ターニング・ポイント
『8月8日、月曜日! みなさんおはようございます!』
元気な女性アナウンサーが挨拶した。
画面には8月8日の文字。
四回目のループ!?
なんで……どうして?
四度目の8月8日がやってきた。
「そんな……」
わたしは座り込んだ。
一週間たってないのに。
たった三日でまた振り出しに戻ってしまった。
四度目の8月8日……そこで気がついた。
ループの間隔が短くなっているってことに。
前は5日でループを二回繰り返した。
でも今回は3日でループしたことになる。
しばらく、部屋でぐるぐる考えたけど、どうしようもない。
誰かに助けを求めてもダメ。わかってもらえない。
相談しても頭が変だと思われるだけ。
どうしよう。
どうすればいいの?
四回目の8月8日月曜日、その朝はラジオ体操にも行かなかった。
部屋にこもって、考えつづけた。
でも答えなんてみつからない。
前に三回くりかえした月曜日と違って、空は曇りで蒸し暑かった。
「アオや、朝ごはんだよ」
「あ、うん……食べる」
おばあちゃんが心配するので朝ごはんを食べて、なるべく普通にふるまった。
でも部屋に戻ると、涙がこぼれた。
目の前が歪んで、暗くなる。
「うぅ……どうしよう」
怖い。
はじめてすごく怖い、と思った。
今までは「なんとかなる」「間違いかも」と思いこもうとしていた。
だけど明らかに変だし、おかしい。
時間のループが狭くなっている。
わたしの周りの世界が徐々に小さくなっていくような、失われていくみたいに。
足下の道が後ろから崩れてくるみたいな恐怖。
誰かが、何かが、私に「意地悪」をしている?
窓の外を見ると曇り空の向こう、黒々とした森の根元がグニグニと歪んで見えた。
「……?」
慌てて目をこすると、霧のようなものだった。
もしかして『ユガミ』さま、だろうか?
わたしに段々近づいてきてる?
まさかね。気のせいだよ……。
そう自分に言い聞かせて本を読んだり、宿題をやろうとしたりしたけど手につかなかった。
もし、明日また8月8日だったら?
わたしは「閉じ込められた」みたいになる。
永遠に8月8日を繰り返すの?
そんな夏休み、楽しくもなんともない。
いやだ、そんなの嫌……!
誰か……。
誰でもいい、助けて。
怖いよ。
誰か……。
涙があふれてきて、泣いてしまって。
わたしはいつの間にか眠ってしまったらしい。
はっと気が付いて目をこすり、畳から身体を起こす。
部屋を見回して、机の上の時計を見る。
暗くてドキッとしたけれど、時間はまだ昼まえの10時。
外は今にも雨が降りそうに暗い。
風が止まり、風鈴の音も聞こえない。
セミの声もなんだか遠い。
明らかに今までの8月8日とは違う。
天気も、何もかも。
「あつい……」
のどが乾いていた。
麦茶でも飲もう……。
わたしはフラフラした頭のまま、部屋を出て台所に向かった。
冷蔵庫をあけて麦茶を飲んで、ひといき。
でもそこで音に気がついた。
居間のほうから気配がすることに。
青白い光が、暗い居間のほうで明滅していた。テレビがついている? テレビの特有の音がする。
「……おばあちゃん?」
返事はない。
どこかに出かけたのかな?
じゃぁテレビをつけっぱなし?
まさか、どろぼうとか?
緊張しながらそっと居間を見回す。
畳と四角いテーブル、大きなサッシと庭の風景が見えた。
そしてテレビの前に、ひとりの男の子がいた。
だ、誰!?
と思ったけれど声が出なかった。
その子は勝手にゲーム機のコントローラをいじっていて、画面に『集まれアニマルの森』のキャラメイク画面をいじっていた。
「うーん? 武器は? ないのか……」
男の子は黒髪でタンクトップにハーフパンツ。色白で腕や肩が細かった。
わたしと同じぐらいの、むしろすこし年下だろうか。
すこし冷静になったわたしは、勇気を出して声をかけた。
「あっ、ちょっ……だれ?」
「うわ!?」
「わぁ!?」
驚いたのはわたしのほう。
でも向こうも振り返って、思いっきりビックリしていた。
コントローラーを握ったまま、わたしを見て目を丸くする。
「なんだ、アオか。脅かすなよ」
「えっ? えっ?」
なんでわたしの名前を?
そして呼び捨て?
なんで、誰コイツ?
すこしパニック気味で口をパクつかせるわたし。
男の子はコントローラを手放すと、四角いテーブルにひじをついて顔を向けた。
「面白いの、これ?」
「面白いよ」
ってそうじゃないでしょ、わたし。
聞くべきことはもっとある。
「だから、誰? どこの子?」
「オレ? この家の子だよ、まぁ『ザシキワラシ』ってやつ?」
「ざ……」
ザシキワラシ!?
「ザシキワラシ」
「名前が、ザシキワ・ラシ?」
「ばーか! ちがうよ! 妖怪とかあやかしとか、おまえらそう呼ぶだろ? そっちのザシキワラシ」
「え、えぇ……?」
なにこれ、何の冗談?
丸くて大きなキラキラした瞳。
すっとした眉に、ちょこんと小さな鼻と口。
髪はさらさらで可愛い感じのする男の子。
なんていうか……クラスにはいない感じのピュアで、自然な、そこにずっといたような、不思議な雰囲気がある。
「オレの名前は『瑠夏』(ルカ)、ルリ色の夏って字な」
つらつらと自己紹介をする。
見た目と違って、なんだか子供っぽくない口調。
「ルカ……は、どこの子?」
もう一度確かめてみる。
どうみても普通の子だし。
わたしよりひとつかふたつ、年下に見えた。
近所の子が勝手に上がり込んだのかもしれない。
だっておばあちゃんの家やこのあたりの家々は、昼間は鍵をあけっぱなし。
街じゃ信じられないけど、近所の人しか歩いていないからっていうけど、不用心だから。
「だからさ、オレはずーっとこの家に棲んでるの。アオの母ちゃんも、バァちゃんも、オレと遊んだんだぞ?」
どうだ!? と言わんばかりの顔で腕組みをする。
ホントか嘘か、ちょっと信じられない。
けれど、ちょっとおばあちゃんの言っていた『ザシキワラシがおるでぇ』という言葉が頭に浮かぶ。
じゃぁ、この子が?
家のザシキワラシ?
「し、信じられないけど……」
「信じる信じないはどうでもいいけどさ。でも、オレを呼んだのは……アオじゃん」
真剣な眼差しを私に向ける。
不思議な、瑠璃色みたいな、宝石がちりばめられたみたいな瞳。
きれい、とおもってしまった。
「わたしが……?」
「そう、誰か助けて……って」
「あ……!」
そうだ。
確かに、わたしは祈るように、願うように。
誰かに助けを求めたんだ。
「だからオレが来た」
「ざ、ざしきわらしが?」
<つづく>