23
デュークに抱えられながら砦へと戻ると、騎士達は大騒ぎで迎えてくれた。
キャロルの姿はどこにもなく、王都に帰っているだろうということで急遽ピエールとシモンを含む数人がブルーノを護送しながら王都へと向かった。
追ってメアリーとデュークも馬車で王都へと向かう。
休む間もなく馬車に乗ったメアリーは疲労のためにデュークの腕の中でウトウトしていたがゆっくりと起こされた。
「城に着いた」
「すいません」
通常であれば恥ずかしさでデュークの腕の中で眠ることなどしなかっただろうが、疲労と眠気には勝てずに彼の腕の中で眠ってしまっていた。
優しく起されて目を開けると直ぐ傍にデュークの美しい顔を見ながらも眠さは晴れずウトウトしながらメアリーは小さく頷いて立ち上がる。
半ば夢の中に居るメアリーに苦笑してデュークはメアリーの体を抱えて馬車を降りた。
出迎えていた侍女や騎士達が驚きの目を向けながらもデュークとその腕の中でうつらうつらしているメアリーに頭を下げる。
「ライオネル様とソフィー様がお待ちです」
頭を下げながら言う騎士に頷いてデュークはメアリーを抱えながら歩き出した。
「すいません。どうしても眠くて……」
夢か現実か分からない状態でメアリーは重い瞼を開けながら言うとデュークは頷いた。
「ブルーノに殺されそうになったのだ。疲労だろう、休ませてやれずすまないが、もう少しだけ付き合ってくれ」
デュークのその言葉にうなずいたところまでは覚えているが、メアリーは耐えられずまた眠りに落ちた。
(早く起きないと……)
いつまでも寝ていられない。
ソフィー様とライオネル様と面会するのだから。
メアリーは何度目かにそう思って目を開いた。
いつのまにか広く暖かいベッドの中で寝かされていて、慌てて飛び起きる。
「あれ?今何日?」
すっきりとした感覚から長く寝ていたのだろう。
キョロキョロと部屋を見回すとソファーに座りながら書類を手にしているデュークと目が合った。
驚いて動きが止まっているメアリーにデュークは苦笑しながら立ち上がりベッドへと近づいてくる。
「気分は?」
「すっきりしています」
ベッドサイドに椅子を持ってくるとデュークは座ってメアリーの顔を見る。
「顔色も良くなった。眠気は、疲労と、呪いの腕輪が取れた反動で魔力に当てられたのだろう。もう大丈夫だ」
そう言ってメアリーの頭を撫でた。
デュークの大きな手を感じながらメアリーは口を開く。
「あの、どうなりました?キャロルはどうしてあの男と一緒に居たのですか?」
分からないことだらけでメアリーは首を傾げるとデュークは言いにくそうに息を一つ吐く。
「そうだな。説明をするからまずは食事を摂った方がいい。昨日からほとんど食べていないだろう」
「そういえば……」
忙しくて忘れていたが、最後に何かを食べたのは昨日の昼だ。
お腹は空いていないが、何か食べないとまた体調が悪くなりそうだ。
「スープだけでも飲んだ方がいい」
「そうですね」
メアリーが頷くと、見計らったかのようにジェシカが部屋に入って来た。
「おはようございます。メアリー様、ご気分はいかがですか?」
デュークの存在を気にしているのか、侍女に徹しているジェシカにメアリーは顔をしかめた。
「止めてくださいよ。ジェシカさん、いつも通り接してください」
メアリーがお願いをすると、ジェシカはチラリとデュークの様子を窺った。
デュークが微かにうなずいたので、ジェシカは肩をすくめる。
「心配したのよ!もう大丈夫なの?城に来る前から寝続けているなんて、どこか病気じゃないの?」
捲し立てるようにいつもの調子で言われてメアリーは嬉しくて頷いた。
「もう大丈夫です。ジェシカさんがいつも通り接してくれて嬉しいです」
抱きついてくるメアリーにジェシカは困ったように軽く抱き返す。
「アンタはこれからデューク様とご結婚する予定なんだから。こうやって話せるのも最後かもしれないわね」
「え?私、結婚するんですか?」
驚いているメアリーにジェシカも驚いてデュークを見た。
「そうなんですよね?メアリー……様とデューク様は婚約済みだって」
「えぇぇぇっ?」
ジェシカの言葉にメアリーは驚いて声を上げた。
愛しているとは言ったが結婚するとは言っていない。
デュークと愛を確かめ合ったら結婚するということだろうか。
それにしても、昨日の今日でそこまで話が進んでいるの?
