自分を変える最初の一歩を
五回目の8月8日。
何度か同じ日を繰り返しているうち、わかったことがある。
それは同じ8月8日でも「少しずつ違う」ってこと。
たとえば天気。
四回目のときは曇りで、今回は晴れという具合に。
朝ごはんのメニューもそう。赤いウィンナーが三本だったり、四本だったり。
この「ループ」を引き起こしている犯人が『ユガミ』様だとして、わたしや誰かが少しちがう行動をすることで、この世界や未来が変わってくるってことなのかな……?
『一人で悩んで、部屋に引きこもってるとダメさ。どんどん時間も存在も削られちまう。だから誰かと話して、友達になって、遊んで。元気をもらうんだ』
ザシキワラシのルカはそう言った。
彼の言葉を信じてみよう。
あれこれ考えながらも、身支度を整えて朝のラジオ体操へ向かう。
「いってきます!」
引戸の玄関をあけると、夏の空気がおしよせてきた。
湿った空気、木々の匂いにセミの声。きれいに花開いた朝顔に元気なヒマワリの花。空は抜けるように青くて今日も暑くなりそう。
何かを変えるっていっても、自分ができること、身の回りの事しか無理だけど。
それでも少し、今日こそ勇気をもって変えてみよう。
「ラジオ体操、はじめまーす!」
村の広場に行くと、二十人ぐらいの人が集まっていた。
大半は近所のおじいさんとおばあさん、幼稚園児ぐらいの小さな子供達が数人。そしてわたしと同じくらいの年ごろの小学生、男の子と女の子が三人。
今までと変わらない感じ。
広場の向こう側には廃屋のような平屋の旧校舎。
くすんだ窓の向こうにもやもやした闇が蠢いているようにみえた。
「……!」
きっと『ユガミ』様だ。
おもわずあしがすくむ。
怖い……。
でも誰も気にしていないし、見えていないのだろう。
ラジオ体操の開始を前にしてそれぞれおしゃべりしたり、挨拶をしたり。
だれもわたしに気づいてもいない。
存在感が薄いのか、無視されているのもしれない……。
ううん、ちがう。
旧校舎の暗闇の向こうから『ユガミ』さまは見ている。
わたしが失敗し、しょぼくれて小さくなって、怖がるのを待っているんだ。
くそ、まけるもんか。
深呼吸して、勇気をもって。
「お……おはようございます」
声を出してみた。
うぅ、はずかしい。
無視されたらどうしよう。
ぎゅっと汗ばんだ手を握りしめる。
すると、
「おぉ? アンタぁ佐々木さんとのお孫さんかぇ?」
「先日から来てらって、嬉しそうに話してたっけもんなぁ」
近くにいたおばあさんとおじいさんがニコニコしながら気が付いてくれた。
「あ、はい……そうです」
「そうかぇ、子供らぁのいる前のほうさいきなされ」
「んだ、ほらチホぉ、佐々木さんとこのお孫さんやでぇ」
おじいさんが声をかけると、前のほうにいた三人組がふりかえった。
視線がいっせいにわたしに集まる。
「だれー?」
千穂って子だ。
三回目のループで声をかけてくれた、ポニーテールの元気な子。
声を出さなきゃ、声を。
『がんばれ、アオ』
ルカの声が聞こえた気がした。
背中を押されたように、
「あ……アオ、森藤碧!」
出た、声が。
「アオさん? あたしチホ!」
やっぱり千穂って子はわたしを覚えていない。
三回目で出会った事は無かったことになっている。
「こ、こんにちは」
「何年生!?」
「ご、五年生」
「やった! あたしと同じじゃん!」
目をくりくりさせて嬉しそうに笑う。
笑顔がすごくまぶしい。
わたしもこんなふうに笑えたらいいな、とおもう笑顔。
「アオってどんな字? ブルーの青? あたしはね千の稲穂のホ」
やっぱりおしゃべり好きそうで話しやすい。
「青いのアオだけど難しいほうの字で……」
「五年生で習う漢字?」
「あ、習わないかも」
「えーすごいね!」
チホさんは初めて出会ったわたしを、ラジオ体操の輪のなかへと導いてくれた。
「何年?」
すると背の高い男の子がぶっきらぼうに聞いていた。
「えっ、えと5年」
