ずっと続きますように
◇
8月13日、土曜日。
今朝は朝から雰囲気が違っていた。
「今日から迎え盆だからねぇ」
「お盆……?」
あたりまえのように来た朝は、お盆の始まりの日だった。
そしてわたしは「ループ」を脱出したことを確信した。もう8月8日から12日までを繰り返すこともないって、そう思えた。
「ご先祖さまの霊が帰ってくる日だけぇ」
おばあちゃんは早朝から仏壇を掃除して、いつもより多くのお花を飾った。わたしはキュウリとナスに脚をつけた飾りをつくるのを手伝った。
「これは精霊馬と精霊牛って言うんだよ、大切な霊が馬で早く戻ってこれるように、帰りは牛でのんびり帰るように……っちゅう意味じゃけぇ」
「へぇ知らなかった。あ、おばあちゃんの大切な霊って……おじいちゃん?」
「……そうだねぇ」
仏壇を見つめるおばあちゃん。やっぱり嬉しいのかな。
朝のラジオ体操に行くときから、里じゅうがなんだか慌ただしくて、どこか神妙な雰囲気だった。
家の前に七色の紙を吊り下げ、道端に竹をたてて提灯をぶらさげる。わたしもなんだかワクワク、そわそわする。
気がつくと午後4時をまわっていた。遠くから太鼓や笛の音が聞こえてきた。
「アオや、浴衣に着替えるけぇ?」
「うん!」
おばあちゃんが用意してくれたのは、青い朝顔の描かれた水色の浴衣だった。
とても可愛い! お母さんが小さい頃着ていたものだって教えてくれた。
「めんこい(※可愛い)ことぉ」
着替えたわたしを見ておばあちゃんは目を細めた。仏壇にお祈りをして、わたしは盆踊り会場となる神社へ向かう。
「約束があるの、チホちゃんたちと」
「そうけぇ、気ぃつけてなぁ」
神社は周囲を水田に囲まれている。鎮守の森が黒々として稲の海にうかぶ小島みたい。
通じる一本道は道ばたに提灯が無数にぶら下がっている。近づいてゆくと独特のリズムの太鼓と笛の音が大きくなった。
昼間の熱気がまだ残っている夕暮れ。
カナカナ……とひぐらしが鳴いていた。山の稜線に沈む太陽は、オレンジ色から青へグラデーションを描いてゆく。
「……なんか、すごい」
夏の夜の訪れの予感にワクワクする。
「アオちゃーん」
「……アオ浴衣かわいい」
「チホちゃんマキちゃんも、浴衣かわいいね!」
わたしたちは約束の場所で落ち合って、可愛い! とお互いを見てはしゃぎまわった。
「お前らも来てたのか」
サトルくんと6年生男子数人が通りすぎてゆく。
「もちろん! またあとでね」
「あぁ!」
チホちゃんとサトルくんは会話を交わしていた。あとでってなに? えっ、デート?
「アオちゃん違うよ! あとでみんなで屋台に集まってあそぼって。マキもいっしょだからね!」
「なぁんだ」
「……マキ、金魚すくいやりたい」
「いいね! アオちゃんもいこっか!」
「あっ……先にいってて、わたしちょっと用事思い出して」
「アオちゃん? うん、わかった! すぐ来てね」
チホちゃんたちは先に進んでいった。
『……』
神社に向かう手前、道端のお地蔵さまの横に、あいまいな姿の少女が佇んでいる事にわたしは気がついた。たぶんマキちゃんも気づいていたはず。
「ユガミさま?」
古くてボロボロの着物を着ている女の子がそこにいた。ううん、体も半分消えかかってモヤモヤとしている。
『……』
近くで『ユガミ』様を見るとこんな感じなんだ。幽霊がもっと曖昧に薄くモヤモヤになった感じがする。
そうか。だから誰かに気づいてほしくて、話したくて。存在を確かめるため、わたしから時間と存在を奪おうとしたんだね。
そっと手をさしのべる。
「あっちのほうが楽しいよ。いっしょに行こっか」
『……!』
ユガミ様はしばらく考えていた。けれど小さな人魂みたいな光に変化すると、フワフワとわたしに近寄ってきた。
「みんなといるとね、楽しいよ」
『……』
弱い光が小さくうなずいた気がした。
そしてふわふわついてくる。それはまるで人なつっこいホタルみたいに。
神社の境内に入ったときだった。
「アオ! 友達を作るの上手くなったじゃん」
不意に名前を呼ばれてドキリとした。
見回してはっと息を飲む。
境内を囲む石垣の上、着物を着た男の子が脚をぷらぷらさせていた。
顔には白いキツネのお面。
でも、この声は……!
