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気が重いままメアリーは馬車の中から外を眺めた。
城を出てから数時間が経過しており見える景色は木々ばかりでうんざりしてくる。
王家の紋章が入った馬車はメアリーが想像していたよりも中が広く、思ったよりも快適に移動が出来そうだ。
当たり前のようにデュークと一緒の馬車なのを除いては。
前に座るデュークはいつもと同じ青い軍服に銀の髪の毛を左側に流している。
キラキラと太陽に当たって輝く髪の毛が綺麗だなとメアリーが見ていると、デュークが口を開いた。
「俺の髪の毛がどうかしたか?」
「いえ、失礼ながら綺麗な髪の毛だなと思いまして」
デュークは眉をひそめる。
失礼なことを言ってしまったかとメアリーは頭を下げた。
「差し出がましかったですね。失礼しました」
「違う。そう言う事ではない。他人行儀過ぎると言っている」
「ん?」
どうも方向性が違うとメアリーは聞き返す。
「俺はお前に惚れていると言っている。だからメアリーも俺の身分は気にせずに接してくれて構わない」
流石にそんなことはできないとメアリーは慌てて首を振った。
王になるつもりはないと言っても、第一王子であるデュークの身分を気にしないで接することなど出来るはずもない。
普段ならば同じ馬車に乗ることもできないぐらい身分が高い人だ。
「そんな失礼なことはできません!が、努力はします!」
デュークの機嫌を損ねないように言葉を選んで言うと満足したようだ。
(よくわからないわ。どう接して行けばいいのかしら)
侍女として連れて行ってくれた方がよっぽど良かったとメアリーは前に座るデュークに向き直った。
長い脚を組んでひじ掛けに腕を乗せてじっとメアリーを見つめている。
「あの、そんなにじっと見られると困るのですが」
ぼやっとしている自分の顔を見て何が楽しいのだろうかとメアリーは居心地悪くなってくる。
「6年という年月を過ぎても自分の気持ちは変わっていなかったなと安心をしていたのだ」
「……気持ち」
聞きたいような聞きたくないような気分でメアリーが呟くと、デュークは薄っすらと微笑む。
「15歳の小娘に自分が惚れたなどと何かの間違いだと思ったが、やはり小娘だからではないことが分かった。メアリーだからだ」
(何を言っているの!この人は!絶対可笑しい。間違いなくおかしいから!私なんかに惚れるなんてどっかおかしいのよ!)
心の中の叫びはデュークに届くはずもなく、メアリーはぐっと言葉を飲み込んだ。
「私、どこかでお会いしましたか?」
彼の話だと家を追い出される前からメアリーを知っていたことになる。
記憶を辿るがデュークと会話した思い出など無い。
こんなに美しくて存在感のある人と接することがあったら忘れるわけがない。
「メアリーが初めて舞踏会に来た時だ」
「確かにデューク様もいらっしゃいましたね」
遠くの方で見かけたが踊るどころか話すことも無かった。
なぜ、見かけただけでそこまで自分に惚れたという認識をされるのか解らずにメアリーは喜びよりも恐ろしくなってくる。
初めての舞踏会デビューの日はよく覚えている。
両親と共に最初で最後に行った舞踏会は見るものすべてが新鮮ですべてがキラキラして見えてとても幸せな時間だった。
ソフィー妃とライオネル王子と挨拶はしたが、デュークは遠くの方に居て挨拶はしなかった。彼は舞踏会に出席するのを嫌がっている様子だったので怖くて近づけなかったのだ。
近づくのを躊躇するぐらい美しいと思っていたがまさか一緒の馬車で移動することになるとは……。
メアリーは遠い目をして懐かしい過去を振り返っていたが現実へと戻る。
アイスブルーの瞳にじっと見つめられて逃げ場も無くどうしたらいいか分からなくなる。
むしろ力が強い男性と閉鎖空間に居ることがかなりのストレスで息苦しくなりそうになり慌てて窓から外を眺めた。
