明日への約束
「この樹がクヌギ、そっちのがコナラ。幹から樹液が出てる木を前から見つけてあるんだ! そのへんよーく探してみろよ」
わたしたちに「秘密の穴場」教えてくれるサトルくん。
「……わかった」
「よーし! みつけるぞ」
「探してみる」
マキちゃんとチホちゃん、わたしも指差された木々を探しはじめる。
しんちょうに幹や枝を見て、なにか珍しい昆虫いないかなぁ……。
毛虫は嫌だけど、カブトムシなら大丈夫。
すると目の前の樹に、なにか背中の硬そうな甲虫がくっついて樹液をすっていた。
「あっ、なんかいた!」
わたしは思わず声をあげ、えいやっと網で木の幹にいた虫たち捕まえた。
網の中でモゾモゾ動いてる。ひぃ、コレどうすればいいの!?
「なにつかまえた?」
「わ、わかんないけど何か硬そうな虫ー!」
サトルくんが来て、網のなかに手をつっこんで見てくれた。
「おぉ? こっちの緑のピカピカがカナブンで、こっちの……黒くて毛の生えてるのがメスカブトだ!」
じゃーんと目の前につき出された。
「うわ……!?」
カブトムシだ! でもメスだと角がないんだね。なんだかまるっこいだけでカッコよくはないね。
「まぁ初めてにしちゃラッキーじゃん」
「そ、そうかなぁ」
確かにカブトムシのメスだけど、ちょっと産毛がはえている。むしろカナブンのほうがエメラルドの宝石みたいでピカピカできれいかも。
捕まえられたのはうれしい。とりあえず虫かごにいれてもらった。でもコレ、持ち帰るのかな?
「……サト兄ぃ、こっちもつかまえた」
マキちゃんが二本の指先で黒い虫をつまみ、こっちにもってきた。
「おぉ!?」
「えっ、マキちゃんすごい。虫こわくないの?」
意外とワイルドなんだね……。
「……慣れてるから平気」
「それコクワガタじゃん! マキ、すげぇラッキーだな」
「……へへ」
嬉しそうなマキちゃん。指先で小さなクワガタが脚をバタつかせている。
「ねぇわたしのも見て」
「……コガネムシかわいい」
「かわいいよね!」
頭をつきあわせてちょっと微笑む。すこしは仲良くなれるといいな。
「……写真とる」
マキちゃんはキッズケータイを取りだし、虫のいた木々の写真を撮影した。
「なるほど「虫の暮らし」みたいな自由研究にするのね?」
「……うん」
マキちゃんが森の奥にカメラを向けたときだった。 ずっと奥の暗がり、森の木々が重なりあう遠くが、歪んで見えた。
「あ……」
思わず息をのむ。
あしがすくむ。あれ『ユガミ』様かも。
わたしは思わず声を出しそうになったけど、なんとかガマンした。
みんなに変なヤツって思われたくない。その気持ちのほうが強かった。
「……見えるの?」
思わぬ声にわたしはハッとした。
「マキ……ちゃん?」
「……あの良くないモノ」
「う、うん」
「……マキもよくみる。怖いの」
「そ、そうなんだ」
森の奥に向けていた視線をすっと外すと、マキちゃんはわたしの顔をじっと見た。
不思議な瞳の色。
でも、同じものが見える「仲間」だ。
わたしはそう直感して嬉しくなった。
「……みんなにはナイショだけど」
「わたしも」
マキちゃんはニコリと微笑むとくるりとまわれ右。十メートルほど先にいるチホさんのほうに向かってすたすた歩いていった。
そうか。
おばあちゃんと同じ、この里の子たちにとって『ユガミ』様はあたりまえの存在なんだ。見える子は見えている。
だから危ない場所には近づかない。
森の奥は暗くて、深くて迷いの森のよう。あんな場所に入り込んだら帰ってこれなくなるかもしれない……。
「ま、まって」
わたしも慌てて後を追った。
「みて! すごいでしょ!」
「スゲーなチホ、大物のカブトムシじゃん!」
向こうでチホさんとサトルくんが大声で盛り上がっていた。
なんと、チホさんはオスのカブトムシを捕まえていた。それも二匹も!
「わ、すごい!」
「……オスカブトだ」
「こっちはそこの幹で見つけたの! こっちはその木を蹴っ飛ばして」
「こうか!」
サトルくんが横にあった細めの木を蹴っ飛ばした。
ワシャッ! と音がして少し後からぼた、ぼたっと何かが降り注いできた。
「きゃー!? バカ!」
「ななな、なに!?」
チホさんとわたしは逃げ惑った。
「……バカ兄ぃ!」
カナブンやカミキリ虫、よくわからない虫がそこらじゅに落ちてきた。
「あーっくそ、カブトもクワガタもいねー」
そんなサトルくんめがけ、チホさんとマキちゃんはぽかぽかパンチを叩き込んでいた。
昆虫採集は「大漁」だった。
つかまえた虫のほとんどは、マキちゃんが記録した後、逃がして帰ることにした。
もちろんカブトムシのオスはしっかりサトルくんが持って帰るらしいけど。
気がつくともうすぐ昼だった。
太陽は高く昇り、日ざしも強い。
「たのしかった?」
「うん、すごく! たのしかった」
チホさんにわたしは素直な気持ちを伝えた。
昆虫採集なんて最初は男の子の遊びかな、って思ったけど、みんなと一緒だと冒険しているみたいでたのしかった。
「よかったー」
「うん、それでね……」
わたしは言いかけて、止まる。
また遊んでね。
またいっしょに。
また明日。
どれを言うべきか、迷い戸惑ってしまう。
ほんとうに明日が来るの?