「ルカ!?」
「バレた? 今夜は特別だからさ。ちょっと家から出て遊びにきたぜ!」
ひょいっと石垣から飛び降りて、わたしの前へ。
足元で砂利が転がる音がした。
「……ルカ?」
「あ、お面……」
キツネのお面をはずす。はにかんだような笑顔がそこにあった。
ルカだ!
会いたかった、ずっと話したかった。
何から話そうか、胸のなかがいっぱいで、とっさに言葉が出てこない。
あれ? 目の前がゆがんで顔が見えないよ……。
「うわ!? なんで泣くんだよアオ、なんかオレが泣かせてるみたいだろ!?」
「な……泣いてないもん!」
「泣いてんじゃん」
「泣いてない」
ごしごし目をこすって、ぺしっとルカの胸をたたく。すると確かにそこにいた。
ザシキワラシなのにちゃんと存在している。
言わなきゃ、いちばん言いたかったこと。
「友達んとこ行くんだろ? オレも一緒にあそぶぜ! オレが混じってても、誰も気づかないからさ。あ、横にいるソイツもな」
『……』
「そう……なの?」
「ザシキワラシってそういうものさ」
自信満々で微笑むルカ。
おばあちゃんが「ザシキワラシは子供が大好き」って言ってたっけ。
黒髪に丸くてキラキラした瞳がわたしをみつめている。
「あのさ、あ……ありがと!」
わたしはなんとか言葉をしぼりだした。
お礼を言いたかった。
助けてくれてありがとうって。
「……ま、元気になってよかったじゃん!」
ルカは気楽な様子で頭の後ろで腕を組んだ。
「なによ、それ」
もう、ひとが必死に……。
「そうだアオ! オレもひとつ言っておきたくて」
「な、なに?」
「オレさ、家出しようと思って」
「え、は? い、家出?」
ザシキワラシが?
「あぁ! んでさ、おまえん家に行くわ。よろしくな!」
キラッと笑顔で腕をしゅっと挙げる。
「……は? はぁぁっ!?」
わたしは神社の境内で、すっとんきょうな叫びをあげた。周囲がなに? と視線を向けて慌てて口をおさえる。
「アオのゲーム機の中に『家』あるじゃん? そこに引っ越した。夏休み終わったら、いっしょにおまえん家につれてけよな。だってバァちゃん家、子供いねーし。つまんねーじゃん?」
「じゃん……って言われても」
ゲーム機に入り込んで家に来る?
いやいや!?
そんなの……アリ?
現代のザシキワラシってすごい。えーと、どうすればいいの。
「夏休み終わってもアオには遊んでもらうからな! とりあえず出店いこうぜ!」
「あっ、ちょっ……!」
ルカはわたしの手を取ると歩きだした。
明るい境内のほうに向かって。ホタルみたいな『ユガミ』さまもついてくる。
「もう迷子になるなよ」
迷子。
そっか。
わたしはループで迷子になっていたんだ。
見つけてくれたんだね、ルカ。
指先から体温が伝わってきて、わたしの心臓が忙しくなりはじめた。
「うん……っ!」
これからルカと一緒なんだ。
嬉しい。
楽しみ……!
向こうにチホちゃんたちが見えた。わたしたちに向かって手をふっている。
夏休みはいつか終わる。
けれどお願いです。
今だけは、この楽しい時間がずっと続きますように――。
<おしまい>