あたりまえのように
◇
「アオちゃんは泳ぎ、得意?」
「ぜんぜん、沈まない程度だよ……」
「……マキもバタ足だけ」
市民プールに向かう車中、わたしたちはいろいろなことを話した。
チホちゃん家の大きな車に乗せてもらい、運転しているのはお母さん。シャキッとした感じのひと。
助手席にチホちゃん、後ろの席にわたしとマキちゃん。市民プールは車で20分ほどいった町の方にあるらしい。念のため学校の水着をおばあちゃん家に持ってきておいてよかった……。
「えへへ、じつはあたし泳げなくってさ。練習につき合ってほしいの」
「い、いいけど、教えられるかな」
「おぼれないように見守ってて欲しいの!」
「わ、わかったまかせて」
「気を付けてね千穂。何かあったらすぐ監視員さん呼んであげてね、アオちゃん」
「お母さんは大げさすぎだよっ!」
でもなんだか意外。チホちゃん運動神経万能そうだけど、苦手なこともあるのね。
「カッパや魚じゃあるまいし、水で泳げる方がどうかしてるのよ」
「あはは、そうだよね」
わたしも水泳は得意な方じゃない。今年やっと25メートルをギリギリ泳いだって感じ。クラスでは一番おそかったけど……。
「千穂、私はプールサイドにはいかないから、二時間後ぐらいに待ち合わせしましょ」
「はーい」
チホちゃんのお母さんがハンドルを握ったまま言った。
「そうだアオちゃん! ウチん家の近くの川でも水遊びできるんだよ! でも近所の男の子たちが魚とりしているから、じゃまだーってケンカになっちゃうかもだけど……。水がきれいで魚や沢カニもいて、冷たくて気持ちいよ」
「いいなぁ! 楽しそう」
「こんど遊ぼ」
「うんっ、いっしょに」
川で泳いたこと……ないなぁ。
近所の川は大きくて汚れてて、とてもそんな感じじゃないし……。
沢カニがいるキレイな川で遊べたら、きっと夏休みの良い思い出になりそう。
おばあちゃんの家の近くにも、いくつか小川がながれている。山から涌き出ている水はとてもキレイだよっておばあちゃんが言っていたっけ。
遊んでみたいな。
「……マキはダメって言われてるの」
「えー? あたしたちといっしょなら大丈夫だよ!」
チホちゃんは誘ったけれど、マキちゃんは首を横にふった。
「……河童につれていかれるから、ダメなんだって」
その声は真剣だった。
マキちゃんは今朝『ユガミ』さまにつきまとわれて、家から出られなかった。きっと普段から不思議なものや、怪異や、もののけの類いを見ているのかもしれない。
「河童……いるよね」
信じるか信じないかじゃなくて、いる。
だってザシキワラシがいるんだもん。
河童ぐらいいるにきまってる。
車の窓から見えるのは山と田畑に囲まれた、自然豊かな風景。その間をいくつもの小さな川が流れている。これなら河童が隠れていてもおかしくない。
「……アオは信じてくれるの?」
「信じるよ。だって……実はうちにザシキワラシが出たことあるもん」
小声で、こそっと耳打ちする。
「……えっ、ほんと」
「ほんと」
マキちゃんは驚いて、わたしの瞳をじーっと見つめた。やがて口元に嬉しそうな笑みをうかべてくれた。
見えるもの同士、通じあえたかも。
「なになに? マキとアオちゃん、なんか仲良くなってるんだけど……?」
助手席からチホさんが振り返り、からかうように声をかけてきた。
「うん、ちょっと」
「……仲間になった」
仲間! 友達ともちがう「秘密を共有した仲間」って感じかな。それはまた嬉しいかも!
「よかったねマキちゃん、仲間ができて」
「……えへへ」
わたしは助手席のチホちゃんに、
「チホちゃん、河童が出たらわたしたちで追い払ってあげようね」
「河童は悪さするっていうし。いいとも! 弱点、頭の皿だから狙うならそこだよ」
ノリのいいチホちゃん。倒す気なのかな……。
「これで大丈夫だね。こんどいっしょに遊ぼう、マキちゃんも」
「……うん!」
約束と笑顔。
互いに助けあう気持ち。
これさえあればきっと怖くない。
三人で市民プールに向かう車中は、あれこれ話せて楽しい時間だった。
そして、プールも広くて楽しい。
三人で水遊びして、チホちゃんの水泳の練習をして、疲れるほど遊びつくした。
「……ぐぅ」
帰りの車中はみんな、半分眠ってしまったみたい。
里が近づいたとき、わたしは目を覚まして車の窓から外をみた。
午後の日差しのなか、道沿いの小川がキラキラ光っていた。ふと、水面に波紋がひろがった。
とぷんっと水の奥へ青黒いなにかが消えていく。
「あ……」
もしかして河童かな。
車はあっというまに通りすぎて確かめることはできなかった。
不思議と、怖いというより嬉しかった。
やっぱりいるんだなぁと思った。
おばあちゃんの家にもどり、夕はんどき。
今日の出来事をおばあちゃんに話した。
友達とプールにいったこと、チホちゃんやマキちゃんのことも。ご飯をたべながらおばあちゃんはニコニコしながら「よかったなぁ」と聞いてくれた。
あ、そうだ。
「河童っている?」
「あぁいるともさ。昔よりは……減ったどもなぁ」
さも当然のことのように。
おばあちゃんは答えた。
ここは不思議な里だなぁと思う。
自然と人間、それと「もののけ」が近くで、あたり前のように暮らしている。
そういえば今朝、マキちゃん家で『ユガミ』さまを追い払ってからいちども見ていない。
またどこかでウロウロ、一人の子供を探しているのだろうか……。
夕暮れの空はオレンジ色で、ひぐらしが鳴いていた。
なんだか『ユガミ』さまのことを考えると寂しい気持ちになった。
まるで先日までのわたしみたい。
友達もいなくて、ひとりでずっと考え事ばかりしていた。
時間のループが『ユガミ』さまの仕業だとしても、寂しいから仲間が、友達が欲しかった……とか?
もしかして「寂しい、ひとりぼっち」にすることでしか近づけないからなんじゃ……。
わたしはその夜も手紙を書いた。
ザシキワラシのルカへ。
1日進んだ世界、8月9日で遊んだことを伝えるために。
わたしはラジオ体操に行ったこと。
そこで来なかったマキちゃんを助け、みんなで『ユガミ』さまを追い払ったこと。
昼間にチホちゃんたちと行ったプールが楽しかったこと。
帰りに見た河童の話。
そして明日の約束のことも書いた。
サトルくんの野球の試合に参加する。すこしドキドキするけど、やってみよう。そんなことも書いた。
「ルカ、読んでくれるかな……」
疲れていたのか、わたしはいつのまにか眠ってしまったみたいだった。
朝、目が覚めると手紙はなぜか天井に張り付けてあった。ご飯粒か何かでくっついて、ひらひら揺れていた。
「……っぷ、ははは」
ぜったい、ルカの仕業だよね。
手紙、読んでくれたんだ。
嬉しい。
勇気が湧いてくる。
ルカが見守ってくれているんだ。
わたしは起きて居間にいきテレビをつける。
もう何も不安はなかった。
『8月10日、水曜日。今日もいちにち、爽やかにすごせそうです――』
あたりまえのように1日進んでいた。
8月10日。
ちゃんと時間が進んでいる!
もう時間がまきもどることはない。わたしのなかでそんな自信が芽生え始めていた。
「よし!」
今日もラジオ体操にいって、そして野球に挑戦だ!
<つづく>