目が覚めたらまた8月8日に戻っているかもしれないのに……。
また、遊ぼうなんて。
もし「またね!」なんて言ってダメだったら。みんなはまたわたしのことを忘れている。
今日のことは「無かったこと」になってしまう。
嫌だ。
そんなのはもう嫌なのに……。
「アオちゃん?」
チホさんがわたしの顔をのぞきこんだ。
いまわたしを「ちゃん」づけて呼んでくれた?
心のなかで光がぱっとはじけた気がした。
「あっ、うん! なんでもない、あのね」
言うんだ、勇気を出して。
また明日あそうぼうって。
「ねぇ! アオちゃん。明日、いっしょにプールいかない? お母さんが仕事休みでさ、車で市民プールにつれていってくれる約束なんだー」
きらきらした汗が首筋に光っている。
そんなチホちゃんの顔をみつめ、わたしは息を吸い込んで声を出しだ。
「うん! いきたい、いっしょに! チホちゃんと……! 明日」
おねがい明日。
わたしのところに、来て。
「じゃぁ、明日ね! また広場に9時でどう?」
「うん、わかった、約束する」
「あはは、どうしたのそんな真剣に。あっ、水着もってきてね!」
「水着ね、忘れないようにする」
「ねぇマキちゃんは?」
「……マキは自由研究のまとめしたい」
「そっか、そうだよねー」
横でサトルくんが誘ってほしそうにしていたけれど、チホちゃんはスルーした。まぁ男子を誘うわけないわよね……。
「お、オレは野球の練習あるし!」
「だれも誘ってないけど……」
うわ、チホちゃんそれはキツイかも。
見ていてハラハラしたけれど、わたしたちはさよならをした。
「またね! チホちゃん、また明日」
「うん、必ず来てね、アオちゃん!」
あぁ、またね、って言葉がこんなにも嬉しいなんて。
まるで魔法の言葉。
きっと、明日を運んできてくれる。
わたしはそう信じることにした。
おばあちゃんの家に帰る途中、もう怖いモヤモヤしたものはみえなかった。
ずっと遠く、アスファルトの彼方に『ユガミ』さまが小さくモゾモゾしていた気もするけれど、もう無視することにした。
わたしにとって心強かったのは、チホちゃんの言葉だけじゃない。
マキちゃんにも同じものが見えているって、そうわかっただけでも力になった。
昼に家に帰ると、おばあちゃんが冷たいそうめんを用意して待っていてくれた。
美味しくて、つるつるで、いくらでも食べることができた。
「よかったなぁ、お友だちができて」
「うん!」
「日焼け、したんでないけぇ?」
「えっ? そういえば……そうかも」
その夜のこと。
わたしは祈った。
「……ルカ、出てきて。姿をみせて」
でもザシキワラシのルカは、もう出てきてくれなかった。
会いたいなって思った。
もういちど会いたい。
「ルカ……どうして?」
今日のことを、昼間のことをたくさんおしゃべりしたいのに。
でも、考えてみるうち、わたしはあることに気がついた。
昨日と思っている4回目のループで、わたしはザシキワラシのルカに出会った。そこでアドバイスをもらって、今の5回目のループにやってきた。
つまり。
同じ8月8日だけど、ルカとわたしは今日、この時点で出会っていない。話もしていないってことなんだ。
ラジオ体操で、チホちゃんたちがわたしのことを毎回覚えていないように。
ループするたび記憶も全部消えて「リセット」されている。
つまり5回目の世界にいる「ルカ」はわたしを知らないってことだ。
「そんな」
がくぜんとして、力が抜けた。
寂しさが押し寄せてきた。
せめて「ありがとう」って言いたいのに。
ルカのおかげで勇気が出て、みんなと遊べて、お友だちになれた。
もし8月8日を脱出できなくても、お礼だけは言いたかったな……。
「いいことかんがえた!」
わたしは手紙を書くことにした。
ありがとう。
四回目の8月8日のルカへ。
おかげで楽しい一日だったよ。
友達ができて、明日の約束ももらった。
いろいろなことを書いて、手紙にして枕元に置くことにした。ルカに届く、そう信じて。
「おやすみ」
いつしかわたしは深い眠りに落ちた。
<つづく>