(どうしてデューク様は私なんかを好きだとか言ってくるのかしら……)
窓に映った自分の顔には薄いそばかすがある。
顔だって薄ぼんやりとして、とても男性に好まれるような容姿をしているとは思えなかった。
(せめてソフィー様のようなはっきりした美人だったらよかったのに)
美しすぎるデュークの顔を見ていると今まで感じていなかった劣等感を感じながら馬車は北の大地へと向かって行った。
何度か休憩を挟みながら馬車は北の大地へとたどり着いた。
山を越えるごとに根雪が残っていて外は寒いのだろうと想像していたが、馬車から降りると想像以上のヒンヤリとした空気に身震いをする。
先に降りていたデュークがメアリーに手を差し伸べているのを見て戸惑いつつも彼の手を取って歩き出す。
デュークとまるで仲のいい恋人同士に見えてしまうのではないかと心配してしまうが、怖くて手を離してなど言えるはずもなくメアリーは黙って共に歩いた。
屋敷の車止めに馬車はたどり着いたが、中には入らずにデュークは少し離れた石造りの砦のような建物を指さした。
「メアリーが住む場所は俺と同じ屋敷だ。その前に、騎士の詰め所に行く」
「はい」
遠くに見える山には雪が積もっていて、草が生えた平地がかろうじて夏を感じさせる。
もうすぐ夏が訪れようという季節なのに冷たい風にメアリーは肩掛けを首元であわせる。
侍女服は着ていくなと言われたので外出用のワンピースを着ているが、これでは薄かったかもしれないと後悔し始めたころに、騎士達の待機所へとたどり着いた。
石造りの砦の門にたどり着くと、慌てたように門番の騎士が飛び出してきて敬礼をする。
「お疲れ様です!どうでしたか?呪いは解けました?」
気安く話しかけてくる様子から、デュークはここではそこまで恐れられていないのだろうか。メアリーが黙って様子を窺っているとデュークは無表情に腕輪が付いたままの左手を見せた。
「解けない」
「うわぁ、最悪です。残ったメンバーでなんとか氷の結界を張っていますけれどすぐに獣が壊してしまいますよ」
騎士が絶望的な顔をして嘆いているのを無表情に見ながらデュークは軽く頷いた。
「魔法が使えない問題は解決した。ただ、他にも問題が出てきたが……。とりあえず報告をする」
「はい」
騎士は頷いてデュークたちと一緒に歩き出した。
門番が居なくなっても大丈夫なのだろうかと心配しているメアリーの心中が解ったのか騎士は人懐っこく笑った。
「こんな人が居ないところ、誰も侵入する人なんて居ませんから。デューク様がいつ戻ってくるのかと待っていたんですよ」
「そうなんですね」
デュークに手を繋がれたまま砦の中へと入っていく。
前を歩く騎士がチラチラと繋がれたままの手を見ているのが解りメアリーは早く離してほしいと思うが、言えるはずもなくそのまま騎士達が待機している詰め所までたどり着いた。
部屋に入ったデュークの姿に、部屋の中に居た騎士達が一斉に立ち上がって敬礼をする。
「どうでしたか?腕輪は取れましたか?」
騎士達が一斉に聞いてきたのをデュークは手を上げて制した。
上げた手首に光る銀の腕輪を見て騎士達は落胆の声を上げる。
「うわぁ、まだデューク様の腕に呪いの腕輪がはまったままだ!」
頭を抱えている騎士達にデュークはうっすらと微笑んで、つないだままのメアリーの腕を上へと上げた。
メアリーの左手首についている銀の腕輪を見て騎士達は目を丸くする。
「それ、どうやっても誰にもつかなかった腕輪ですね。どうしてその女性についたのですか?」
くせ毛の茶色い髪の毛の可愛らしい騎士がメアリーの腕輪を指さして聞いてきた。
「俺の婚約者だ。対になる腕輪を付けたことによって俺も魔法が使えるようになった」
婚約者という言葉を聞いてメアリーが悲鳴を上げるよりも早く騎士達が喜びの声を上げた。
(いつの間に婚約者になっているの!)
訂正したくてもできない状況にメアリーは心の中で叫んだ。