昆虫採集とそれぞれの気持ち
千穂さん、サトルくん、マキちゃん。
地元の小学校に通っている三人組についてゆく。
昆虫採集をする場所は広い田んぼの向こう側、ここから見える大きなお屋敷の裏山だとか。田んぼの中を通る道を歩いて十五分、そこに「秘密のカブト・クワガタの穴場」があるのだとサトルくんが教えてくれた。
うーん、別に虫が嫌いなわけじゃないけど、ウジャウジャいたら怖いかもしれない。
「あたしらの学校ってさ、どの学年もクラスがいっこだけなんだー。みんなスクールバスで、あちこちの地区から集まって来る感じなの」
チホさんが歩きながらいろいろなことを教えてくれた。学校のこと、ともだちのこと。
「そうなんだ……。あ、でも人数が少ないとみんな仲良しな感じ?」
「それはそうかも! みんな知り合いっていうか」
「いいなぁ」
「ね、アオさんの学校はどんな感じ? 街のなかにあるんでしょ? 何クラスあるの?」
「えっと、五年生のクラスは3クラスあって……。スクールバスで通ってる子も半分ぐらいいるよ」
「大きい学校なんだね、にぎやかで楽しそう!」
チホさんと並んで歩きながらおしゃべりをする。
彼女はすごく話しやすくて、おかげで口下手なわたしでも自然とお話しができた。
とても嬉しい。
久しぶりに同い年の子とおしゃべりをしたせいかな。それだけでこんなに楽しいなんて!
考えてみれば五回目のループまで20日ほど、ぐるぐる同じことの繰り返し。おばあちゃん以外と誰とも話せていなかったのだ。
ザシキワラシのルカが勇気をくれたおかげで一歩を踏み出せた。そしてこうしてお話できるようになるなんて。
「なんか、アオさんってさ」
「えっ……」
不意にチホさんはわたしの顔を、じーっと見つめてきた。
ど、どうしよう。
わたし何か変なこと言ったかな?
「楽しそうに話、聞いてくれるんだねっ!」
チホさんはにこっとお日様みたいな笑顔をうかべた。
わたしはほっとした。そしてどう返事をすべきか、しどろもどろになってしまった。
「えっ……あっ? そ、そうかも、だれかのお話し聞くの、すごく好きだから……」
「うんうん、アオさんは友達多そう!」
「そ……そんなこと」
ないよ。
ぜんぜん。むしろわたしはクラスでは暗い感じだし。本当はお友達あまりいないんだよ……。
「なぁ、野球チームも人数多い?」
空気を読まない感じの質問が、後ろから投げかけられた。声をかけてきたのは、6年男子のサトルくん。
女子三人に交じって堂々と野球のことを聞いてくるなんて、相当の変わり者? って思ったけど、イトコのマキちゃんの自由研究に付き合うほどの、お兄ちゃんみたいな存在なんだなって思う。
サトルくんはとにかく野球好きらしく、ずっと歩きながら一人でボールを上に投げキャッチしている。
横にはイトコのマキちゃんがいる。4年生の彼女は背がサトルくんの半分ぐらいしかない、背が小さめの女の子。
今日の「昆虫採集」はマキちゃんの自由研究のため。わたしも誘ってもらったけど、マキちゃんにとっては邪魔者なのかも……。実際、マキちゃんはわたしには話しかけてこない。
サトルくんがわたしに野球チームの質問をすると、マキちゃんは唇をむすんでにらんでいる気がする。
「えーっと。たしか野球クラブは20人ぐらいいたかも……。あ、女子もいっしょにやってるよ」
わたしは記憶の糸をたどり答える。
「マジか! すげー、いいなー。オレらんとこ女子いれても人数ギリギリでさ。このまえなんてマキまでいれて試合したんだもん」
マキちゃんの頭を気軽にぽんぽんする。それをみて驚いたけど、少しだけいいなぁとも思った。わたしは一人っ子だし、お兄ちゃんがいたらこんなかんじなのかな……。
「……さわんないで」
でもマキちゃんは顔を赤くして、ぺしっとその手をはらった。
「もう少し大きくなったら、キャッチボール教えてやるからさ」
大きな体に日焼けした顔。髪は短めでスポーツしているって感じのサトルくん。親切で言ったのかしらないけど、マキちゃんはぜんぜん嬉しそうじゃない。的はずれもいいとこよね。
「……いらない。野球とか無理なんだけど、サト兄ぃがどうしてもっていうから……」
仕方なく参加してあげたの。とでも言いたげに片方のほほを膨らませる。
「野球は楽しいじゃん! 走ってボール追いかけるくらいマキでもできんだろ」
「……ばか!」
マキちゃんは気むずかしいお年頃というか、ちょっと生意気な妹みたいな感じ。うん、それはそれで可愛いけれど。
「まぁそのてん、チホは毎回ヒット打ってすげーんだぜ!」
と、話をチホさんにふるサトルくん。
チホさんはぱっと振り返り、
「サトルに頼まれたら断れないじゃん! まっ、打つのは超たのしーけどさ!」
見えないバットを振るしぐさ。ふわりとポニーテールを揺らしながら、明るいお日様みたいに笑う。
わたしは思わず、あぁチホさん可愛いなぁと思ってしまった。
だってわたしはこんな風に笑えないもの。
チホさんは迷彩柄のシャツにダボダボのワークパンツ。足元はカーキグリーンのスニカー。ちょっと元気な男の子みたいな格好に、かわいいポニーテールがよく似合っている。
「おぅ……そか」
後ろからぎこちない声がしたので、振り返ってサトルくんの顔を見る。彼は目を泳がせて、ほっぺたを赤くしていた。
あっ、もしかして!
チホさんのこと可愛いとおもってる?
