起こりはじめた異変
自由研究をしなきゃいけない。
午前中の早い時間はすこしだけ宿題のドリルや問題集を進めて、そのあと家のまわりを探検して、スケッチすることに決めた。
夏休みの一週間が「ループ」しているからって宿題をサボっていいわけじゃない。
ノートのはじっこに夏休み「ループ」の日数を計算してみる。
最初の七日間、次の七日間、そして三回目ループになった今日。
合計15日間も続いていることになる。
夏休みの一週間をぐるぐる繰り返しているのは、なんだか得したような、損したような、不思議な気もちになる。
だけど今朝の「変化」は何か意味があるのかな?
もしかしてループが今日で終わったのかもしれないと期待してしまう。
やっぱり真面目に宿題だけはしておいたほうが良さそう。
わたしは心の中で「ループ」がずっと続くなんて思っていない。きっと何かの間違いだし、何かのはずみで元に戻るかもしれない。
昨夜、お母さんとスマホで電話をしてお話した。
元気? ご飯食べてる? という簡単な会話。
そのついでに「夏やすみの一週間がループしている」って相談しようかと思ったけど……やめた。
どうせ話してもわかってもらえない。
お母さんは仕事で忙しいし、マンガの見すぎよって叱られそうだし。
だけど、いろんなことに詳しくて理解のあるお父さんはちがう。
メッセージでそれとなく『時間ループに巻き込まれたらどうすればいいの?』って相談してみた。すると『面白い話だね! でも巻き込まれた本人、たとえばループしているアオ以外、誰もループしているって気づけないよ』返された。
なるほど、と思った。
さすがお父さん頭がいいなぁ。
ちゃんと考えてくれて嬉しかった。けど実は同じメッセージを二回わたしは見ている。
お母さんとの会話も一字一句同じ。つまりお父さんもお母さんも「ループ」しているのだ。
わたしだけが「ぐるぐる同じところを回っている」んじゃなくて、世界そのものが繰り返しているんだ。
それに学校の友達、ハルちゃんにメッセージを送った。
二回ほどとも返ってきたメッセージは同じ。
寝ぼけているって思われた。
けど『アオはねぼけてる? 夢を見てるとか』っていうのも、ヒントみたいに思えた。
ぜんぶ夢で、寝ぼけているだけ……とか?
算数の練習問題や国語の漢字練習ドリルをしながら、頭の中であれこれ考える。
時間も宿題もなかなか進まない。
「……つかれた」
ようやく午前10時になって、宿題をやめることにした。
冷蔵庫で麦茶を飲んで、冷やしていたスイカを持ち出して縁側に座って食べる。
おばあちゃんが自分の家の畑で育てたスイカは甘くて美味しい。いくらでも食べ放題だよなんて言ってくれるけど、流石にいくつもたべられないよぉ。
「ぷっ」
庭先にスイカのタネを飛ばしてみる。こんなこと家のマンションのベランダでしたらしかられる。でもおばあちゃんの家なら平気。
飛んでいったタネは地面に落ちて、やがて黒いアリンコさんが寄ってきた。
「おー? タネなんて美味しいのかな?」
観察していると小さなアリたちがみんなでタネをどこかに運んでゆく。
そうだ、アリの観察日記なんてのおいいかも。
ここで観察できるし。アリさんの家族のくらし……とか。
でも、男の子が同じような研究をしてきそう。カブトムシとかクワガタとか、みんな大好きだもんね。
やがて暑くなってきた。
朝とは違うセミがジージー、ミーンミンとと鳴き始めた。
前髪を青いピンでとめて、麦わら帽子をかぶる。
おばあちゃんの家から出て、近所の様子を見て回ろう。
なにか見つかるかもしれない。
そんな淡い期待をこめて。
小さな冒険へ!
メモやスケッチができるように、ノートと鉛筆は肩にかけるトートバッグにいれて出発する。
最初の8月8日も、次の8月8日も、ずっと家にいて家の外に出ていなかった。テレビをみてゲームをして過ごしていた。
今朝のラジオ体操から感じた「小さな変化」への期待。
そのせいか何かちがうことをしてみたくなった。
おばあちゃんの家のまわりは森を切り開いた広いお庭になっている。
さっきまでスイカを食べていた縁側の前には家庭菜園があって、スイカが実ってゴロゴロころがっている。それ以外の庭の様子は、ひまわりやしおれたアサガオ、鮮やかなフロックスが群生し庭を花で埋め尽くしている。
庭を通りすぎて敷地の外へ。舗装されていない踏み固められた細い道だ。
「木陰がすずしい……」
両脇に大きな何かの木があって、木陰をつくっている。セミの棲み処になっているのか、すごく沢山のセミがジージー、ミンミン、ギィギィとうるさい。
「あ、セミのぬけがら!」
太い木のみきには、茶色くてカラカラのセミの脱け殻がくっついていた。
家のまわりでも見かけるけれど、おばあちゃんの家の前の木についているセミはなんだか立派な気がする。手を伸ばして……やめた。
持ち帰っても困るし男の子みたいだし。
わたしはあまり気にしないけど、他の女子はたいてい虫やセミを「キモイー」「きゃぁ」というから。
道を下るように歩いてゆくと小川が流れている。
農業用の水路、草のしげった川で水はきれい。
5メートルほどの長さの小さい橋がかかっていて橋のまんなかから、川を見下ろしてみる。
小魚が泳いでいるのがみえた。メダカかな?