メアリーが首を傾げているとデュークは大きく咳払いをした。
「とりあえず、メアリーに朝食を」
「はい。ではメアリー様、お風呂に入られてはいかがですか?さっぱりしますよ」
侍女モードのジェシカに言われてメアリーは頷いた。
昨日、洞窟の中に入ったままの姿で埃っぽい。
こんな状態でデュークと抱き合っていたのかと少し落ち込みながら風呂へと向かった。
風呂から出て身支度を済ませて朝食を食べていると席を外していたデュークが戻って来た。
(そうよね、もう呪いの腕輪は無いのだから自由に動けるのよね)
どこに行っていたのか不明だが、傍に居なくてもよい環境になりがっかりしてしまう。
部屋一つ分ぐらいの距離を常に保っていたのでもうデュークとの離れている距離を考えなくていいのは嬉しいが少し寂しい気分になる。
スープとパンと野菜という簡単な朝食を済ませてお茶が用意されると、じっと食事をするメアリーを前の席に座って見ていたデュークはメアリーの傍まで来るとソファーに座るように促した。
「色々情報を仕入れてきた」
「はい」
色々聞きたいことはあったが、メアリーは頷いてソファーに座るとすぐ隣にデュークも座る。
メアリーの腰に手を回すと抱き寄せる。
体がぴったりと着いた状態になりメアリーはドキドキする胸を押さえてデュークを見上げた。
「あの、恥ずかしくてお話をよく聞けないかもしれないです」
顔を赤くして言うメアリーにデュークは微笑みながらメアリーの目元に軽くキスをする。
「大した話ではないと言いたいところだが、メアリーにとっては辛い話になるかもしれない」
「キャロルの事ですか?」
「そうだな」
キャロルがどうしてあの場に居たか分からないが、メアリーの事が気に入らずに殺そうとしたのかもしれない。
寒い冬の日に、家を追い出したキャロルならやりかねないとメアリーは思ってしまう。
それぐらいなら予想範囲だ。
メアリーは頷いてデュークを見上げた。
「教えてください」
「そうだな、何から話そうか……」
昨日の出来事の事ではないのかとメアリーが首を傾げるとデュークはメアリーの頭にキスを落とした。
「6年前、俺は少数の部下を連れて仕事を終えて城へ戻る途中だった。馬に乗っていると、雪が降ってきたことを覚えている」
淡々と話すデュークの言葉に、メアリーは嫌な予感がしてデュークの胸に顔をうずめた。
(6年前雪が降った日はあの日しかないわ……)
メアリーの頭を撫でながらデュークは話を続ける。
「すると一台の馬車が横転したのだ。中に乗っていたのはメアリーの両親だった。すぐに応急手当をして病院に運んだが残念な結果になってしまった」
「デューク様が病院まで手配してくださったのですね。ありがとうございます」
直ぐに発見してくれたとは聞いていたがそれがまさかデュークだったとは。
メアリーがお礼を言うと、デュークは首を振った。
「横転した馬車は明らかに車輪の不具合があり、馬にも仕掛けがしてある様子が見えた。事情を聞いていた御者は姿を消してしまい、密かに事件を追っていたが証拠が見つからなかった。メアリーには余計な心配をさせたくないと今まで伏せていた。すまない」
頭を下げるデュークにメアリーは首を振った。
「それを聞いて少しホッとしました。どうして事故が起きたのだろうとずっと不思議だったから。両親が死んだ事に納得が出来なかったけれど、事故ではなかったのですね」
「そうだ。そして今回、怪しいと思っていたブルーノを吐かせることができた。あいつがメアリーの両親を事故に見せかけて馬車に細工した一人だ」
「えっ」
そんな昔からブルーノが事件に関わっていたなんて。
驚くメアリーにデュークは頷いた。
「他にも数人事件に関与していた人物を吐かせることができた。すでに拘束している。キャロルとその両親アントンとケリーも」
アントンはメアリーの父親の弟だ。その妻がケリー。
キャロルとよく似た美人の女性だ。
「ケリーおば様も……キャロルも?」
驚いているメアリーの頭を撫でながらデュークは頷く。
「メアリーの家をかなり前から乗っ取りたかったのだろう。メアリーが16歳になってしまったら相続権が発生してしまう。本当であれば、あの雪の日にメアリーも馬車に乗っていると思っていたらしい。キャロルがそう言っていた」
「キャロルが……」
呆然と呟くメアリーにデュークは苦笑する。
「キャロルは王都に戻ってきてすぐに捕まった。黙秘を貫いていたが、取り調べ室へ俺が向かったらペラペラ話した。頭が可笑しいのだろう、あの女は」
「話は通じない子だなとは思っていましたけれど、そんな、まさか家の為に両親が殺されたなんて……」
デュークの胸に顔をうずめながら泣き出したメアリーを抱きしめる。
「始めはキャロルの父アントンがブルーノにご両親の殺害を依頼した。事故に見せかけて殺すように。何度も家を出入りするブルーノとキャロルは顔見知りになる。俺を王にしたいブルーノはなぜか王になった俺の横に立つのはキャロルだと洗脳されていた。だから俺がメアリーを愛していること自体が気に食わないのだろう。だから一層消してしまえと思ったらしい」
「キャロルは私の事が嫌いだし。特に最近はデューク様の傍に居るから……」
涙を拭きながらメアリーが言うとデュークは肩をすくめた。
「もし、メアリーがこの世から居なくなっても何も変わらないのに。俺は一生メアリーを愛し続ける」
「多分私も、デューク様が居なくなっても、大好きです」
呪いの腕輪が無くなっても、デュークに対する気持ちは変わらない。
デュークも以前と同じく、それ以上に愛してくれていると感じることができる。
デュークは微笑んでメアリーの唇に軽くキスをした。
「呪いの腕輪が無くても全く変わらなかっただろう?」
デュークに言われてメアリーは思わず笑ってしまう。
「そうですね」
涙が引っ込んで笑っているメアリーにデュークはもう一度キスをした。
「残念だが、メアリーの実家でもあるアヴァンス家は取りつぶしになる。アントンとケリー、キャロルは殺人罪で牢獄に行くことになる。裁判はまだだが確定だ」
「はい。少し寂しいですが仕方がない事です。もう家を出ていますのであの家にはなにも未練はありません」
両親が居ない家など未練などありはしない。
どんな身分であれ、両親と共に幸せに暮らせていたらそれだけで良かったのに。
メアリーは呟いてデュークの胸に抱きついた。