援軍? ザシキワラシの瑠夏(るか)
「ざ、ざしきわらしが助けに……来た?」
それって、助けになるの?
「そうだよ、感謝しろよ」
「わたしが君を……呼んだの」
ザシキワラシを?
なんで?
おばあちゃんの家に昔からいたって……そんなバカな。
「アオさぁ、お前……オレのこと信じてないな?」
わたしの考えを見透かしたように、ザシキワラシの瑠夏は目を細め、不満げにくちびるをとがらせた。
「し、信じるも何も! いきなりザシキワラシだとか信じろってほうが無理でしょ」
「無理かなぁ? だってアオは困ってるんだろー?」
「う……まぁ」
困っている。
たしかに、困ってるよ!
夏休みの8月8日がループして繰り返して抜け出せない。
誰に言っても助けてもらえなくて……だから。
泣きべそをかいてしまうほど、困っている。
そして瑠夏はわたしが困って助けを求めた声を聞いたのだろうか?
「だからオレが来てやったの、わかる?」
「……うん、まぁ」
ザシキワラシの瑠夏。
この子は本当にザシキワラシ?
なんかこう……幽霊や妖怪感が無いというか、普通の子っぽすぎない?
怖いとかも全然思わない。
話しているうちにむしろ落ちついてきた。
本当なら不審者だし不法侵入のはずなのに、警戒心が消えてゆく。
「アオが困って泣いていたからさ。赤ちゃんの時みたいに」
「な、泣いてないもん!」
「泣いてたろ。オレおまえが赤ん坊のときから知ってるんだぜ」
「うそ」
「うそじゃねぇよ。三歳ぐらいの時に、庭の柿の木から落ちて泣いてただろ」
「えっ……!?」
わたしは驚いた。
たしかにおばあちゃんの家で遊んでいた幼いころ、庭には大きな柿の木があって。
木に登って幹から滑り落ちた記憶がある。
痛くて、ビックリして泣いて……。
そこへ誰か……お兄ちゃん来てくれた。
『バァちゃん呼んできてやるから、泣くな』
あの時は大きなお兄ちゃん……ぐらいに思っていた。
でも、その助けてくれた「お兄ちゃん」は誰かわからなかった。
あれが瑠夏という、目の前の子だとしたら……。
何年も前の、わたしとおばあちゃんぐらいしか知らない事件のことを知っているなんて。ってことは、本当に……。
「な? 信じる気になったか?」
「う……うん」
「少し大きくなったみたいだけど、すぐに泣いてるってのはわかったぜ」
「えぇ……?」
なんかすごいこと言ってる。
まって、じゃぁ瑠夏は何歳なの?
「今回もちょっと助けに来たんだ」
「……わかった。信じるよ。でもでも、なんかこう色々なことがありすぎて……あたまがごちゃごちゃ、混乱してるの!」
頭を抱えて「うーっ」てしたい。
「まぁおちつけ、そこ座れよ」
「な、なによえらそうに」
ここおばあちゃんの家なんですけど!?
ルカはまるでじぶんの家みたいに「我がもの顔」だ。
まぁ彼が本物のザシキワラシなら、確かにここが「棲みか」なのだろうけれど。
わたしはちょっとムッとして、自称ザシキワラシのルカ反対側に腰を下ろした。木のローテーブルを挟んで、向かい合う。
「で? 困ってるのって、アレだろ」
瑠夏は親指を外のほうにくいっと向けた。
「えっ……?」
居間には大きな両開きのサッシがある。
今は開け放していて、外のお庭が見える。庭木と夏の花々と、家を囲う生垣と。
そして、モヤモヤした「しんきろう」みたいなモノが生垣の向こうをゆっくりと動いていた。
「ひっ!? な、何」
まさか、まさか。
「アレな、聞いてるだろ? この辺に棲む迷惑系のあやかし」
迷惑系あやかしって……。
「……『ユガミ』さま?」
思わず小声になる。
もう家の周囲に来ているなんて。
いまにも家に乗り込んできそうで怖い。
「そうソレな。オレはあんまその名を口にしたくないからさ」
ウェーと舌を出して肩をすくめる。
いちいちオーバーリアクション。
子供っぽいというか、外国人みたい。
ホントに日本古来の妖怪、ザシキワラシなの?
「あのオバケみたいなのが……私をねらっている?」
「あぁ。アオの身の回りで何か変なこと、起こってるんだろ?」
瑠夏はテーブルの中央に身を乗り出してきた。
髪とか目とか、普通の人間にしか見えない。
息遣いも感じられる。
でも、この人は信じられる。
あの『ユガミ』さまのことも、わたしの身の回りに起きている『ループ』のことも話してもいいって思える。
「あの、信じてもらえないかもしれないけど……時間がループしているっていうか、繰り返してるの。今日……8月8日を何回も、ぐるぐる」
「カッケェ!」
瑠夏は目を輝かせてのけぞった。
まるで凄い話を聞いたみたいにパンッと手を合わせる。
「かっこよくないよ!」
わたしは思わず声をあげた。
「だってすげーじゃん。時間ループか!? オレの知ってる陰陽道や古式魔術にだって、そんなのはねぇぞ? あのモヤモヤした怪異、そんなことまでできたのかぁ。やべぇ奴だな」
なんだかめっちゃ感心している。
腕組みをして、ふーん、そうかーという顔。
「いや、あのさ、感心してる場合じゃないっていうか」
だんだん心配になってきた。
瑠夏はわたしを救いに来た……んじゃないの?
「で、アオは時間ループ何回目?」
「え、あ……四回目」
「だんだん間隔が狭くなってる?」
「そう! そうなの。だから怖くって」
「ははぁ、理解したぞ。そういうカラクリか。あの『モヤモヤ』はさ人間の『存在』そのものを少しずつ喰うヤツなんだ」
瑠夏はペラペラとしゃべりながら、外にいる『しんきろう』みたいな塊を指さした。
お願いだからやめて、気づかれて襲って来そうで怖いんだけど……。
「存在……そのもの?」
「あぁ、とくに子供の存在を喰らう。認識している世界を削り、元気を失わせ、目をふさぎ、耳を聞こえなくして……。最後は歩けなくして、不治の病にして……天井からガブリ……」
「いやぁあ!? 怖い、怖すぎでしょ!」
冗談じゃない。
めっちゃ危険な怪物、もものけとか妖怪とかそんな可愛いモノじゃない。
「慌てんな、アオはまだ最初の段階、HPとSAN値をジワジワ削られている状態だな」
「HPとSAN値って……?」
「は? 知らねぇのかよ現代っ子のくせに。ゲーム用語だよ」
「ザシキワラシがゲーム用語って……」
あぜんとするわたしに瑠夏は得意げに説明する。
「いいか、HPはエッチピー、ヒットポイント。つまり『体力値』のこと。これがゼロになると立ち上がれない。もうひとつのSAN値はサンチっていって『正気度』のこと、これがゼロになると狂うんだよ。ジョーシキだろ」
「知るかー!」
ホントに大丈夫なの、このザシキワラシ。
<つづく>