何も困らないはずだったけど……
「ラジオ体操、はじめまーす!」
村の広場に行くと、二十人ぐらいの人が集まっていた。大半は近所のおじいさんとおばあさん、幼稚園児ぐらいの小さな子供達が数人。そしてわたしと同じくらいの年ごろの小学生、男の子と女の子が三人。
小さな田舎の地区なのでみんな顔見知りだろうし、わたしは話の輪に入れそうもない。
目立たないようにそっと、後ろからおばあさんたちの集団に紛れ込んだ。広場のはじっこ、小学生の男女でおしゃべりしている反対側。
「……あれ」
「……だれ……」
けれど目ざとい女の子がいた。髪をひとつにまとめた女の子だ。わたしのほうをチラチラ見て、となりの子とヒソヒソ話している。
うぅ嫌だなぁ。
どうせ余所者だ、見たことのない子がいる……って話しているのだろう。
それに、この光景は三度目だ。
すでに二回「8月8日のラジオ体操」で同じ経験をしている。二回目のループの時もほとんど同じだったから覚えている。
でも、地元の子たちは何年生なのかな?
五年生だったら同じだけど……。
でも知らない子にわたしから話しかけるのは無理。そんな勇気はないし、冷たく無視されたらって思うと怖くて話しかけるなんて出来そうもない。
いままで二回ループしたけど結局は話しかけずじまいだった。
翌日から来ない子がいたり、バラバラで地元の子が三人揃っていたりするのは月曜日だけなのに。
今回もまた知らないふりをしていよう。
『皇記……年8月8日、月曜日! 今日も爽やかな朝です! みなさんもごいっしょに、ラジオ体操第一はじめます』
雑音混じりのラジオから、音楽と声が流れ始めた。
聞きなれた音楽とともに体操がはじまった。
固い身体をほぐしながら動かし、空を見上げたり地面を見たり。
なぜ夏休みに早起きして体操なんてするのかわからない。けれど、お母さんお父さんの時代から続いているらしい。
わたしは参加のハンコが揃うと嬉しいから、仕方なく出ている感じだけど……。
『両手を広げて、ジャンプ、ジャンプ♪』
広場は乾いた地面と、芝生がまだらになった校庭みたいな場所だ。どうやら廃校になった小さな分校の跡地らしく、平屋で横に長い木造の建物がみえる。
集会場の看板があるけれど、建物はとてもボロくてまるでオバケ屋敷みたい。暗い窓の向こうに誰かがいるような気がして思わず視線をそらす。
ラジオ体操はすぐに終わり、元気な大人のひとが、参加している子供達に参加の印、ハンコを押してくれる段になった。
「はい。あれ……君、佐々木婆さんのとこのお孫さんか?」
日焼けした大人のひとがハンコを押してくれるとき、そういった。
わたしは静かにこくりと頷いた。
「夏休みだもんな! 何年生?」
個人情報です。
知らない人には教えちゃいけないルールで、
「おぉ五年生か! 佐々木の婆さんもしばらく寂しくないな。おぃ千穂! この子もお前と同じ五年生だぞー!」
って、なに勝手にわたしの個人情報を!?
おじさん、ラジオ体操カード見て言いふらさないでよっ!?
驚いて慌てたけれど、ハンコ係をしていた日焼けおじさんは悪びれる風もなく、後ろにいた子供達に声をかけた。
「五年!? やっぱりね、当たった!」
ちほ、と呼ばれた女の子が駆け寄ってきた。
おじさんと同じように日焼けした顔、長い髪をポニーテールに結った元気そうな女の子だ。
「あっ……あの」
咄嗟に何もいえず、わたしの目の前に女の子が走り込んできた。
「サトルとマキとね、あの子何年? どこの子ーって話してたんだー!」
大きな目、太めの眉にニッと笑うと目立つ大きな白い前歯。元気な女の子が興味津々でわたしの顔をのぞきこんでくる。
「えっ、あっ……そうなんだ」
「ねぇ! どこ小?」
「えっと……東第二小学校」
「東第二? そんなのあったっけ?」
ちほという子が首を捻ると、またしてもオジサンが割ってはいってきた。
「佐々木の婆さんとこのお孫さんだべ? 確か……娘さんが仙台かそっちに嫁に行ったはずだから、大きな街の小学校だべ」
「あーなるほど、街の子ね!」
なにがなるほどなのか。
個人情報がダダ漏れで怖すぎる。これが田舎、隣近所のことをみんな知っているという話だけど本当だった。
「名前は!? あたしちほ、千の穂ね」
千穂、かわいいなまえ。
ていうか元気だなぁ。
三度目のループで初めて話した。話すとなんだかとてもおしゃべり好きそうで話しやすい。
「わたしは、碧。青いのアオだけど難しいほうの……」
「五年生で習う漢字?」
「あ、習わないかも」
「えーすごいね!」
すごいんだ。
彼女は楽しそうに笑う。
わたしもこんなふうに笑えたらいいのにな。
先生に以前「碧さんはもう少し積極性をもちましょう」と言われたことがある。
積極性ってなんだろう?
正直よく分からない。
学校やクラスでは、自分なりにがんばっているんだけどな……。
授業でもっと手をあげて質問するとか、普段話さないクラスの子に話しかけてみるとか?
そんなの無理。なんだか恥ずかしいし、めんどくさいって思ってた。
わたしはべつに今のままで困らない。
だから夏休みが「ループ」してても、別にいいかなって思っていた。
ずっと夏休みが続く。
本当なら学校にも行かなくていい。クラスメイトに会えないのは寂しいけれど……。
でも少しだけ変化した。
三度目のループではじめて。
同じでもいい、何も困らないはずだったけど変化がこんなに嬉しいなんて。
「千穂! 行こう、遊ぶ約束でしょ」
「あー、うん。ごめんマキ、いまいくね」
向こうで別の女の子が呼んでいる。
「じゃね! またあした」
千穂さんを呼んだマキという子は、わたしをチラリと見て、そして駆け寄った千穂さんともうひとりの男子を連れてどこかへ行ってしまった。
「……はぁ」
ひとり取り残されたわたしは、きゅうに恥ずかしくなった。浮かれてしまってバカみたい。もと来た田んぼの畦道を、お婆ちゃんの家へ急いで逃げ帰った。
<つづく>