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手を上げて喜んでいる騎士達にデュークは満足そうに頷いた。
「ただ、障害はまだある。メアリーの腕輪と離れると俺が死にそうになる」
「まぁ、魔法が使えないよりはましですね。二人が離れなければいいんですね」
天然パーマの可愛らしい騎士が言うと、騎士達も頷いている。
デュークの魔法が使えなくなることの方が問題だったようだ。
メアリーと離れられない状況を受け入れられて拍子抜けしてしまう。
(よく考えたら、デューク様と離れることができないって四六時中一緒に居るという事かしら)
あまり考えない様にしようとはしていたがやはり問題がある。
メアリーは不安になっているとグイと腕を引かれた。
「明日から任務に戻る。メアリーを案内してくる」
「はい、ごゆっくり。あとで書類を届けに伺います」
天然パーマの騎士が言うとデュークは頷いてメアリーの腕を引いて歩き出した。
砦を出て館までまた手を繋いだまま歩く。
メアリーは横を歩くデュークを見上げた。
「あの、婚約者って紹介はどうかと思います」
「なぜ?」
「なぜって……私は、ソフィー様の侍女ですし。デューク様と身分が合わないというか、私なんかでは申し訳ないというか……」
太陽の下で見るデュークは銀髪がキラキラと輝いていていつにもまして美しく見えた。
あまりの美しさにメアリーは見ていられず視線を逸らす。
口ごもるメアリーにデュークの機嫌が悪くなったのが空気感で分かった。
「身分はどうとでもなると言っている。そもそも、メアリーの身分は低くはないはずだ」
「こう、薄ぼんやりとした顔の私なんかが婚約者だって紹介とかデューク様に失礼というか……」
美しいデュークと並んでいるのも申し訳なくなって言うとヒヤリとした空気が隣から流れてくる。間違いなく、気温が低下しておりメアリーの吐く息が白くなっている。
「顔?メアリーは自分の容姿を気にしているのか?」
「それは、全ての女性は気にすると思いますけれど」
特にデュークの隣に居ればと心の中で付け足した。
メアリーが言うと、ますます空気が冷たくなる。
「その可愛らしい顔も含めて俺はメアリーを愛しているのだ」
「あ、愛?こんな私を?」
ハッキリと言われてメアリーは目が回りそうになる。
「他の女性のようにゴテゴテした化粧っ気のない素朴な顔も、少しあるそばかすも、香水臭くないメアリーの匂いも、ベタベタ寄ってこないところもすべて変わらずに昔から愛しているが」
悪口を言われているのではないかと思うぐらい、メアリーが気にしていることを言うデュークを思わず見上げてしまう。
彼は真剣な顔をしてメアリーを見つめてきた。
彼が本気で言っているのが解り、顔が赤くなる。
「そ、それは6年前だって化粧はしていますし、今だって多少はしていますよ!」
ソフィーのようにはっきりした顔をしていないので、デュークの目には化粧をしていないと見られているのだろうか。
ソフィーが言うと、デュークは軽く微笑んだ。
「知っている。それでも、その顔が昔と変わらず好きだと言っている」
「なっ、なにを」
口をパクパクして驚いているメアリーに近づき、そばかすあたりに軽くキスしてくる。
「ひぃぃぃ。何をするんですか!」
口付けされたとこが熱くなるような気がしてデュークの繋がれていた手を無理やり解いて頬に手を当てた。
声にならない悲鳴を上げているメアリーが可愛くてデュークはますます微笑む。
その微笑みがあまりにも神々しくて見とれているメアリーの腕を掴んで無理やり手を繋いでデュークは歩き出した。
「早く屋敷へ戻ろう。日が暮れる」
「……そうですね」
メアリーも心がドキドキしつつも頷いて歩き出した。
平屋の屋敷の中は驚くほど人が居なかった。
