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しばらくするとまたノックがして、先ほどの騎士がドアを開ける。
「デューク様をお連れしました」
騎士が言う前にデュークがヅカヅカと部屋へと入って来た。
青い軍服を着て白銀をなびかせて歩く姿は美しいが、少し怒ったような雰囲気に空気が引き締まる気配がしてメアリーは逃げ出したくなる。
6年前と変わった様子はなく、白銀の長い髪の毛は三つ編みにされて前に垂らして長い前髪は左頬だけを隠している。
「兄上!久しぶり!なにかあったのか?」
久しぶりの再会を喜んでいるライオネルに対してデュークは不機嫌な顔をして左手を出した。
デュークを迎えるために立ちあがったままライオネルは差し出された左手を見つめて首を傾げつつ手を握る。
「握手か?兄上と手を繋ぐのは久しぶりだ」
喜んでいるライオネルに腹を立てたのかデュークはそのまま腕を捻り上げた。
流石軍人というべきかあっという間にライオネルの手は後ろ手にされてしまい苦痛で顔を歪めている。
「違う!これを見ろ」
腕を捻り上げられたままのライオネルは痛みで顔をしかめながら首を振った。
「痛い!兄上!手を離してくれ。離してくれないと何も見えない」
声を上げるライオネルに驚いてドアを守っていた騎士が部屋を覗きに来て目を丸くしている。
痛みで悲鳴を上げているライオネルの手を離すとデュークは左手を再度差し出した。
「これを見ろ」
部屋に控えていたメアリーとジェシカもじっと目を凝らしてデュークの左腕を見た。
手首に銀でできた細い腕輪がついているだけで特に異変は感じられないが、ライオネルとソフィーは眉を上げた。
「珍しいわね。デューク様がアクセサリーを付けるなんて」
デュークとライオネル兄弟とソフィーは幼馴染なために彼の好みも知っているらしく、目を丸くしている。
銀色の腕輪は細いが細かい模様が描いてありかなり綺麗だ。
「アクセサリーなど生易しいものではない」
イライラしながらデュークは言うと、乱暴に椅子に座って長い髪の毛をかき上げた。
どことなく漂う色気にメアリーの隣に立っていたジェシカが胸を押さえる。
「相変わらず素敵ね。美しい人ってあの人の事言うのね」
独り言のように呟くジェシカをメアリーはチラリと見た。
「そうですね」
確かに美しいとは思うが、イライラしている様子はとても恐ろしくてできれば近づきたくない。
「その腕輪がどうかしたのか?どこかの女性の贈り物か?」
ニコニコと笑みを浮かべて聞いているライオネルをデュークは睨みつけた。
美しい人が殺気立って睨みつける顔が恐ろしくてメアリーはそっと視線を逸らした。
自分が睨みつけられているわけではないが、雰囲気が恐ろしいのだ。
「俺が女からの贈り物を付けると思うか?」
地を這うような声で言われてライオネルとソフィーは首を振った。
「デューク様が女性にアクセサリーを贈られて付けるのも、贈るのも想像できないわ」
ソフィーが言うと、デュークは頷く。
「その通りだ。この腕輪は呪われている」
「呪い?」
呪いなど聞いたことが無いとメアリーが思ったが、ライオネルとソフィーもそう思ったらしくお互い顔を見合わせている。
「兄上が、そんな事を言うなど珍しい。呪いなどあまり聞いたことが無いが……」
困惑しながらライオネルが言うと、イライラしながらデュークは腕輪がついている左腕を掲げた。
「この腕輪は、訓練中に洞穴から見つけた。氷の奥にあったものだが物珍しくて魔法を使って溶かして取り出した。そうしたら勝手にこの腕輪が俺の腕にはまったのだ」
「……そうなのか……」
そんなことがあるのだろうかと困惑しながら頷いているライオネルをデュークは睨みつける。
「そして二度と取れなくなった!」
そう言って何とか腕輪を抜こうとするが見事にはまって抜けない。
「切ってみたら?」
ソフィーが言うと、デュークはギロリと睨みつけた。
「とっくにやった!だが何をどうしても切れない、抜けないで困っている」
「素敵な腕輪なのだから、ずっとしていても問題ないんじゃないかしら?」
睨まれても全く気にしていないソフィーが言うと、デュークは唇を噛み締めた。
「問題があるから助けを求めに来たのだ!腕輪が嵌っていると魔法が使えない!」
「え?」
ライオネルとソフィー、そしてメアリー達も聞き間違えかと思い思わず声が出る。
そんな一同を睨みつけてデュークは静かに言った。
「この腕輪がついていると、魔法が全く使えなくなった!業務に支障が出ている」
「そ、それは大変なことになったな」
先ほどまでニコニコと微笑んでいたライオネルの顔が引きつって助けを求めるようにソフィーを見つめた。
「魔法が使えないって全く?」
半信半疑のソフィーが聞くとデュークは頷いた。
「全く使えない。そしてもう一つ腕輪がある」
そう言って軍服のポケットから銀色の腕輪を出して机の上に置いた。
呪いの腕輪と聞いたら恐ろしくなりライオネルとソフィーは慌てて席を立って腕輪から距離を置く。
「魔法なんて私は使えないからいいけれど、ちょっと怖いわよね」
ライオネルの陰に隠れながらソフィーが言う。
「僕も魔法はちょっと使えるけど、何の役にも立っていないけれど使えなくなるのは嫌だな。他にも支障がありそうだし。その呪いのブレスレッド」
ライオネルも腕輪とデュークから距離を取って引きつった顔で言う。
デュークはイライラしながら机を力強く叩いた。
その音の大きさにメアリーは首をすくめる。
「他人事だと思って!魔法が使えなければ、獣退治もできない。今は部下がなんとかやっているがあいつらでは時間の問題だ!獣が氷の結界を越えて村を襲うぞ!」
「そ、それは困る。とりあえず調べさせよう。昔の物だろうから記載があるかもしれないから」
ライオネルはオロオロしながら控えていた部下に目配せをした。
「至急書庫を調べます」
目礼をして去っていく部下にライオネルは叫んだ。
「それと、呪いとか詳しい人が居たら当たってみて!」
部下が去った後に、当たり前のようにキャロルがするりと部屋へと入ってくるのが見えてメアリーは叫びそうになった。
(どうして部屋に入ってくるの!)
