髪の人間が同時に。
『極真空手──正拳突き』
「極真空手──正拳突き」
[システム・スキル:極真空手が、不完全な※※流極真空手に進化しました]
シャドウハウンドの肉片すら残らず、煌星の一撃は遅れて空間に響き渡った。
「⋯⋯あれ? 一発で終わっちゃった」
なんか一瞬頭の感覚が変だったけど、何があったんだ?
⋯⋯あ、それよりも!
振り返って奥にある宝箱を拾う。
中身は事前に知ってるし、あとはこれを奪われないようにインベントリにしまうだけだな。
俺はそのままこの空間の探索を終えたあと、ウッキウキで家へと帰るのであった。