「野球できる?」
「でで、できないよ」
野球なんてしたことないし。
「ちえ、そっか」
残念そうに言うと正面に向き直ってしまった。
でも、男の子とも話せた。
「……サトル、バカじゃないの? いきなりあった子に野球できるかなんて、バカのすることだよ」
「うっさいなマキ! おまえ生意気なんだよ」
「……ふんだ」
マキと呼ばれた髪の短い女の子がふくれっ面をした。
背は男の子の半分ぐらいしかない。
細くて色白で、でもきりっと整った顔立ちの子。すこし物言いと表情がキツイ感じ。
「まぁまぁ! サトルもマキも、いきなりアオさんびっくりするじゃん!」
間を取り持つ千穂さん。
うーん、すごいコミュりょくだなぁ。
『西洋歴……年8月8日、月曜日! 今日も爽やかな朝! みなさんもごいっしょに、ラジオ体操第一はじめます』
雑音混じりのラジオから、音楽と声が流れ始めた。
聞きなれた音楽とともに体操がはじまった。毎回同じように、体をほぐしながら空を見上げたり地面を見たり。
でも景色が違う。
わたしの左右には同じ年頃の子供たちがいる。
『両手を広げて、ジャンプ、ジャンプ♪』
ラジオ体操が終わり、参加した子供達に参加の印、ハンコを押してくれる段になった。
「はいはい、ならんで―! おぉ君が、佐々木婆さんのとこのお孫さんか?」
日焼けした大人のひとがハンコを押してた。
このひとは、千穂さんのお父さん……なんだよね?
「はい、アオといいます」
わたしは自己紹介をした。
「夏休みだもんな! アオちゃん、うちの千穂と友だちになってくれると嬉しいな」
ハンコ係の日焼けおじさんは、ハンコを押し終わって集まっていた千穂さんに声を変えた。
「うん、もうさっきお話したから知ってるー! こっちこっち」
千穂さんがわたしに向かって手をふった。
日焼けした顔、長い髪をポニーテールに結った髪が揺れる。
「あっ……うん」
すこし遠慮しながら三人組のほうに近づく。
ラジオ体操は終わり、大人たちもおしゃべりしたりあちこちで輪ができている。
今までの「ループ」ではいつもわたしはこの時なると、おばあちゃんの家に逃げるように帰っていた。
こんなことは初めてだった。
ラジオ体操で身体を動かしたせいか、心臓がドクドクいっている。
肺いっぱいに朝の空気を吸い込んで、目の前で光がチカチカする。
「ねぇアオさん、今日いっしょにくる?」
いきなり千穂さんがわたしの顔をのぞきこんだ。
えっ、何に? なにをするの?
「……私の虫取り」
「いい場所しってんだ」
マキという子と、サトルという子は言葉がすこし不足しているというか、よくわからない。虫取りにさそってくれているのかな?
「んとね! 昆虫採集して調べて、夏休みの宿題に書くんだよね、マキ!」
千穂ちゃんはすかさずフォローした。
「昆虫採集……!」
なるほど、楽しそう。でもわたし実は虫が苦手なんだよね……。
でもここで断ったらそれこそ空気読めないというか、友だちになれない。
「マキは四年生なの。んで、このでかいサトルが六年。ふたりは従兄妹なんだよ」
「そ、そうなんだ」
似てないというかサイズが違う。
4年生にしては小さめのマキさんと、6年生にしては大きなサトルくん。
「よし、じゃぁ9時ぐらいに準備して、ここに集合ね! アオさんもいい?」
えっと、これわたしも参加する流れ……だよね?
「い……いいよ」
「んじゃきまり! またね!」
「……うん」
「じゃぁな!」
三人はそれぞれバラバラのほうに帰っていった。
「……はぁ」
嵐のような時間だった気がする。
なんだか今までの朝のラジオ体操とは違う。
帰り際、視界の隅に旧校舎が見えた。こわごわと濁った窓のほうに視線を向けたけれどそこに『ユガミ』様らしきモヤモヤはいなかった。
ラジオ体操が騒がしくて逃げたのかな……。
とりあえず、おばあちゃんの家に帰って朝ごはん食べよ。
なんだかすごくお腹が空いた。
それに9時の約束に間に合わせなきゃだ。
<つづく>