出来れば顔も見たくないほど大嫌いなキャロルが自分の屋敷のように部屋に入ってきて微笑みながらデュークに近づいていく。
あまりにも普通の様子にあっけに取られながらもメアリーは顔を伏せて手に持っていたお盆で顔を隠した。
「もしかして、デューク様とキャロルっていい感じなんですか?」
締め出されないところを見ると、そう言う関係になったのかと顔をお盆で隠しながらジェシカに聞くと、首を振っている。
「知らないわ。そう言う噂すら聞いたことが無いけれど、もしかしたら私たちの知らないところで婚約しているとか?」
首を傾げているジェシカと同じようにソフィーも首を傾げている。
ニコニコと微笑みながらデュークに近づくと机の上に置かれていた銀の腕輪を手に取った。
「綺麗な腕輪ですわね」
「……なんだ?この女は……」
不快な顔をしてキャロルを睨みつけ、ライオネルとソフィーを見た。
彼らは同時に首を振った。
「知らないわ。デューク様と北の大地で仲が良くなったのかしら?」
メアリーを家から追い出した件で警戒をしているソフィーがキャロルとデュークを交互に見て言った。
やはり、北の大地にキャロルが押しかけて愛を育んだのかもしれないとメアリーは思ったがデュークは冷たい視線を向ける。
「知らん。つまみ出せ」
デュークが言うと、呆然と立っていたドアを守っていた騎士達が慌てて部屋へ入って来た。
「酷いわ。デューク様とお会いしたかったのに」
甘ったるい声を出すキャロルにメアリーは反吐が出そうになる。
自分を追い出した時の冷たい高飛車な言い方とは違う媚びを売るような言い方だ。
デュークが不愉快な顔をしているのも気にせずに、キャロルは銀の腕輪を手にはめた。
「あっ!」
驚くメアリー達に、デュークは冷たい目を向けたまま微動だにしない。
「綺麗な腕輪。デューク様とお揃いなんて嬉しいですわ」
恍惚の笑みを浮かべて腕輪を掲げるキャロルにデュークは鼻で笑った。
口元を少し上げた馬鹿にした笑いだったが、その姿があまりにも美しくキャロルはボーっと彼を眺めて呟いた。
「デューク様、素敵」
(素敵だけれど、よくあの殺気立った人の傍で平然としていられるわね)
気配を消しながらメアリーはそっとキャロルとデュークを見守る。
キャロルの自分勝手な振る舞いに見ているメアリーの方がハラハラとしてしまい心臓が痛くなる。
いつ殴られるのかと思っていたが、デュークは椅子に座ったままキャロルに冷たい視線を向けたままだ。
ボーっとデュークの顔を眺めていたキャロルの腕からポロリと腕輪が抜けた。
カランと音を立てて床に落ちる銀の腕輪を慌ててキャロルが拾い上げる。
何度も手に付けては床に落ちるのを繰り返しているキャロルをメアリー達が呆然と見ていると、デュークがまた鼻で笑った。
「その腕輪は誰もつけられなかった。勝手に落ちる」
そう言ってドアの前に立っている騎士を振り返る。
「目障りだ。この女をつまみ出せ」
「はっ」
敬礼をしてキャロルに近づき出て行くように促す。
「どうして?デューク様がやっと帰って来たのに、お傍にいたいのよ」
「……?」
キャロルが主張している意味が分からない騎士が首を傾げてデュークを振り返った。
騎士はキャロルが当たり前のようにデュークの傍に居るので彼と仲が良い令嬢なのかもしれないと困惑しているのが伝わってくる。
「いいからつまみ出せ。こんな女は知らない!二度と俺に近づけるな」
「は、はぁ」
デュークと顔見知りでもない女性が当たり前のように傍にいることに困惑しながらも騎士達はキャロルを部屋から追い出す。
文句を言いながらも部屋を出されたキャロルにメアリーはホッと息を吐いた。
彼女が何か言って来たら間違いなく体調が悪くなる。
それほどキャロルと顔を合わせることは昔のトラウマを蘇らせてくる。
デュークから出ている怖い雰囲気とキャロルに何か言われるかもしれないと言う恐怖から解放されてメアリーは安堵よりも気分が少し悪くなった。
お腹の当たりがムカムカとするが、時間が経てば治るだろう。
「怖かった」
小さく呟くと、ソフィーが気づかうような視線を向けてきたので慌てて軽く頭を下げる。
ソフィーが心配しているのが解り不安だった心が少しだけ落ち着いた。