前へ進む方法
『バカだなぁ、アオは』
誰かの声がする。
バカってなによ、もう。
光の向こうで笑ってるの。
男の子だ……。
よく見えないけど、知っている。
『オレはずっとここにいるじゃん』
ルカ……!?
ザシキワラシのルカの声だ。
慌てて追いかけようとしたけど、ふわふわして進めない。まぶしい光に目がくらんで、のばした手はなにもつかめなかった。
『その調子だアオ、止まるんじゃねーぞ』
「まって!」
気がつくと天井が見えた。
夢……?
朝日がまぶしかった。
ルカが……会いにきてくれたんだ。
枕元に手をのばすと、置いていた手紙が無いことに気がついた。あれっと思って身を起こす。
見回すと布団からすこし離れた位置に手紙が落ちていた。畳と畳のすき間に、まるで手紙を突き刺さしたみたいになっている。
寝ている間に偶然そうなるかな……?
誰かがいたずらしたみたいに不自然で、やっぱりルカが来てくれたんだって思った。
「そうだ……!」
わたしはとび起きた。
畳の間にあった手紙を拾い上げ、部屋を出る。
歩くとギシギシ言う廊下から居間に向かう。おばあちゃんはもう起きて、外で畑仕事をしているみたいだった。
テーブルの上のリモコンに飛び付き、急いでテレビをつける。一瞬の間があって、お天気お姉さんの顔がうつった。
『――みなさんおはようございます! 8月9日火曜日、今日の天気は全国的に晴れ……』
8月9日の文字が見えた。
間違いない1日、日付が進んでいる。
8月8日を抜け出したんだ!
「やった!」
おもわずわたしは小さく跳ねた。
五回目のループ、繰り返していた8月8日から、ついに1日進むことができた。
ルカの言うとおりだ。
勇気を出して、自分にできることをした。
それは確かに効果があった。だから抜け出せたにちがいない。
そうとわかれば……!
「よし」
わたしは身支度を整えて、サンダルをつっかけて外に飛び出した。
そのまま走って、ラジオ体操の広場に向かう。
ひんやりした風が髪をすりぬけて気持ちいい。
タチアオイとひまわりの咲く小道を抜けて、校舎の廃屋のある地区の広場へ。
「あ、アオちゃんおはよ!」
わたしを見て手をふってくれた。
「チホちゃん! おはよう!」
広場には彼女と、その横に男の子。サトルくんがいるのが見えた。
ラジオ体操をしに集まっている地区の人たち、おじいさんおばあさん、それと小さな子たちもいる。
「アオちゃんが元気に走ってるの、はじめてみたかも」
「えっ、そう? あ……そうかも」
「ね! 大人しい、お嬢様みたいだって思ってたんだよ」
「えぇ!? 無い無い、それは違うよ!」
チホちゃんに言われてわたしは目を白黒させた。
たしかにこんなに走ったのは久しぶりかも。おばあちゃんの家にきてから、けっこう静かに過ごしていたから。
でも、なんだかとても気持ちいい。
「おまえさ、それなら野球でヒットエンドランできそうだな! ウチのチームに参加……痛ぇ!?」
野球バカのサトルくんの横腹を、チホちゃんが拳でぐりぐりする。
「もう、サトルは朝から野球のことしか頭にないの?」
「あはは……」
二人は相変わらず仲良しだね。
「ねぇアオちゃん、約束通り、今日はプールにいこうね!」
約束。
その言葉にホッとする。
「うん! 行く!」
夢じゃなかったんだ。
チホちゃんは覚えていてくれた。
8月9日という今日は、昨日の続きなんだ。
考えたこともなかった。あたりまえみたいに、昨日の続きが今日だってこと。
でも、わたしはそこで気がついた。
「あれ? マキちゃんは?」
ショートカットの女の子、サトルくんの従兄妹のマキちゃんの姿がないことに。
ラジオが体操の始まりを告げる音楽をならし始めた。
「マキ、いないね。寝坊でもしたのかな? サトル知らない?」
チホちゃんがサトルくんにたずねる。
「んー? あいつの家、ここにくる通り道だからいつも寄るんだけど。今朝は出てこなかったんだ。朝だからピンポン鳴らすのも悪いしさ……」
「変だよね。いままで休んだこと無いのに。具合でも悪いのかな」
チホちゃんは心配そう。
始まったラジオ体操をしながら、わたしはちょっと不安になった。
昨日の昆虫採集では元気そうだった。
なのに、どうして?
まさか。
マキちゃんと見たあのモヤモヤが脳裏に浮かぶ。
わたしと彼女だけが見た、暗い森の奥に潜む『ユガミ』さま。もしかしてあれが何か悪いことを……。
ラジオ体操をしながら廃屋の校舎の窓を見た。けれど何も変わったものは見えなかった。
なんだか胸騒ぎがする。
<つづく>