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ループする夏休み

 夏休みが「ループ」している。

 ぐるぐると同じ日を繰り返す、マンガやアニメなんかで見たことがあるアレだ。それに巻き込まれるなんて思ってもみなかった。

 わたしが「ループ」に気づいたのは、ラジオ体操に参加するともらえる「★印スタンプ」が一週間ぶん、ごっそり消えていたから。


「えぇ……? やっぱり消えてる」


森藤もりふじ あお 5年2組 】

 8/1★/8/2★/8/3★/8/4★/8/5★

 8/8 /8/9 /8/10 /8/11 /8/12


 ★印がない。

 8月8日から12日までの一週間ぶん。きれいさっぱり消えている。13と14日の土日はお休み。

 けれどなぜか8月12日の夜に眠って目覚めると……また8月8日の月曜日に戻っていた。

 それも二回も!

 同じ週をこれで三回目ということになる。

 流石に三回目ともなればおかしいことに気づく。

 ショック……。

 わたしの一週間はなんだったの!?

 朝、玄関先で出欠カードを見てガッカリ。

 同じ8月8日からの一週間が二回目にやってきたとき、最初は間違いか、勘違いかもしれないって思った。

 むしろ「夏休みが増えた、らっきー!」って思った。

 けれど、三周目になるとちょっと変だな、ヤバイかもしれないって思い始めた。

 テレビのニュースも一週間前に見たことがある。人気芸能人のSさんがAさんと結婚しました! のニュースを繰り返している。流石に人気の芸能人でも毎週同じ人と結婚するはずなんてないものね。


 それよりも何よりも!

 終わらせたはずの宿題まで消えていたことが大ショック……!

 算数と理科が面倒だから、夏休みに入るなりがんばって終わらせたのが8月10日。なのに宿題ドリルを開くと真っ白。もとに戻っていた。これで二回目。こんなことって……ある?


 わたしは混乱した頭で、親友のハルカに専用Lineでメッセージを送ってみた。

 小学五年生でスマホは早いとも言われたけど、夏休みのあいだの連絡手段としてお母さんとお父さんにおねだりして買ってもらったのだ。

 もちろんネットはガッチリ制限されているし、限られた友達としかメッセージ交換もできない。ていうかわたし、ほとんど友達いないんだけど……。それでも数少ない親友、話の合うハルカならきっとわかってくれるはず。


『また時間ループしているみたいなの』<アオ


 早朝なのに「既読」マークがつく。


 ハル>『おめでとう、楽しい夢だね』


 おめでとうじゃないよ、おはようでしょ。

 寝ぼけてるのはハルカのほう。

 こっちは軽くパニックなんだけどな。ちなみにこの「おめでとう」ボケの返信も二回目。先週も同じものを見たっけ……。


 まちがいない。

 世界はループしている。

 三回目の8月8日。


 どうして?

 わたし何か悪いことしたっけ?

 うーん。

 思い付かない。


 普段と違うことといえば、わたしは田舎のお婆ちゃんの家に泊まりにきている……ということぐらい。

 8月7日から泊まりに来ている。


 大きな町から車で一時間。お父さんの運転する車で山間を走り、古びた(やしろ)や苔むしたお地蔵さまを横目に、やがて自然豊かな村にたどりつく。

 周りは緑の濃い山々と田んぼだけ。

 お店も徒歩十五分のところに『田中商店』という昭和の映画セットみたいな古い雑貨屋さんがあるだけのすごい田舎。

 もちろん知り合いも友達もいない。


 お婆ちゃんは朝から農作業で忙しい。お爺ちゃんは死んじゃって寂しそう。だからわたしは「むかしばなし」を絵に描いたような古い家に、夏のあいだ毎年とまりにきているんだけど……。

 まさか夏休みがループして増えるなんて。

 夢にも思っていなかった。

 喜ぶべきか、慌てるべきか。


「ま、仕方ないか」

 正直、どうしようもない。

 ジタバタしたってはじまらない。

 顔を洗って髪を直して、身支度を整えて。お気に入りの水色のワンピースを被って、素足にサンダルをつっかける。


 そうそう。

 あまり詳しくはないけれど、以前何かで見たアニメやマンガだと「ループ」から脱出するためには苦労しなきゃいけないはず。

 原因となる悪いヤツと戦ったり、運命を変えようと必死で努力したり……。

 うぅ、それって怖いし大変そう。

 なにより面倒くさい。

 わたしはなるべく苦労したくないし、怖いことなんて無理だし。


 積極的に何かに参加するのも好きじゃない。ラジオ体操は全国どこでも参加できるので、おばあちゃんの家にきても行こうと決めているけれど。


 学校では「アオは冷めてるね」とか「感情がうすいよね」とか言われる。

 けど、なんていうか……熱くなることや必死になることって、カッコ悪いって思ってしまう。


 玄関先の姿見に映るわたしの顔は、ループ事件に巻き込まれたというのに、いつもどおりだった。

 肩までの黒い髪、ヘアピンでとめた前髪。地面と水平の眉に、寝ぼけ(まなこ)みたいな目つき。

「……」

 にっこり。

 口元だけ笑ってみる。

 うーん、表情がうすい。


 夏休みが一週間ループしようが、何も変わっていない。もう少し慌てたり、あるいは「ワクワク」したりすればいいのかな……。


 引戸の玄関をあけると、夏の空気がおしよせてきた。湿った風、木々の匂いにセミの声。色鮮やかに花開いた朝顔といつも元気なヒマワリの花。

 空は抜けるように青くて今日も暑くなりそう。

 お婆ちゃんの田舎は大好き。静かで人が少なくて街とは違う。静かな夏を暮らすには一番だと思っている。


「はぁ」

 しかたない。

 とりあえずラジオ体操にいこうっと。


<つづく>


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― 新着の感想 ―
[良い点] たまり先生。新作の投稿、お疲れ様です。 今度は児童文学ですか。 ループに気付いたラジオ体操ですが、実家でなくて田舎の祖母の家だというのに印を押してくれる人がいたとは。もしかして主催は老人会…
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