教室で飼っているメダカより大きくて黒くてすばしっこかった。
振り返るとようやくおばあちゃんの家が見渡せた。赤くくすんだトタン屋根、北側は壁のようにそそりたつ杉の林がある。あれは風を防ぐための「防風林」というものらしい。
あっ、そうか!
こういうのをメモしたほうがいいのね。
「自由研究、自由研究っと」
メモメモ。
夏休みの宿題のなかでは一番たいへんそう。
いろいろ調べて、考えをまとめて、書き上げなくちゃいけないから。
調べるのは「おかあさんおとうさんの子供のころのこと」だ。
おばあちゃんの家にいるうち、お母さんがどんな子供だったか聞いて、どんな暮らしをしていたか、いろいろ調べなくっちゃならない。当時の暮らしを調べて、家のまわりもスケッチして。うーん、めんどうくさい。
もうすこし観察する。
おばあちゃんの家は小高い丘のようなところにあるので、集落全体が見渡せる。
周囲を見回すと青々とした稲が風にゆれる田んぼと、キュウリが沢山ぶら下がった畑に囲まれている。少しはなれた場所にとなりの家の青い屋根、家と家の間隔がとても広い。
家と家がはなれている。
街のように家がきれいに並んでいない。好き勝手なほうを向いて、好き勝手な位置に家を建てたみたいに点在していた。
毎年来ていたはずなのに、いままでどうして気がつかなかったのかなぁ。
これは発見かも。
メモしておこう。
おばあちゃんの田舎は「何もないわよ」とお母さんは言っていた。
けど、わたしにとっては発見と驚きの連続だ。
いろいろなことが気になりはじめる。
隣の家が遠いと、静かでいいけど、寂しいとか、不便なこともあるんじゃないの?
うーん、あとでおばあちゃんに聞いてみよう。
道にそって歩いていくと、赤やピンクのタチアオイが群生してきれいだった。
半透明の花びらが茎にそって背を競うように咲いている。
畑には、何故かわたしより背の高いヒマワリが一面咲いていた。
「きれい……!」
元気なヒマワリをこんなにどうして植えているのかな?
花だんって感じでもない。
まるで作物みたいにひまわりの畑になっている。
不思議なことをメモしながら、やがて三つの道が交差する道に出た。車が通る舗装された道だ。
左右を見回しても車は一台も走っていない。遠くを軽トラがトコトコ走っているのが見えただけ。
曲がりくねった道の先は、黒々と深い森の木々の向こうにすいこまれている。
道端にはお地蔵さまの小さな「ほこら」があった。
優しい顔のお地蔵さまの前には、ナスとトマトが供えてある。
「お野菜、好き?」
可笑しくて思わず話しかける。
と、目のはじっこで何かが動いた気がした。
何?
なんだろう?
違和感がある。
アスファルトの向こう側、ずっと向こうに「何か」がいる。
犬? 猫? ううん、違う。
熱せられた道路の上で、空気がユラユラとうごめいている。
「……えっ?」
心臓がぎゅっとなった。
向こう側の景色がすこし「歪ん」で見えた。
しんきろう、カゲロウ? 太陽の光で熱せられた空気がレンズみたいに何かを見えないように隠している。
歪み――ユガミ様だ!
怖くなって、わたしは走り出した。
おばあちゃんの家に向かって。
走って逃げるとすぐにヒマワリ畑がにわたしの姿をかくしてくれた。
タチアオイの花たちに隠れながら後ろを確かめる。
「はぁ……はぁ」
ユラユラした歪んだ「何か」は追いかけてはこなかった。
しんきろうみたいなモノだった。
でもあれは……きっと『ユガミ』さまだ。
家の前の橋まで戻ってきたとことろで立ち止まり、息を整える。
おばあちゃんが言っていた『ユガミ』様?
怖い、何かだ。
子供を狙う何か良くないもの。
そのまま家に戻り、その日はずっと本を読んだりゲームをしたりして過ごした。
三回目のループ、8月8日月曜日は少しの変化をわたしに見せて、そのあとは夕方となり、同じような夜となった。
そして翌日。
8月9日、8月10日とわたしは二回目と同じように、何事もなく家で過ごした。ラジオ体操に千穂さんは来なかった。昼すぎにおばあちゃんの運転する軽自動車で町のスーパーに買い物にいったり、途中でアイスを買ってもらったり。
8月9日も10日も、以前と同じ変化のない火曜日と水曜日だった。
けれど、実はいままでとは違う大きな「異変」が起こっていた。
「えっ!? なんで……どうして」
朝、テレビをみて言葉を失う。
元気な女性アナウンサーが挨拶する。
『8月8日、月曜日! みなさんおはようございます!』
四回目のループ……!?
四度目の8月8日がやってきた。
「そんな……」
わたしは座り込んだ。
一週間たってないのに。
短くなっている……。
わずか三日でまた振り出し、8月8日に戻ってしまったのだ。
四度目の8月8日に。
<つづく>