侍女がわらわらと居た城とは違い、静かな室内にメアリーはきょろきょろと部屋を見回す。
落ち着いた雰囲気の室内のソファーにデュークは座るとメアリーに隣に座るように手で示してきた。
広いソファーの隣に座るほど肝が据わっていないメアリーは愛想笑いをしながらデュークの前に座る。
「めんどくさい侍女がいるのは落ち着かない。最低限の人間だけを通いで雇っている」
隣に座らないメアリーを不満気に見つめてデュークが話し出すと、ドアがノックされてふくよかな中年の女性がワゴンを押して入ってくる。
「失礼しますよ。あらぁ、可愛らしいお嬢様ですね」
ニコニコと笑いながらメアリーを見てお茶を出してくる女性にデュークは視線を向けた。
「ジュリーだ」
名前しか説明しないデュークに苦笑してジュリーはメアリーに頭を下げた。
「通いで家政婦の様な事をしております。掃除や洗濯をしておりますので何かあれば言ってくださいね」
「メアリーと申します。わけあってお世話になることになりました。よろしくお願いします」
メアリーが頭を下げると、デュークが付け足した。
「俺の婚約者だ」
「あらぁ、呪いの腕輪だとかなんとか大騒ぎをしていたけれど、いい人をみつけてきましたね」
そう言って部屋から出て行くのを見てメアリーは首を振りたくなる。
(いつ婚約したのよ!)
大きな声で叫びたかったが、ぐっとこらえた。
呪いの腕輪のせいで離れることが出来なくなった手前婚約者と言っておかないとまずいのかもしれないと考えて大きく深呼吸をする。
「あとは料理人のリチャードと執事のアビーが居る。その他に家を出入りするのは部下ぐらいだ」
「はい」
確かに煩わしい人達が居ないのは良い事だとメアリーは頷いた。
「部屋数は多いが、俺と同室か隣同士になってもらう」
「隣でお願いします!」
間髪入れずに言うメアリーに苦笑してデュークは頷いた。
「勝手に屋敷からも出ないでほしい。俺が死んでしまうから」
「屋敷の中なら大丈夫ですかね?」
大丈夫な距離が分からずメアリーが聞くと、デュークは少し考えて頷いた。
「多分。ただ、屋敷の端と端は危ないような気がするからもし、それぐらい俺から距離が離れるようなら言ってくれ。まぁ、ずっと傍に置くつもりではあるがな」
最後の言葉を聞かなかったことにしてメアリーは頷いた。
夕食を済ませてメアリーは与えられた自室のベッドへダイブした。
「疲れた……」
ここ数日目が回るような忙しさと環境の変化でホッとすると疲労が襲ってくる。
左腕の銀の腕輪を寝ながら眺める。
赤い石が所々に付いた腕輪はとても呪いがかかっているようには見えない。
何度外そうと思っても外れないだけで、メアリーには特に呪いはやってこない。
「いや、デューク様と離れてはいけないのは呪いと言えば呪いかもしれない……」
この腕輪を作ったのが女性だったら好きな男と離れられない状況は嬉しいのかもしれないがメアリーにとってはとても困る状況だ。
(昔、この腕輪を付けられた男性の方が可哀想よね。好きでもない相手だったら地獄だわ。でも私は、デューク様が好きだと言ってくれて…)
あのデュークに愛だなんだと言われたことを思い出してメアリーは枕を抱えてベッドの上で暴れる。
「はずかしぃぃぃ。デューク様は絶対ちょっとおかしいのよ!」
枕に顔を埋めながら叫んでふと我に返った。
「そういえば、あれだけ恐ろしかったデューク様がちっとも怖くなかったわ」
紳士的に振る舞うと言っていた通り、ピリピリした空気は馬車で移動している間も感じることは無かった。
空気が冷えた時ぐらいで、一緒に居ても怖いと感じなくなっている。
デュークは努力してくれているのだろうか、それとも彼といることが慣れたのだろうか。
これは凄い進歩だと感動をしながら眠りについた。