ははぁ、これはもしかして……サトルくんはチホさんを好きなのかな?
わたしだって女子のはしくれ。
それぐらいはわかるぞ。
「……サト兄ぃって野球のことばっかり。今日はマキの自由研究を手伝うっていったでしょ」
マキちゃんが、すこし不機嫌な声でサトルくんのシャツをひっぱった。
「わ、わかってるって! ほら、ついたぞ。とっておきの場所、案内すっから」
サトルくんが目の前に迫った森を指さした。
わ、もしかしてもしかして。今のはマキちゃんのやきもち?
ふふっ、かわいい。
サトル兄ちゃんのことが好きで、チホさんにライバル心をもやしているのかな。
きっとサトルくんだって、妹みたいなマキちゃんのことが心配で、気になっているんだろうし。その気持ちにきづいてあげればいいのにな。
「マキは『サト兄ぃ』が大好きなの」
突然、チホさんが耳打ちしてきた。
「えっ、えぇ……!? お、お兄ちゃんみたいで、や……やさしそうだもんね、うん」
わたしはパニくって変なことを言ったかも。心臓が大きく跳ねている。そんなこと話していいの?
「サトルはいつもマキを心配してるんだ」
「そうなんだ、い……いいね」
でも、チホさんはどうなのかな?
サトルくんのことを意識している?
それともクラスに好きな子とかいるのかな。
さっきからなんとなく、サトルくんとはひとつうえの上級生というより、同学年の友達みたいに、自然におしゃべりしているけれど……。
ううん。
ダメだよ、おちつけわたし。
出会ったばかりの三人組のこと、わたしがあんまりあれこれ考えるのは失礼だよ。
ここは「よそ者」らしく見守るだけ。
うん、それがいい。
でも、ふしぎ。
こんなふうにすこし一緒にいて、お話ししただけでも、なんとなく、それぞれの気持ちとか、関係が見えてくる気がする。
人と人って不思議。
いろんな気持ちで繋がっているんだなぁ。
わたしは……今までだれかとこんなふうにつながっていただろうか?
だれかを想ったり、想われたり。そんなことあったかな。
いつも教室では話せる子がいなくて。
親切でやさしいハルちゃんが、声をかけてくれたからギリギリ孤立せずにすんだ。
でも本当は寂しくて。
そのくせ自分からは声もかけられないし、何もできなくて。
いつもうじうじ悩んでばかりいた。
あぁそうか。
だから『ユガミ』様なんかにわたしは目をつけられたのかもしれない。
おまえなんか消えてもかまわないだろうって、そう言いたいのかも。
目の前に広がる森を見て、わたしはまた不安になった。そこにもまたモヤモヤした幽霊みたいな『ユガミ』さまがいるんじゃないかって。
でも、今はひとりじゃない。
「よーし、虫取りはじめるよっ!」
チホさんが網を高々とかかげて宣言した。
わたしたちの目の前には、大きなお屋敷の裏山が広がっていた。森の木々が巨大なひとつの生き物のように横たわっている。
振り返ると、集落と広がる水田が見渡せた。
「わ、涼しい……」
森のなかに入ると意外と明るかった。
下草は刈り取られ、まるで公園みたいに地面がきれい。腐葉土がふかふかで歩きやすい。
それにとても涼しい。
「ここは山の持ち主がいろいろ手入れしている、里山ってやつなんだ」
「入っていいの?」
「オレの叔父さんの山だし平気だよ。それよりここはクヌギやコナラが多くて、カブトやクワガタがとれるんだぜ!」
サトルくんが自慢げに説明してくれた。
ふむふむ里山ね。
どれがクヌギだかわからないけど……。
あとでわたしの自由研究にも使えそう。
「……メモする」
マキちゃんはさっそくキッズケータイを取り出して周囲の様子をカメラでとりはじめた。
ぬぬっ、その手があったか。
「とぁああっ!」
とつぜんチホさんが叫んだ。
手にしていた虫取り網をフォン! と音がなるほど振り回した。
「ふぇっ!?」
なに!? びっくりしたあ。
でも網をふる速度は、まるで剣の達人みたいだった。
「チホ、なにつかまえた!?」
サトルくんが目を輝かせ駆け寄ってきた。
「ギンヤンマ!」
チホさんが誇らしげに網からトンボを取り出してわたしたちに見せた。
虫を手づかみ……!? と思ったけれど、都会っ子ぶってるなんて思われたくないから平気なふりをする。
「おぉすげー!」
「……おおきいトンボ」
「ふっふっ! ギンヤンマ、ゲットだぜ!」
「すごい、きれい!」
わたしも思わず声をあげた。
それはエメラルドグリーンの背中がきれいな、とても大きなトンボだった。普段みているトンボよりずっと大きい。翅は透明で、口がギザギザ、すごい面構えだなぁ。
「スゲーなチホ! 動き速いのによく捕まえたな!」
サトルくんがチホさんの手元のトンボを見て、すごいすごいとほめた。
チホさんは嬉しそう。
「コツは死角の真下からねらうの。はい、マキちゃん」
「……ありがとう!」
マキちゃんの虫かごにギンヤンマをいれてあげるチホさん。
うーんすごい。虫ハンターだったとは。
「あたしと勝負しよ! アオさんも虫取り競争ね!」
「う、うんっ!」
わたしも虫を怖がっている場合じゃない。ここはがんばってみよう。
「くそ、オレも負けちゃいられねぇ!」
サトルくんの虫ハンター魂に火がついたらしかった。でも虫取り網もってないよね?
「サトル……くんはどうやってとるの?」
「はっ! 手づかみに決まってんだろ! オレはカブトクワガタ専門だからな」
「えぇ……」
<つづく>